イーベイに見る、米ネット・コマース・ルネッサンス
米ネット・コマース・ルネッサンス
先月の中旬、米サンディエゴで行われた世界最大のEコマース・カンファレンスに出席してきたのだが、そこで、今まさに力強く波打つ米国Eコマースの胎動を実感することができた。
アメリカのネット通販も誕生からざっと15年余。落ち着くどころか、「ルネッサンス(再生)」とも呼ぶべき盛り上がりを見せている。その要因としては、近年アメリカで盛んに言われているところのSO・LO・MOコンシューマーの台頭が大きいようだ。
SO・LO・MOとは、ソーシャル(SOcial)、ローカル(LOcal)、モバイル(MObile)のことだ。ネット通販が始まった頃、「24/7(年中無休)」が合言葉になったが、「24時間いつでもショッピングができる」という「いつでも」は実現できても、「どこでも」はままならなかった。それが、近年のフェイスブックのようなソーシャル・インフラの整備や、スマートフォンやタブレットPCなどの新しい「パーソナル・デバイス」の普及に後押しされ、購買だけではない、生活のあらゆる場面での「どこでも」化が現実のものになろうとしている。
また、SO・LO・MOは究極の「ながら買い」を可能にする。友人の近況をチェックしたり、友人と会話したりし「ながら」買い物ができるのがf-commerce(フェイスブック・コマース)の醍醐味だ。アメリカの人気TVドラマ『デクスター』のフェイスブック・ページで展開されて話題となったウォール・ストア(Wall Stores)がこの典型である(今年のバレンタイン・シーズンに臨時で展開されたもので、現在は存在しない)。その名のとおり、ウォール上の書き込みをクリックするだけで、ウォールを離れることなしに購買のトランザクションが完結できる。友人との会話に興じながら、ふと気になったものを手にとり、気に入ったらレジに持っていって支払いを済ませる・・・。リアルのショッピングにはよくあることだが、これをネットの世界に巧みに移行したのが「ウォール・ストア」である。
これも「ながら買い」の一例だが、アメリカのある調査によれば、iPadの利用者のうち70%が、「テレビを見ながら、iPadを使う」という。テレビで見て気になったものをすぐグーグル検索して、気に入れば即購入する・・・という消費行動がそう珍しくもなくなっているそうだ。「iPadなら、わざわざデスクまで歩いていってPCをオンにしなくても、カウチに寝転がったままショッピングできる」という安易さも、iPadの人気を引き金とした「T-Commerce(タブレット・コマース)」の台頭に貢献しているという。
コムスコアの発表によれば、アメリカではモバイル機器の三台に一台がスマートフォンだ。日本でも「スマホ」利用者が976万人に達した。スマートフォンを片手に、「今、どこにいるか(ロケーション)」をベースに最寄の店舗情報を調べたり、比較ショッピングをしたり、友達の意見を聞いたり・・・といった行動が日常的なものになってきている。PCの前にはりついていなくても、まさしく、「いつでも、どこでも」、自分の欲しい情報があちらからやって来る・・・。真の「パーソナル・コンピューティング」が可能な時代になった。
「インフラ+ツール」の発達が、生活者マインドに変革をもたらし、その結果、新しい買い方、売り方が生まれている。売り手にとっては、無限の好機に満ちた、だからこそハードな時代でもある。
「ネット・オークション」のパイオニアであり、ネット通販初期のアメリカで一世を風靡したイーベイは、定価型マーケットプレイスのアマゾンに押され、一時期「落ち目」の感さえあったが、ここにきて前述の「SO・LO・MO」をキーワードに巻き返しを図っている。ここでは、イーベイの事例をあげ、「SO・LO・MO」の実践に迫ってみたい。
イーベイが実践するSO(ソーシャル)
アメリカの人気男性アイドル、ジャスティン・ビーバーの髪の毛(落札額4万668ドル)、投資家ウォーレン・バフェットとの昼食(落札額263万ドル)など・・・。世にも奇抜なものが売れるオークション・サイトとして誉れ高いイーベイだが、最近はそればかりではない。米ネット通販有数のトラフィックを活かして、ファッションの領域にも積極的に進出してきている。今流行りの「ネット・プライベート・セール(ネット上で限定顧客を相手に限定品を限定期間内に売り払うセール・フォーマット)」を取り入れた『ファッション・ヴォウルト(「ヴォウルト」は英語で、「金庫室」の意)』というマイクロサイト。初期のEベイをよく知る私のようなものだと、あまり、「イーベイ=新品」とか、「イーベイ=ファッション」とかいうイメージはないのだが、イーベイではなんと3秒に一足の靴が売れるらしい。
