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商社マンの営業として33年間(うち海外生活21年間)、国内外で様々な体験をした。更に、アイデアマラソンのノートには、思いつきを書き続けて27年間、読者の参考になるエピソードや体験がたくさんある。今まで3年半、ITmediaのビジネスコラム「樋口健夫の笑うアイデア動かす発想」で毎週コラムを書き続けてきたが、私の体験や発想をさらに広く提供することが読者の参考になるはずと思い、ブログを開設することにした。一読されれば「読むワクチン」として、効果があるだろう。

大震災対策 その1  地震シェルターの製作

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大震災対策 その1 地震シェルターの製作
東日本大震災を被災された方々に心からお見舞い申し上げます!

 私はすごく怖がりだ。心配性だ。
 1999年1月から2004年4月まで、三井物産ネパール・カトマンドゥ事務所長として、駐在した。当時、物産はネパール最大の水力発電所を建設していた。

 駐在して2年目に、小さな地震があった。震度2か3程度だったろうか。その後、ふっと気になって、私が住んでいる所長宅の吹き抜けの天井を見上げると、端から端まで、一筋の亀裂が走っている。以前にそんなものは無かった。
「この間の地震のせいかな」と、ネパールの(というより、ヒマラヤの)地震が気になった。

 カトマンドゥにある地震観測所を訪問してみた。
 そこで聞いたのは、60数年に一度のヒマラヤの大地震の可能性だった。1934年には、マグニチュード6.7の地震が発生し、首都カトマンドゥでは大被害が出て、約17000人が死亡、32万戸の建物が倒壊している。
 
 ネパールでは地震の恐ろしさの自覚や知識がまったく不足している。耐震対策はほぼゼロだ。建築基準が甘いために、柱が細いままレンガをどんどん積み上げて、4階、5階と継ぎ足して、どんどん高くしていく。前回の大地震でも、ほとんどの住宅は一瞬にして倒壊したという。

 地震観測所の専門家の説明によれば、当時のカトマンドゥの人口が数十万人だったことを考えると、17000人の死者は、多数だ。現在は、140万人まで増えている。推定では30万人が死ぬとまで言われた。

 次の大地震がいつ発生してもおかしくないという。私はすごいショックを受けた。
(大地震は日本だけじゃない)
長期契約していたが、所長宅を変えようかと思った。考えて、考えた結果、私は地震用のシェルターをつくることにした。

 コンセプトは、8ミリほどの鉄板で覆った1.5メートル四方の箱を造り上げ、その箱の底に、懐中電灯、ミネラルウォーター、新聞、食料などを詰め込んで、所長宅の2階の寝室のベッドの横に置いた。

 この箱の天井には、電車のようなつり革を二つ付けた。私と嫌がるヨメサンは地震の発生を予行演習して、その箱の中に飛び込む練習をしていた。

 この箱は2階だったが、私の書斎は1階にあった。1階にも同じように8ミリの鉄板を溶接して、一人用のシェルターを造った。それだけではない。事務所の2階の所長室の大きなデスクの下の空間にぴったりと納まるシェルターを造った。中にはやはり、懐中電灯や工事用のマスク、ミネラルウォーターなども入れてあった。更に、所員が数名入れるシェルターを、設計した。

 すごく安価に造れるシェルターだった。

要約 心配は発明の母




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