オルタナティブ・ブログ > 安藤怜のロンドン灯 >

英国ロンドン発のニュースなど

ソニーエリクソンの挑戦(9)~井原社長インタビュー

»

2003年12月に、ソニーエリクソンの初代社長である井原勝美社長にインタビューを行いました。2003年というと、4月に1-3月決算の下方修正を行ったことをきっかけに株価が暴落した、いわゆる『ソニーショック』があった年です。そして、『週刊東洋経済』2004年1月10日号では、『ソニー王国 逆襲のシナリオ』という特集が組まれ、その一部として掲載されたのが、次の『欧州携帯電話市場に吹き始めたソニーの風』という記事です。

http://homepage3.nifty.com/sando/SonyEricsson_001.jpg

この時は、『週刊東洋経済』の編集部から、「ソニー特集を組むので、ヨーロッパで何か書いて欲しい」という依頼がありました。記事の中にも出てくるように、『P900』などの製品のデザインが良くなってきたこともあり、ソニーエリクソンについて書きたいと提案しました。

雑誌の仕事の場合、特に、巻頭特集の場合は、あらかじめ原稿の締め切りが決まっているため、そこから逆算して、何日までにインタビューを行わなければならないかが決まってきます。ビジネス誌の場合は、広報に取材したい人のリストを示してアレンジしてもらうのが通常です。この時も、担当副編集長から、ソニー本社の広報を通じて、井原社長へのインタビューをアレンジしてもらうことにしました。

しかし、しばらくして担当副編集長から来たメールには、「どうもソニーとしては、ソニーエリクソンには、あまり触れて欲しくないみたい」と書かれていました。そして、社長のインタビューは無しで、簡単なレポートを書くということになりました。しかし、私としては、ちょうどテイク・オフしかかっていたソニーエリクソンを、きちんと書いておきたいという気持ちが強かったので、なんとかインタビューをアレンジしてもらおうと、ソニーエリクソンのイギリスの広報担当者に依頼のメールを何度も書きましたが、さっぱり返事がもらえませんでした。

どうようかと悩んでいたら、突然12月10日にソニーエリクソン主催のプレス向けクリスマス・パーティーがあり、そこに井原社長も出席するという案内がきました。そして、そのクリスマスパーティーの場で、井原社長に直談判して、インタビューを快諾していただき、それをもとに書いたのが上の記事です。

私は、このパーティーには、日本の他のメディアの人も来ているかと思ったのですが、日本人は私しかおらず、しだいに談笑の輪からも離れてポツネンと席に座っていたところに、話しかけてくださったのが、アルド・リグオリ氏でした。リグオリ氏は、この時は、ドイツのソニー・ヨーロッパ所属だったのですが、たまたまロンドンに来ていたので、このパーティーに参加したそうです。そして、私にとって、「たまさかの僥倖」となったのは、このリグオリ氏は、この後にソニーエリクソンの広報部長に就任されたことです。(下の写真の右の方がアルド・リグオリ広報部長)

http://ascii24.com/news/i/topi/article/2006/02/14/imageview/images799238.jpg.html

この時の縁がなかったら、その後の取材の便宜も図ってもらえなかっただろうと思います。そして、リグオリ氏は、すでに社員数が7000人を超えるグローバル企業の広報部長でありながらも、いまだに「Hi Ando-san」とメールを直接書いてきてくださることに、大変感謝しております、この場をお借りしてお礼を申し上げたく存じます。

Comment(0)