【書評】『最初の刑事』:メタ探偵小説
1860年、ヴィクトリア朝時代の英国。のどかな村にたたずむ屋敷<ロード・ヒル・ハウス>の敷地で、当主の三歳の息子が惨殺死体となって発見された。カントリーハウス・ミステリーのお手本のようなこの事件は当時の世間を賑わし、英国中を探偵熱へともたらした。本書は、その時屋敷の中にいた十二人の人物、十九の部屋を巡り、犯人と刑事が繰り広げた実在の事件を、探偵小説の手法も用いながら描いた一冊。
意外なことに、探偵というものがこの世に登場したのは、小説のほうが先であったという。1841年のエドガー・アラン・ポー『モルグ街の殺人』にてである。現実世界における最初の探偵は、その翌年、ロンドンの首都圏警察によって任命された。その時に刑事課を構成した八人のうちの一人、ジョナサン・ウィッチャー警部が本書の主人公の一人である。
警察と刑事とは、似て非なるものである。制服に身を包み、自分の受け持ち区域をコンパスの針よろしく巡回して、定期的に各地点を見回るのが警察の主な役割。一方で刑事は制服を脱ぎ捨て、自分達が捜索する悪党と同じように匿名の神出鬼没な存在となる。すぐれた記憶力、場違いなものを見抜く目、鋭敏な精神という、まさに「探偵的洞察」が求められる役どころである。この「探偵的洞察」こそが、本書において終始一貫、根底に流れるキーワードだ。ちなみに、本書において「刑事」と「探偵」は、ほぼ同義の意味として使用されている。
ウィッチャー刑事が、もつれた糸をほどいて解明していく様は、見どころ満載である。しかし、ミステリー小説を読み慣れている人にとっては、既視感のあるストーリー展開かもしれない。それもそのはず。この事件がきっかけとなり、その後さまざまな作家がインスパイアされ、数々の探偵小説を作り出してきたからにほかならない。代表的なものとしては、ウィルキー・コリンズ『月長石』、チャールズ・ディケンズ『エドウィン・ドルードの謎』、ヘンリー・ジェイムズ『ねじの回転』など。あの『古畑任三郎』だって、『踊る大捜査線』だって、この事件がなかったらきっと生まれていなかったに違いない。
そして、その探偵的洞察は、犯人の中にも見出すことができる。犯人の某人物は、子ども時代に目にしたさまざまな小さな出来事をつなぎ合わせることで、結果的にある真実に気づく。そして、それが後の殺人へと、つながっていく。刑事と犯人はコインの表と裏。同じような資質を巡って、反対の立場から攻防を繰り広げるということなのである。
最も特徴的な点は、事件が解明されて以降のパートにある。古典的なミステリーの文脈にあてはめると、やや間延びしているという印象を受けかねないだけの分量を割いている。しかし、ここにノンフィクションとしてのリアリティを感じるのも事実である。現実は小説とは違う。事件が解明されたからといって、犯人の生涯がそこで終わるわけではない。実際に、犯人と目される某人物は、結果的に百歳まで生き延びる。エンディングの長さは、犯人の人生の長さでもあるのだ。
そういった意味で、本書の著者も探偵的洞察をいかんなく発揮している一人と言えるだろう。百年以上前の事件を丹念に調べ上げ、さまざまな事実をつなぎ合わせ、壮大なエンタテイメントへと昇華させている。犯人、刑事、当時の世相、著者、読者、その全員が探偵的洞察という秩序のもとに体系化され、一気にエンディングへと突き進む。その仕上がりは、まさに圧巻である。
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