2012年のスマートグリッド市場を振り返って
Jeff St. John: December 19th, 2012
2012年は、スマートグリッド業界にとっては幼少期を終わり、いよいよ社会人として世の中に飛び出ている状態をイメージしている人も多いのでは、と思われる。スマートグリッド業界には、何十年も電力業界で身を立てている人もいれば、本の数年前にVCの資金を元手に最新技術を持って市場に参入している人もいて、人によってかなりその印象も異なってくる、という意見もある。
新しいフェーズに移行しつつある、と思われる要因は一つある。ここ数年の間は、政府の助成金、それも数十億ドルにも及ぶ資金が政府から市場に投入され、今や、そのほとんどが使い終わった状態にある。また、この資金の流入に伴って膨大な金額のベンチャーキャピタル資金もだんだんとその意義について疑問視されるようになってきており、動きが基本的に遅く、厳しい規制に縛られた電力業界に果たしVC投資に見合うROIがあるのかどうか、という意見も登場している。
いろいろと反論も多く登場する中、技術的にはかなりの進歩が見られているのも事実である。ユーティリティ事業者のレガシーのシステムに先進的なデマンドレスポンスシステムを統合したり、エネルギー節約の技術も多く登場している。さらに、障害に対する高度な対応技術や、電力の配信技術の高度化等、ユーティリティのユーザへのサービス向上の面で寄与している技術が多く登場している。
一方では、新しい技術を自社のグリッドに導入する事に多くの混乱も生まれているケースが目立つ。特に、電力業界は何十年も殆ど変化が見られなかった業界であるが故に、高度な技術革新に対してはあまり準備ができている、という事は言えない、と思われる。特に新しいスマートメータ技術を導入する事によって生まれる膨大な量のデータをどのように活用するか、についてはまだまだ動きが遅い、という事が言える。
次の5つの項目が、2012に起きたスマートグリッド業界でのトレンドです。
1)買収
スマートグリッドのスタートアップにとって、資金の調達はかなり厳しいものになってきている。2009年の後半に発表されたエネルギー省による$40億ドルに及ぶ助成金の可決は市場の活性化に大きく寄与しており、その資金のおかげで、何十万台ものスマートメータやエネルギー管理ソリューションの導入が実現している。ただし、この大きな波の後に続くものが無く、特にスマートメータの導入に関しては導入スピードが極端に落ち込んでいる、という事実が判明している。2012年は、2011年よりもスマートメータの導入数が少なくなる、と見込まれており、2013年も同様に成長の殆ど見られない事が想定されている。
これは、スマートグリッド業界に膨大な資金を投入したベンチャーキャピタル業界にとっては非常に厳しい問題を投げかけており、特にAMI(Advanced Metering Infrastructure)技術や、ホームエネルギー管理技術等の業界に大きな影響を与えている。既に2012年の最初の3つの四半期はVC投資の金額が今まででも最低を記録しており、いくつか大きな投資が失敗している状況が投資家をこの業界から遠ざける事に拍車をかけている。
お金の流れの変化は、業界全体の動きに顕著に現れている。2012年はIPOした企業が一社もいない上、以前からIPOすると宣言していたSilver Sptings Network社等の様な会社も、延々とIPOを実行出来ずに躊躇している状況の中、買収の噂が立ち始めている。
一方では、スマートグリッド業界での買収攻勢は非常に活発化している。ただし、VCが期待しているレベルでのリターンが実現していない、というのも事実である。代表的な買収案件としては、Eaton社が$118億ドルで買収した、Cooper Industries社や、プライベートエクイティのMelrose社が$23億ドルで買収したドイツのスマートメータ大手、Elster社の買収、Blackstone Groupが$20億ドルで買収したVivint社、等、数十億ドルクラスの買収が登場している。
また、スタートアップの買収も多いが、こちらはあまり割りの良い案件が無い状況である。$3000万ドルの資金を調達したTroops Network社は、ABB社に$3500万ドルで売却、10年間で$6500万ドルの資金を調達したSmartSynch社は、$1億ドルでItron社に売却され、2001年以来、$6200万ドルの資金を調達しているEmber社は、$7200万ドルでSilicon Labs社に身売りしている。
2)スマートグリッド投資の行方
数千万台を超えるスマートメータが北米全国に導入され、電力供給の効率向上と新しい機能が電力料金の値上げを十分に見合う価値を生む、という事が約束されている中で、もっとその効果を早く、そして明確にしてほしい、という市場からの要望が強くなってきている。このメリットが明確に説明出来ていないがために、延期/中止になったプロジェクトもあり、必ずしもスマートメータの市場は順風満帆という訳ではないようである。
一方、電力供給グリッドの監視等のシステム化、自動化については、今後スマートメータの導入よりも早いペースで動くもの、と予測されており、特にバイヤーである電力会社にとってもメリットが明確で、尚かつ自分でコントロールが出来る、という面がスマートメータと事情が異なる。昨年アメリカ東海岸で起きた台風サンディーの被害に対する対策等も含めて、今後この辺の技術が大きく伸びていくもの、と期待されている。
3)HAN (Home Area Network)
2012年においては、HANに関連した技術や新製品が数多く登場した。市場が十分に立ち上がっていないにも関わらず、ZigBee、Z-Wave、Wifi等の無線技術を採用した室内ディスプレイや、ウェブインタフェース等が数多く登場している。Oklahoma Gas & Electric、Arizona Public Service等の電力事業社は、HANの重要性を認識し、実際にスマートメータの導入とともにHAN技術の導入を行ってる。しかしながらこれらの案件は、ユーティリティが独自に進めているプロジェクトで、顧客へのシステム提供をすべて一社で行っているケースである。消費者が近所の店に出かけて自分の欲しいデバイスを購入出来る様なユーザ主体のプロジェクトからはほど遠いものである。
