SAP Helps 南アフリカ Run Better ~(9)「起業家支援」の現場を回る
2週目。今日と明日は、アウェトゥのインキュベーション・コーチと一緒に、起業家たちの現場を回らせてもらうことになっている。めちゃくちゃ楽しみ!
今日同行させてもらうのは、ベンとタフ。ベンはアメリカ出身の白人で、前職はベインのコンサルタント。まだ20代。とにかく体が大きいので、さっそくビッグ・ベンと呼ぶことになった(笑)。タフはジンバブエ出身の黒人で、まだコーチを始めたばかりということで今はベンと一緒に回っているが、実際にはビジネス経験も長い。名前どおりタフガイな空気が漂う、強面の男だ。
ベンの車、1991年製(!)のトヨタ・カローラに乗り込んで、ソウェトへ向かう。もちろん、すごいポンコツで、途中でタイヤの空気抜けに気付いてガソリンスタンドで空気を入れてもらったりしたが、タウンシップを回るにはむしろこういうクルマのほうが違和感がないのだろう。
最初に向かったのは、ソウェトの中心部にあるケンタッキーフライドチキン(KFC)の店。ここで、この近くに住む起業家たちを集めての「週次ミーティング」をするという。
今日集まったのは4人。左から、テイクアウトのファストフードを始めたイディス、後姿がタフ、オーダーメードの服を作るナムサ、赤いTシャツがベン、チームメイトのヴィヴェック、アート作品を作っているトレバー、植栽を販売しているセンバ。
ベンは各人のアップデートを簡単に聞いたあと、今日は2つの話をします、といって説明を始めた。1つめは Bookkeeping(帳簿をつけること)の重要性について。2つめは Customer Management(顧客管理)について。
話の内容は、驚くほどシンプル、超初級レベルだ。たとえば帳簿については、「支出があったらノートに書きなさい。売上が上がったらそれもノートに逐一書きなさい」。それだけ。Excel、なんて言葉すら出ない。ノートに書く、それだけ。
「支出と収入をきちんと書き留めれば、経営状態が把握でき、売上と利益のトレンドも分かるので見込みが立てやすくなり、将来銀行から融資を受けやすくなる。とにかく帳簿はビジネスの根幹なので、面倒がらず、必ず書き続けるように。帳簿、帳簿、帳簿」。
顧客管理については、「もっとも効果的なマーケティングはなんだと思う?そう、口コミ、つまりお客さんが別のお客さんを連れてきてくれる、というやつ。だから、一度買ってくれたお客さんをそれっきりにしてはいけない。1週間後、1か月後に電話をかけて、「商品のほうはその後どうですか?」とフォローするんだ。そうすれば満足度が高まって、他のお客さんを紹介してくれる機会も増える」。
本当にベーシックな話だが、皆、とても真剣に聞いている。要するに、過去に自営業の経験なんかまったくないので、すべてを吸収しようと必死なのだろう。
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週次ミーティングのあとは、各起業家を回っての個別指導。最初に向かったのはナムサの自宅だ。ナムサは裁縫業で長く働いて技能を身に着けた40代の女性で、最近独立し、オーダーメイドの服を作って売るビジネスを始めたところ。作るのは結婚式に着るための伝統衣装などの高額なものがメイン。作業部屋には工業用ミシンが4台あり、型紙も採寸して自分で作れるという。
裁縫の技量は確かなのだろう、すでにある程度安定した注文も入り始めており、今日の個別コーチングの内容は「ミシンが使える従業員を1人雇う」という話題。ベンはごく細かいところまで話を聞き、メモを取り、アドバイスする。
面接は3人、あさっての9時からね、面接で質問する内容は?この質問でチェックしようと思っていることは何?うん、あとは、こういう質問もしたほうがいいな、それでやる気のほどが分かるから。面接した後に、技能テストはもちろんやるんだよね?いつ?金曜日?場所はここ?それとも自分のミシンを使わせる?うん、インチキできないように、ここでやらせたほうがいいね。それで正確性とスピードも見られるしね。面接には同席してほしいかい?了解、じゃ面接には僕も来るね。候補者はもう絞り込んであったよね?うん、それじゃもう一度確認の連絡をして。絶対に遅れないように、と。もし遅れたら、きっとその人は仕事でも遅れるから、その場で落としたほうがいい。...