ファッションといえば、これほどソーシャルな商品カテゴリーも他にない。ファッションとは、自分自身を表現する媒体であるばかりでなく、他者との仲間意識を表現したり、他者の自分への評価を大きく左右したりもする。
週末に街に出ると、楽しげにお喋りをしながら買い物に興じている女性たちの姿に出くわす。試着したところをお互いに見せ合って意見を交換したり、良いと思うものを薦めあったり・・・。時には友達同士、時には母と娘の姿もある。また、彼氏を連れて買い物に着ている女性もいて、試着室の外でカウチに座って手持ち無沙汰そうにしている男性の姿を見ると微笑ましく思う。
ファッションというのは、着る当人が「良い」と思うだけでは不十分で、やはり他人の目から見て、「似合っている」と評価されることが重要なものなのだ。だから、他人の意見を聞きながら買い物をすることが必要であり、また楽しみでもある。
ファッション・ショッピングのこういった特性を理解し、イーベイでは、「ソーシャルな買い物」を可能にする機能を次々と取り入れている。例えば、フェイスブックのウォールに自分が良いと思った商品を載せ、友人の意見を聞いたり、投票を募ったりできる機能。これは、フェイスブックにモバイルでアクセスし、友人や家族と四六時中「いつもつながっている」生活を送るユーザー層(ソーシャル・カスタマー)が主流化しつつあるからこそ効を奏すサービスだ。近リアルタイムで意見を交換し、まるでショッピング・モールを一緒にブラウズするように、商品の見せ合いっこをし、購買意思を下すことができる。
こういう機能がもう少し普及すると、「彼氏」や「夫」という立場にある男性たちがショッピングのお供として街に駆り出されることは少なくなるのではないかと思うのだが・・・。女性たちが街に繰り出し、ウキウキとお喋りや試着を楽しんでいる間に、男の人たちは家でゴロゴロしたり、ホームセンターで自分の趣味の買い物に勤しんだりすることができるのでは。
そんなことを思い巡らしてみたけれども、女性にしてみれば、試着室の外に男性を待たせておいて、ひとつの服を身につけるたびに、「これ、どう?」と聞いてみること自体に、「ソーシャル」な愉しみがあるのだろう。つまり、どんなに「ソーシャル・ショッピング」や「スマートフォン」のテクノロジーが発達しても、試着室の外で手持ち無沙汰に連れを待つ男の人たちの姿はなくならないということになる。
イーベイが実践するLO(ローカル)
「ネット」オークションとして地位を確立したイーベイとしては、かつては、「ネット上での売買をファシリテートする」ことに意義があった。しかし、昨今では、最終的に売買が起こるのはどこかに関わらず、ネットとリアルの橋渡しをすることに新たな意義を生み出している。
昨年12月、イーベイは、ローカル店舗の在庫情報のウェブ検索を可能にするサイト、Milo.comを買収したが、現在、イーベイ・サイトへの同機能の統合を着々と進めている。Eベイで商品検索すると、イーベイ内で売られている商品と並んで、最寄の店舗の在庫および価格情報が表示される(勿論、在庫情報が提供されるのはこのプログラムに加盟している店舗に限られたことだが)。
このサービス、現在はベータ版のため、加盟店舗に無料で提供されているが、ゆくゆくはリスティング広告料を徴収する考えだろう。アマゾンが自社サイトのマーケットプレイスに出品していないベンダーにも広告機会を提供する「アマゾン・プロダクト・アド」を見てもわかるが、アマゾンやイーベイなど絶大な集客力をもつマーケットプレイスは、もはや販売の場であるだけではなく、有効な広告プラットフォームでもあるのである。
イーベイにこだわらず、アメリカの流通市場全般についていうと、最近、このLO(ローカル)を巡る動きがますます活発になってきた。昨年あたりからますます注目を浴びてきているフォースクエア(Foursquare)やフェイスブック・プレイス、そしてフェイスブック・ディールの位置情報サービス、そしてその他数々のショッピング・アプリは、テクノロジーに明るい若者層を中心に確実に普及し、アメリカの生活者の消費行動を大きく変えつつある。
スマートフォンでフォースクエアのアプリを開くと、「近所に28件のスペシャル(バーゲン・ディール)があります」などといった表示が出てくる。「初めてチェックインする人には10%割引」といったようなオファーがリストになって並んでいる。そんなオファーにつられて、行ったこともない店に入ってみたりする。一回体験してみて、そのサービスが気に入れば客はまた利用するだろう。位置情報サービスとからめたディールは、そんな「トライアル購入」を促進する。
