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 セールスジャパンの経営を始め、様々な事業活動に携わるマイク丹治が、日々仕事を通じて感じていることをつづります。国際舞台での活動も多いので、日本の政治・社会・産業の課題などについて、グローバルな視点から、コメントしていきたいと考えています。

いつまでもあると思うな、今の暮らし!

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この週末もドタバタなので、少し早目に一言。

大阪の橋下氏が、突然大飯原発再稼働容認発言をした。まあ、詳細は不明だが、報道を見る限り明確な説明もなく、やはり「幽霊の正体見たり」という印象だ。あれだけマスコミで様々な発言をしてきたのだから、仮に考え方の変更に意味があるとしたら、その理由を分かりやすく伝える義務は当然あると思う。

まあ、それはそれとして、そもそもどういう理由か分からないが、ここへ来て原発も再稼働、消費税も通すというような流れになっているが、本当に良いのか?もちろん経済活動を維持することは必要かもしれないし、財政構造をこれ以上歪めないで社会保障を確保することも重要だと思うが、どうも先行きの方向性とかけじめがないような気がする。

大飯原発をこの夏のために再稼働することが仮に必要だとして、ではいつまで稼働させるのか、10月には止めるのか、或いは3年間にするのか、このあたりが明確でなくこのまま進めれば、どうせなし崩しになるに決まっている。それでも国民が良いと思っているなら問題はないが、少なくとも現状はそうではない。とすれば、何故再稼働が必要なのか、いつまでやるのか、先行きどうするのか、きちんと決めなくてはいけないのではないか?

それよりももっと問題なのは、結局電力については、原発を止めるとすれば当面の間需給がひっ迫することが明確である一方で、相変わらず産業界も国民もこれまでの生活水準を維持するのが当然と思っていることだ。もちろんそれを維持するための努力は必要だが、それと国民の命のどちらを大事にするかという問題が問われていると考えると、生活水準を下げる、経済活動をある程度あきらめることも必要ではないか?

日本経済が、停電が結構起こる時代に成長を進めたことは、今の経営陣の記憶にあるはずだ。今をときめく中国にしても、電力が安定的に供給されるようになったのは比較的最近のはずだ。皆が贅沢せずに、必要なところに電力を回す努力をすれば、生活水準だってそんなに下がらずに過ごせるのではないか?そういう覚悟をすべき時なのではないか?

社会保障も同じだ。現実に消費税をどれだけ上げようと、高齢化が急速に進む人口構造のもとでは、今の社会保障は確保できないのは明白なのだから、これを必要最小限のものは確保して、削減するしかないのではないか?もう、これまで当然と思ってきた暮らしは期待できないという覚悟を国民がすることが第一歩だと思う。

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