【書評】『ジェイコブズ対モーゼス』:開発か、保全か
1950年代半ばのニューヨーク、一人の男が大胆な都市計画を実行しようとしていた。男の名前は、ロバート・モーゼス。ニューヨークにおける都市再生の推進者で、マスタービルダーの異名を取る人物。狡猾さと専門的知識を武器に官僚的な駆け引きを繰り返し、五代のニューヨーク市長、六代の州知事に使え上げたという。
モーゼスの構想は、ワシントンスクウェアの公園を半分に割って、中央に車道を通すというものであった。五番街を延伸することによって、近代的な道路網と巨大住宅再開発事業が組み合わせることが可能になるのであった。ここに立ちはだかったのが、地元に住む住民代表でフリージャーナリストでもあったジェイン・ジェイコブズ。本書は、その開発と保全を巡る壮絶な闘いの記録である。
◆本書の目次
序章 混乱と秩序
第1章 スクラントン出身の田舎娘
第2章 マスター・ビルダー
第3章 ワシントンスクウェアパークの闘い
第4章 グリニッジビレッジの都市再生
第5章 ローワーマンハッタン・エクスプレスウェイ
終章 それぞれの道
主婦でもあるジェイコブズは、「ダウンタウンは人びとのものである」という言葉を核に運動を拡大し、結果的にワシントンスクウェアパークの計画は頓挫する。しかしこの事実に内包されているのは、地元を思う熱い気持ちが、巨大なものを退けたという単純な勧善懲悪のストーリーだけではない。彼女を勝利たらしめたものは一体何であったのか?それが、本書の大きなテーマの一つである。
ジェイコブズは、都市を呼吸する生命体として捉えており、一見無秩序に見える多様性にこそ価値があると考えている。この目線は、地元住民でありながら客観性を帯びており、その観察眼は鋭い。彼女はその当事者性を、報道関係への注目惹起のために狡猾に利用しているようにも思える。そして、トップダウンの大きな決定に順応することを潔しとしないその胆力には、敬服するよりほかはない。
本書の論調は、全編を通してジェイコブズ寄りに書かれており、モーゼスは完全なヒールとして描かれているが、近年では再評価の声もあがっているという。しかし、開発か保全かというその是非はともかく、トップダウンの計画を市民が退けたという事実は、後世に大きな影響を与えたことだろう。また、彼女がその後に執筆した『アメリカ大都市の死と生』という書物は、今でも都市計画におけるバイブル的な存在になっているという。
今後の震災復興にあたり、日本をどのように再生していくべきなのか、ヒントになるところの多い一冊ではないだろうか。
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