【書評】『地球の論点』:カウンターカルチャー
スティーブ・ジョブズのスタンフォード大学におけるスピーチであまりにも有名になった言葉”Stay hungry,Stay foolish”。そのスピーチにおいてジョブズ自身が述べているように、この言葉は『Whole Earth Catalog』という伝説的な雑誌から引用したものである。最終号の裏表紙に掲載されていたそうだ。
その『Whole Earth Catalog』を創刊した人物こそ、本書の著者スチュアート・ブランドである。カウンターカルチャーの文化を築き、スティーブ・ジョブズやエリック・シュミットを魅了し、ハッカー精神を体現した男。そんな稀代のカリスマが、地球という視点から、さまざまなテーマについて論考した一冊である。
◆本書の目次
第1章 地球の趨勢
第2章 都市型惑星
第3章 都市の約束された未来
第4章 新しい原子力
第5章 緑の遺伝子
第6章 遺伝子の夢
第7章 夢想家、科学者、エンジニア
第8章 すべてはガーデンの手入れしだい
第9章 手作りの地球
まず目につくのが大きなテーマの一つとして、原子力が取り上げられているということだ。まったく、なんというタイミングでの邦訳版発売なのだろうと思う。著者自身の原発へのスタンスは、かつては反核であったものの、現在は親核として原発を推進する立場に鞍替えをしている。本書においても、原発の未来をポジティブに論じきっている。
原発を非難する人たちの反対理由は大きく分けると、安全性、経費、廃棄物の処理、兵器への転用という四つに集約される。これらの拒否理由に対して、著者は四つの論理で応戦している。その四つとは発電量の限界点、足跡による風景の変化、ポートフォリオ、政府のコミットメントというもの。電力供給のキャパシティ、発電所の面積については、化石燃料、水力、原子力という三つのエネルギー源における定量的な比較を行い、炭素の排出量、政府の役割という二点についても、具体的な提言がなされている。またマイクロ原子炉、核電池といった次世代型原子炉の動向なども見据えている。その是非はともかく、論考には緻密な印象を受ける。
本書自身は、震災前に書かれているものであるが、震災後に書かれていたとしても、その言い方はともかく、主張の骨子は変わらなかったのではないだろうかと思う。それくらい、見据えている視点は俯瞰である。ただし、現実的にはローカルの視点も加味される必要があるだろう。
一方で、本書は原子力の話題に閉じた内容のものではない。むしろ、日頃単一で語られたことの多い、「都市問題」、「原子力」、「遺伝子」、「ジオエンジニアリング」などのテーマが、地球のサステナブルという目的に向かって、一気呵成になだれ込むダイナミズムこそが、本書の最大の魅力である。
全体を通して考えさせられるのは、カウンターカルチャーの体現者たる著者は、一体何と対峙しているのだろうかということである。答えの一つに「ポジティブ・フィードバック」という概念が挙げられるだろう。本書の説明によると、「ポジティブ・フィードバック」における「ポジティブ」とは決して良い意味で使われている訳でははなく、むしろサイバーネットの用語では「トラブル」を意味する言葉だ。出力の一部を、入力へ同相のまま戻す「積み重ねられた要因」、わかりやすく言えば「負の連鎖」のようなもの。著者が対抗している相手はそういったメカニズムに対してであり、決して「権威」や「世論」へのみ向けられているわけではない。
その姿勢こそが、著者の論考を唯一無二のものにしている。そして、着眼はどこまでもロマンティックで、アプローチは科学的だ。その論考に魅了される所以は、そんなところにあるだろう。ちなみに、『Whole Earth Catalog』及びスチュアート・ブランド自身については、『ウェブ×ソーシャル×アメリカ』(池田純一・著、講談社現代新書)という本が詳しい。それにしても、『Whole Earth Catalog』をリアルタイムで体験した世代の人達が、うらやましい。
本書のラストの一節は、「自然と人間は不可分だ。私たちは互いに、手を携えていかなければならない。」というもの。記憶に残しておきたい言葉である。
※参考)【書評】『ウェブ×ソーシャル×アメリカ』:必然としてのソーシャルメディア
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