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 セールスジャパンの経営を始め、様々な事業活動に携わるマイク丹治が、日々仕事を通じて感じていることをつづります。国際舞台での活動も多いので、日本の政治・社会・産業の課題などについて、グローバルな視点から、コメントしていきたいと考えています。

今の世に何が足りないのか?

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イスラム国や、似たような過激派組織が、あちこちで襲撃などを繰り返し、驚いたことに先進国を含め高度な教育を受けた数多くの若者達がこれに呼応して、このような組織に身を投じている。

一方でこの間テレビを見ていたら、オウム真理教に関心を持つ若者が出てきているという。時間がなかったので、詳しく番組をみたわけでもないから、具体的なところは分からないが、いずれにしてもこのような若者達の動きというのは、要は今の世の中に対する何からの満たされない気持ちの現れだと考えるしかないだろう

日本に限って言えば、第二次大戦の荒廃から立ち直り、欧米諸国の協力も得ながら、そしてまた東西冷戦構造の恩恵も受けながら、でも日本は見事に経済発展を遂げた。ただ、一方でその過程で、一極集中による地方の荒廃、核家族化、更にはある意味で責任感のない利己主義や、過度の収益至上主義を生んできたのも事実だ。

その咎が今我々に突き付けられているのか、という気もする。最近の若者の仕事や組織に対する対応を見ていると、確かに優秀できっちり仕事をするが、そこに熱はないし、ある意味で無理をしてでも仕事に没頭することで更に成長につながるという意識はないように感じられる。

あらゆる細かい経費を請求し、少しでも残業時間があればこれを手当てに換え、休みの日に働けば振り替え休日を求め、そして転職の際にはギリギリまで残存有給休暇を消化する、確かにすべて労働者の権利であり、論理的には否定できないが、私にはものすごい違和感がある。

責任感のない権利意識、欧米型の合理主義ばかりが先に立って、だからこそその論理や社会の流れについていけない人々が出てきているのではないか?

確かに、経営者に言われるがまま滅私奉公で働き続けるのは、明らかにおかしい。だが、高度成長の時代はそれが当たり前だったし、個人が一生懸命働くことと、会社が成長することと、国が栄えることが、そのまま一直線に結びついていた。

そして、そのような環境下で、残業だらけででも働くことに、皆が意義を見出し、楽しみを感じ、自分の成長を感じて頑張っていたのではないか?そのような空気がなくなって行ったのは一体何が原因なのか、今一度立ち止まって考えてみるべきではないか?

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