これが最近になって少し変わりつつある。既に4200万台のスマートメータ(Itron社製)を導入したSouthern California Edison社は昨年Rainforest Automation社とホームセキュリティ大手のADT社とパートナーシップを結び、自社のスマートメータと、民間のHANソリューションと接続を可能にするプロジェクトをスタートさせている。また、Nest社と呼ばれるサーモスタットのメーカは、iPhoneとのコミュニケーションが出来る$250もする製品を発表し、販売が堅調に伸びている。サーモスタットの大手、Honeywell社は、自社の製品とOpower社の提供するHEM製品との接続をモバイルデバイスを通して行う様な開発を行っている。
4)ビッグデータ関連
スマートグリッド業界にとって、ビッグデータはいよいよ本格的に必要な技術になってきている、と言える。以前は、ひと月に一回程度しか収集されていなかったメータの情報は、スマートメータの導入によって毎時間できるようになっている。これは、月に720回データを収集する事であるが、計測が15分に一回になるとその回数は一挙に2,880回にもなる。毎回のデータ収集で、電力使用量に加え、様々な他の情報も一緒に送信している上、スマータメータは今後家庭内の他のデバイスともコミュニケーションを行う事にもなるので、電力供給事業者にとっては、今までに経験した事の無い、大量のデータを処理、分析する必要性が出てきている、という事である。
GTMリサーチ社によると、このトレンドが、2012年に$3.2億だったスメートグリッド分析技術市場を一挙に$140億ドル規模の市場までに急成長させる牽引力になる、と予測している。ITベンダーの大手である、Oracle、IBM、EMC、Microsoft社等の動きは当然ながらも、今後スタートアップ関連のベンダーも多く登場し、成功を収める事が期待されている市場である。代表的な企業として、Versant社、Autogrid社の様な非構造型のデータベース上にアプリケーションを開発するベンダーや、Hadoopを採用しているOpower社、Tendril社、EcoFactor社等がある。
5)システム統合
スマートグリッドのこれからの重要な要件は、如何に設置した大量のスマートメータを統合して新しい価値を生むシステムに変えていくか、という課題である。新しいシステムというのは、単に電力の消費状況を詳細に収集する機能だけではなく、その大量のデータを利用して新しいビジネスを生む事が問われている。例えば新しい課金のシステム、顧客サービス、停電時の対応サービス、グリッドの監視、等、議論されているアプリケーションの数は非常に多い。
これらのシステムはMDM(Meter Data Management)と呼ばれ、Oracle社が行った実態調査によると、スマートメータを導入した電力事業社の約半数がMDMの導入に手が回っていない、という状況が明らかになっている。
これらの新しいスマートグリッド技術は、電力業界に実際に導入され民間に展開されるようになるまで非常に長い時間がかかる、という業界固有の特性についてはあまり考慮されていないケースが目立つ。スマートグリッドソリューションとしてInfosys社、SAP社、Silver Springs Networks社、Echelon社等、多数の会社が様々なアプリケーションを開発し、導入に向けてかなり積極的な営業活動を行ってきた。話題になったアプリケーションの種類としては、変換機のステータスを分析する機能、停電時、停電の影響を受けているデバイスから通信を行うシステム(Last Gasp Notification)、等があり、電力業界に取って、こういったシステム化の付加価値を非常にわかりやすい様にデザインしたものが多いようである。
分散グリッドの自動化に対しても同様の動きがあった。従来、この世界は、大手企業がフルターンキーで提供する独自仕様によるシステム設計、構築が常識的であった世界で、Schneider Electric、ABB、Seimens、GE、東芝、日立、Alstom、Esaston Cooper社等がその代表である。これが最近になってシステム間の互換性の重要性と価値が見いだされるようになり、尚かつ、コストを下げる大きな要因になる事も理解し始めている。小規模なスマートグリッドインフラの実装、他社の大規模でマンドレスポンスシステムとの相互接続等が大きなトレンドになりつつある。
電力事業社間のシステム相互接続に関しては、IBM、Infosys、Wipro、Capgemini、Accenture等の大手IT企業が名を連ねている。これらの会社の戦略として、電力事業社を対象に、クロスプラットホームでのスマートグリッドシステムの統合をソリューション提供する事である。特に積極的な動きを見せているのは、Cisco社であり、自社のネットワーク技術を駆使して、Itron社、Elster社、等のスマートメータ大手ベンダーとの協業、Distribution Automation業界ではAlston社、Cooper Power社(現在Eaton社)等との協業や数多くのスタートアップベンダーとのパートナーシップも発表している。
2012年は、総合的に分析すると、電力事業社がスマートメータの導入を終了し、一通り落ち着いたところで、これらのメータインフラを如何に有効活用するか、という事を考え始めた一年であった、という事が言えよう。2013年は、今度このスマートメータを有効活用する数々の実証試験を見る事が出来る一年になりそうであるが、ますますもってIT業界との接点の強化、クラウドコンピューティングや、ビッグデータ等の特定技術やインフラの活用が見いだされる事になりそうである。非常に数の多い顧客層と大量のユーザが存在する市場だけでにこの業界に於ける勝ち組と負け組との明暗はかなりはっきりしてくるもの、と思われる。