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【書評】『海賊の経済学』:ならず者の秩序

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エヌティティ出版 / 単行本 / 318ページ / 2011-03-22
ISBN/EAN: 9784757122420

「海の怪物」、「地獄の犬」、「盗賊」、「人の法や神の法を問わずあらゆる法への反抗者にして違反者」、「悪魔の化身」、数々の異名を取り、世界最強の政府ですら震えあがらせ、時代を作ってきた荒くれ者たち、それが海賊である。その海賊たち、政府のような中央集権組織や法律もなく、各々が気まぐれに自分の利益を追求しながらも、なぜ一時代を作るほど繁栄することができたのか。本書は、その秘密を経済学という切り口で解読した一冊である。

◆本書の目次
第1章:見えざるフック
第2章:黒ヒゲに清き一票を 海賊民主制の経済学
第3章:アナーキー 海賊の掟の経済学
第4章:髑髏と骨のぶっちがい 海賊旗の経済学
第5章:船板を歩け 海賊拷問の経済学
第6章:仲間になるか、それとも死ぬか? 海賊リクルートの経済学
第7章:獲物が同じなら払いも同じ 海賊は平等主義者?
第8章:海賊に教わるマネジメントの秘訣
エビローグ  経済学の普遍性
後期 ーーー 海賊は永遠に不滅です-海賊の没落と再興
表紙をめくるといきなり、「アニア、愛してる。結婚してくれますか?」と書いてある。どうやら著者が、自分の恋人にプロポーズをしているようだ。この切り込み方も、なかなかの海賊っぷりである。そんな著者はジョージ・メイソン大学の経済学部教授、まだ32歳の若さだ。そして、本書を購入するに至ったもう一つの動機が、翻訳者の山形浩生氏。『クルーグマン教授の経済入門』、『その数学が戦略を決める』など、大学教授による経済関係の本を翻訳させたらピカイチの人物である。くだけた口語体のような文章は、シンプルかつ明解で、本書でもその才は如何なく発揮されている。

本書全体を通して、海賊社会における民主主義、秩序、情報戦略、人事採用、人権にいたるまで、幅広く紹介されているのだが、その特徴は面白いくらいに矛盾の固まりである。
サディストなのに平和主義、女好きなのにホモ。お宝を追い求める社会主義者、頭がおかしいはずなのに当局を出し抜いてしまう。こっそり立ち回る犯罪者のはずなのに、髑髏と骨のぶっちがいの旗で自分の存在を派手に宣伝する。
この矛盾を紐とく鍵が「神の見えざる手」ならぬ「神の見えざるフック」、すなわち経済の合理性である。

特に興味深いのは、その情報戦略である。「陽気なロジャー」と呼ばれる悪名高き旗を掲げ、経済用語で言う「シグナリング」を行いながら海を航海する様は、ステータス表示を更新しながら、ソーシャルメディアを徘徊する現在の我々の姿に近しい。そして海賊達は、自分達がいかに非道な拷問を行う集団であるか、PR戦略を駆使することで、その残虐性を効果的に伝達しようとする。海賊こそ、評判経済に行ける先駆者なのである。その狙いは何か?それは海賊たちが、被害者たちの制圧に無駄な稼働をかけることへのコスト意識を強く持っていたということなのである。

世の中はソーシャルメディアの浸透とともに評判経済へと移行し、世の中の価値基準は貨幣から評判へと大きく舵を切ったはずであった。しかし、そのソーシャルメディアが、一時とはいえ、震災をきっかけに一気に秩序の乱れたものになったことは興味深い事実である。善意で構成されたはずのこのメディアは、物資の不足や、基本的な安全性の欠如とともに、「評判だけで飯は食えない」という事実を突き付けられたとも言える。過度の貨幣至上主義は抑制されたのかもしれないが、人間の欲望や本質はそう大きくは変わらないということなのだろうか。

そういった観点から考えると、目的や手法こそ違えど、海賊社会に見られる「経済合理性を追求するための評判経済」というキーワードは、今後の新しい価値基準として注目に値するのではないだろうか。また、そういった深読みをしなくても、海賊のエピソードの数々は、それだけで十分に読者を楽しませてくれる。ぜひお試しあれ。


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