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【書評】『閃け!棋士に挑むコンピュータ』:一回性と再現性

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梧桐書院 / 単行本(ソフトカバー) / 256ページ / 2011-02-10
ISBN/EAN: 9784340140039

2010年10月11日、一人の女流棋士が「将棋」という日本の伝統的なゲームをめぐり、コンピュータと対局した。
女性棋士は女流王将の清水市代、コンピューターは169台ものコンピューターをつないだ「あから2010」。知性をめぐり、人間とコンピュータがつばぜりあいを始めてから35年。本書は、その歴史のメルクマールとなった出来事を綴った、迫真のルポルタージュである。

◆本書の目次
第一章:日本将棋連盟への挑戦状
第二章:「知能」の探究
第三章:天性の勝負師・清水市代
第四章:「あから2010」と多数決合議制
第五章:清水市代女流王将 VS あから2010
第六章:コンピュータが見せた「人間らしさ」
第七章:科学者たちが夢見る「アトム」
第八章:ロボットに「心」を宿らせる
第九章:「歴史的一戦」が遺したもの
「あから2010」の今回の挑戦における秘策は、多数決合議制というものにあった。「ボナンザ」「GPS将棋」「激指」「YSS」という屈指の将棋ソフトを4つ走らせ、多数決で指し手を決めたのである。全幅探索という破壊力に、多数決という「ゆらぎ」を加える。これはGoogleの検索に、ソーシャルの概念を少し加えたといったところであろうか。一方の清水は、中学三年で女流アマ名人戦で優勝。その後、女流棋士になってからは二度の女流四冠を達成。コンピュータ将棋についても、充分に研究を積んで対局に臨んだという。

対局の結末は、「あから2010」八六手目の後、清水が頭を下げることで幕を閉じた。しかしこの対局、いったい何と何の戦いだったのであろうか。「あから2010」のプロジェクトに関わった人間が費やした恐ろしいばかりの労力を考えると、「コンピュータが勝った」と簡単に言うことは、とてもできない。むしろ際立つのは、人間の脳が、いかに効率的にプログラムされているかということでもある。

これはおそらく、時間軸を土俵にした、「一回性」と「再現性」の戦いであったのだろう。わかりやすく例えると、TVの「生放送」と「録画番組」が戦っているようなものだ。時間をコントロールできたはずの「一回性(清水)」は、中盤の長考がひびき、最終的には時間に負けた。しかし「あから2010」も、この勝利をふたたび再現することはできない。「一回性」と「再現性」は対極な存在ではなく、お互いがその一部として存在しているのである。

将棋とは、金、銀、馬などを交換しあう、国同士の交易をモデルにして出来たという説がある。その目的は、お互いを潰し合うのではなく、「共生」をテーマに構築されたゲームなのだ。本書の対局の記述を読む際には、ぜひ「共生」が形成されていく様にも、着目いただきたいと思う。その証は、清水の「敵とかではなく、私もコンピュータ将棋の開発チーム一員というか、『プロジェクト』に参加しているイメージを持っている」との弁にも表れている。

以前ほど近所づきあいが無くなり、将棋人口も減ってきた今、コンピュータ将棋で腕を磨く子供たちも多いと言われる。また、この対局が報道されて以降、
小学校でもずいぶんと将棋が話題になったそうである。そこに見られるのは、「コンピュータ」と「人間」の共生による、「将棋文化」の底上げでもある。この歴史的なイベントは、「未来の将棋」というプログラムに、豊かな<タグ>が埋め込まれる出来事でもあったのだ。


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