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 セールスジャパンの経営を始め、様々な事業活動に携わるマイク丹治が、日々仕事を通じて感じていることをつづります。国際舞台での活動も多いので、日本の政治・社会・産業の課題などについて、グローバルな視点から、コメントしていきたいと考えています。

人の命を大事にする仕組みは?

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今回の豪雨による広島の災害は、本当に痛ましいものだ。新築のアパートなどがいきなり流されるなど誰も思わなかっただろう。そして、それは我々がこれまでの常識でものを考えることによる。

しかし、地球温暖化かどうかは別にして、明らかに我々を取り巻く自然環境は、ついこの間までの常識では計れなくなってきている。いや、例えば東北の震災は大昔の資料を紐解けば、予測がついたのかもしれないが。

もちろん、あらゆる開発は、一定の基準の下に安全を確認して行われるし、これを想定以上の災害を予測してやれなどと言ったら、そもそもコスト的にも成立しないものも沢山出てくるだろう。だが、我々は少しずつ学ぶべきなのも事実だし、起こったことそのものだけでなく、そこから派生する可能性についても思いをいたすべきだ

とすれば、やはり山裾や海岸部或いは河川周辺などが、如何に住居を建設するに不適切かはここ一連の様々な事故で分かってきたと言えるのではないか?誰もが、見晴らしの良い、或いは水辺のところなどに住みたいと思うのは事実だし、新しいところに住みたいと思う人も多いだろう。

だが、既に住居の数そのものは必要数を大きく上回っている。それにも関わらず、山裾などに新たな住居を建築する必要はないはずで、より安全な地域の古い住居なども再活用なども考えたらよいのではないか?住宅メーカーやデベロッパーなどにも、住宅供給に際しての安全性に対するより一層の配慮が求められる。

その意味でも、売上の拡大を目指すような考え方を改める時期にきているように感じる。安全で良い製品やサービスを提供することが、企業にとってもその安定的な成長につながる、そんな社会を築いていくべきではないか?

少し目を転じると、ウクライナにロシア軍が参入しているとの情報。そして、集団的自衛権での意見の相違はあるが、与党幹事長への配慮による政権維持。それぞれが、人類の命の大事さなどとはかけ離れたところで動いているようにしか思えない。

 

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