フォースクエアの醍醐味のひとつは、「ディスカバリー(発見)」だという。友人の「チェックイン」から、あるいは近所の「スペシャル・ディール」から偶然に新しいお店やサービスを発見する喜び。ネット・コマース・ルネッサンスのキーワードのひとつでもある「セレンディピティ(偶然の出会い)」がここにもある。
本質的に「ローカル」な店舗が、ウェブやモバイルを駆使していかに顧客を誘引するか・・・。これを戦略の焦点とする企業もでてきた。しかし、どんなにウェブやモバイルを駆使したところで、来店時のショッピング体験そのものが月並みでは顧客の心を掴めるわけがない・・・。その根本を忘れてはいけないが、店舗小売業にとって、ウェブやモバイルがもはや無視できない存在であることは否めない。そして、「ネット企業」にとっても、「ローカル」が無視できない時代になってきた。
イーベイが実践するMO(モバイル)
いつでもどこでも携帯でき、多機能、かつ極めて私的なデバイス(スマートフォン)の急速な普及のおかげで、次世代の売り方/買い方の新境地が拓かれてきている。
注目の焦点はアプリだ。お気に入りのサイトや店舗を自分の携帯の中に取り込むアプリは、ドラえもんの「どこでもドア」が現実世界に具現化したようなもの。ワンタッチでサイトや店舗の中に身を投じることができるばかりではなく、使えば使うほど、それが自分仕様にカスタマイズされていく。
イーベイもiPhone、iPad、アンドロイド、ブラックベリーなど、多様なスマートフォンに対応するショッピング・アプリを展開している。「ホーム」画面をオープンすると、「今、ウォッチしているもの」「今、最高値で入札しているもの」、「落札したもの」、「売ったもの」、「まだ売れていないもの」等など、自分の取引履歴が一覧できるようになっている。まさしく、自分専用のEベイ・ストアが掌の中にあるような感じだ。
私自身もアマゾンのiPadアプリ「ウィンドウショップ」を利用したことがあるが、蓄積された情報をベースに、アマゾンの広大な市場(いちば)の中を欲しいモノから欲しいモノへとすいすいと飛ぶような感覚には驚いた。あまりにもスムーズにモノが買えてしまうので怖くさえある。
ウェブという広大なスペースの中から、自分のニーズに見合った情報を探し当てる・・・。ネットの普及が始まった90年代半ばから2000年にかけては、開拓者たちが未踏の地をさまようように、ウェブをブラウズすることに醍醐味があった。しかし、ネットというインフラが「あたり前」となった今では、「何かを探してウェブ上をさまよう」という行為には、生活者はとりたて興味を感じなくなっている。むしろ、目的がきちんと定まっている買い物であれば、ウェブを「ブラウズ」して時間を無駄にするよりは、信頼できる供給者のもとに直行してさっさと用を済ませたいと多くの人は思っているのだ。そこで登場したのが、ウィジェット(ガジェット)やアプリというツールである。
iPhoneやiPad、またはアンドロイド対応のアプリ・ユーザーは何を求めているのか。ひとつには便宜性。イーベイの話題からは遠ざかるが、アメリカ最大のドラッグストア・チェーンであるウォルグリーンが提供しているもので、処方薬を再発注するためのアプリがある。処方薬の容器に貼ってあるバーコードをスキャンして最寄の店舗にオーダーを入れ、ピックアップできるという手軽さだ。従来型のプロセスでは、薬局に行き⇒薬剤師に処方箋を提示し⇒調合が終わるまで待つという手間があったが、その「手間」を除いてくれるこのアプリは、2010年の11月に市場導入されて以来大いに人気を博している。
また、昨今では、便宜性より何より、iPadを筆頭とするタブレットPCのヴィヴィッドなビジュアルや音にこだわったアプリが登場し生活者を魅了している。ラルフ・ローレンのスポーツ・ウェア・ブランド「ラルフローレンRLX」のiPadアプリは、ファッション・ブランドの中でも群を抜いたクリエイティビティで、「ラルフ・ローレン」という「クラシカル」なブランドに新しい生命を吹き込み、生活者を振り向かせることに成功した(勿論、デザイン性に優れたアプリを作れば売れるというわけではなく、前提条件としてモノやサービスが優れていることは言うまでもない)。
SO・LO・MOは今日の生活者のライフスタイルを象徴する重要なキーワードだが、企業が新しい売り方を考える上で着目すべき傾向は他にもたくさんある。2000年前後に、ネット上で売り手と買い手の出会いの場を創造する役割として「マーケット・メーカー(市場の創造者)」という言葉が登場したが、これからの流通業は、生活者のライフスタイルの変化や、そこから生まれる要求を絶えずウォッチして、それに応える術を供給側に提供していく「マーケット・メーカー」であらねばならない。今回、イーベイの事例を通して改めて確信を新たにした。