【書評】『音楽史を変えた五つの発明』:音のビッグバン
文字や活版印刷の発明が、思考やコミュニケーションの領域に多大な影響を与えたということは言わずもがなである。一方で、音楽の世界における数々の発明は、日の目をみることがあまり多くない。しかし記譜や録音技術の発明は、同じように今を生きる我々に多大な影響を与えてきた。本書はそんな音楽史に残る五つの発明にフォーカスをあてた一冊である。
表題になっている五つの発明とは、「記譜」、「オペラ」、「平均律」、「ピアノ」、「録音技術」のことである。そして、これら五つの発明を紐といていくのは、イギリスの作曲家、ハワード・グッドール氏。人気コメディ『ミスター・ビーン』のテーマ音楽などを担当した人でもあるそうだ。
◆本書の目次
1 細く赤い線 - グィード・ダレッツォと記譜法の発明
2 革命を引き起こした音楽 - オペラの発明
3 偶然の産物 - 平均律の発明
4 音量を調整できる鍵盤楽器 - バルトロメーオ・クリストフォリとピアノの発明
5 メリーさんの羊 - トーマス・エジソンと録音技術の発明
例えば、記譜法の発明は十一世紀の初頭、無名の音楽家グイード・ダレッツォ氏によって為されている。これは音楽の世界において、地図の発明に匹敵するような出来事だ。それまでの音楽は、すべて口承伝達によって伝えられてきた。しかし、この伝言ゲームのようなやり方で、どこまで原型を留めて伝えられてきたのかは定かではない。音楽が正確に書き記されるようになって初めて、曲を後世に残すことが可能になったのだ。つまり記譜法の発明なくして、「作曲家」登場への道は切り開かれなかったとも言える。
本書の中で最もインパクトを受けた発明は、「平均律」である。平均律とは1オクターブを十二の音に等間隔に分けた音階のことで、音楽におけるカレンダーや時計のような役割を果たす。この平均律というものが、なかなかの食わせ物である。ピュタゴラスが元々発見した音の調和の法則に基づくと、オクターブがあがるにつれて、音が半音ずれていってしまうのだ。この現象を「ピュタゴラス・コンマ」と言う。そして、これを解決したのが、バッハである。音階を機械的にプロットする平均律を適用しても、気持ちの良い音律になるような楽曲集『平均律クラヴィーア曲集』を仕上げてしまったのである。この発明により、ハーモニーは普遍性を持ち、国境の壁を越えていくこととなった。
その反面、この平均律による普遍性には、音楽における帝国主義という側面も孕む。仮に平均律に基づかない民族音楽を再現しようとしても、その過程で使用される録音技術や電子楽器は平均律に基づいて作らているのだ。このため、西洋的な文脈においてしか、これらの音楽を再現することは不可能なのである。実際に、東洋古来の音楽などが、荒削りで「調子はずれ」に聞こえるケースがあるのは、平均律の支配下にあるということが要因である。
本書の最大の魅力は、さまざまな文化と組み合わせることのできる、「音楽」本来の持つ自由さを、そのまま体現しているところにある。音楽の歴史を振り返りながらも、音符の世界をやすやすと飛び出して、テクノロジー、思想、政治など、さまざなま境界域で豊かな演奏を繰り広げる。また、ところどころデジタル化に対しての警鐘を鳴らしている点も注目である。このあたり、電子書籍の議論になぞらえながら読み説いても、面白いと思う。
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