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大局観と理論を併せ持つリーダーが必要だ

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羽生名人は若い頃、将棋の対局において、瞬間的に常人には想像を絶するような幾通りもの手を読んだそうです。
 
しかし、「最近は若い頃のよう記憶力や反射神経だけでは勝てない」と語っていました。
 
それではどのようにして、今もってあの素晴らしい勝負を成し遂げることができるのか。 
「大局観」なのだそうです。
 
大局観とは、物事の流れを読み、全体を見る力。
一見、感覚が研ぎ澄まされて冴えた状態のようにも思えます。
しかし私は、大局観とは、明晰な頭脳を持った人間が、長い年月とことん理論を追求し、極限まで読み抜くという修行を通じて、突き抜けた境地ではないかと思います。
 
「オーケストラには、大局観と演奏技術を併せ持つ指揮者が必要。君はそれができる。」
 
これはカラヤンが、ヴァイオリニストで、最近指揮者として活躍し始めたオーギュスタン・デュメイに30年前に言った言葉です。
 
デュメイが演奏する、ラヴェルの「ツィガーヌ」から聴こえる、いかなることも可能だと言わんばかりの、向かうところ敵無しの技術。
ブラームスのソナタから聴こえる、ヴァイオリン一丁という楽器を超越したかのような分厚い響き、桁外れの表現力と深み。
音だけ聴いていると悪魔が弾いているのかとも思えることがあります。
 
生半可な修練では成し遂げられない領域。
 
今、カラヤンのアドバイスから30年と言う月日を経て指揮台に立つデュメイは、ヴァイオリンの技術を究めて、大局観という境地に到達したのではないかと思えます。
 
カラヤン自身も、ピアノは相当な腕前だったと言います。
そういえば、チョン・ミュンフン、アシュケナージ、バレンボイム、エッシェンバッハ、ロストロポーヴィッチ・・・超一流のソリストから素晴らしい指揮者になっている人たちは数多くおられます。
また、作曲という、感性と理論による頭脳の格闘のような世界から指揮者になった方もさらに多い。 
100人にも及ぶオーケストラの音を細かく聴き分ける耳も必要かもしれません。がしかし、それだけでは指揮者にはなれない。
 
生まれ持った直感や感性を磨くということよりも、技術や理論を長い年月をかけてとことん追求した先にあるものが大局観なのです。
 
ある修練を続け成し遂げる。そこからしか開けない世界なのだと思います。

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