ベンのコーチングのスタイルは、とにかく話を聞き、肯定し励まし勇気づけ、背中を押してやる、というものだ。正直、ここまで細かく入り込むのか?と驚くことが多かったが、それを必要としている人たちなのだ。会話の内容も、ビジネスコーチというよりは、親が子供に接するときのような感じ。
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次に向かったのはセンバの自宅。彼は自宅の前の空き地で、さまざまな植栽を育てては、それを販売している。
その後はアリ。彼はカーウォッシュつまり洗車業を始めたところ。洗車なんて文字通り誰でもできることで、したがって大した対価が取れるわけではないのでは?と思っていたが、案の定、相場は40ランド(約400円)、ただし今は開店キャンペーンで30ランドにしている。
アリ、先々週は何台洗ったんだっけ?6台か。先週は?9台?おお、すごいじゃないか、伸びてきたね。じゃあ今週は15台を目標にしよう。マーケティングは何を考えてる?チラシ配布?そうだね、近所に駐めているクルマのワイパーに紙を挟んで回るのはいいね。印刷はアウェトゥのパートナーで安くできるから、チラシの内容が決まったら教えて。あとは、通る車の注意をひくことをやったほうがいいな。洗車のために雇った彼は、実際に洗車していないときは遊んでるんでしょ?だったらまずは彼を働かせないと。働いていない時間をなくすこと、がまずはポイントだよ。
・・・1日15台、ではない。週15台だ。これだと週の売上は450ランド(4500円)にしかならず、まだ採算うんぬんには程遠いレベルなのは、僕にもわかる。でもベンはとにかく励まし、背中を押す。
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次に訪問したクリフは、週次ミーティグをすっぽかした。しかも最近、ほとんど連絡をよこさない。自宅に乗り込むと、クリフはへらへら笑いながら「ごめんなさい、いろいろ忙しくて」とか言う。まだ22歳の若者だ。ベンとタフ、2人の強面コーチは、今日は強く出ることにしていた。「いいかクリフ、キミがやっていることは遊びじゃない。学校の勉強でもない。ビジネスだ。ビジネスとは、お客からカネをもらうことだ。カネをもらえなければ、キミは生きていくことさえできなくなるんだよ」。まさに父親モードだ。
自宅に居合わせた友達の前でクリフを一通り諭したあと、2人はクリフを家の外に連れ出して、なおも説教を続ける。190cm 100キロはあろうかという白人と、ガタイのいい黒人、そしてインド人と日本人(笑)という4人がクリフを取り囲んで、穏やかにとはいえ説教を続けている姿は、ソウェトの路上では目をひく。何人ものご近所さんが、いったい何事?という顔で通りすぎていく。
クルマに戻るとベンは言う。「こういう起業家は多くはないんだ。多くの起業家たちはほんとうに真剣、まじめに事業に取り組んでいる。何とかして、生活を軌道に乗せたいと思っているからね。でもまあ中には、こういうヤツもいるさ」
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今日最後の訪問先はイディス。自宅のキッチンで、バニーチャウと呼ばれる地元風のサンドイッチなどを作っては売っている。彼女も腕がよいのだろう、先週は驚くほどの売上だ。(バニーチャウが初めてな私に、わざわざ作ってくれた↓)
ベンとタフは2人がかりで帳簿をチェックしアドバイスを続ける。「イディス、売上の伸びはすばらしい。あと何週かか様子を見た方がいいとは思うが、事業を少し拡大することを考えていいね。専用キッチンがほしいと言ってたっけ?ちょっとガレージを見に行こう。...うん、この大きさならちょうどよいね。機材はアウェトゥで安く調達できるから。それより、従業員を雇うことを考えたほうがいい。今あなたは週7日働いてるけど、それじゃ長続きはできないから。誰か任せられる人を探して、時々は休めるように考えたほうがいい。今は孫が手伝ってくれてるんだっけ?うん、家族ならベストなんだよ。でもちゃんと給料を払って、従業員として雇っている形にしたほうがいい。そのほうが長続きするから」
左からヴィヴェック、孫娘2人、イディス、ベン、タフ、孫息子。
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・・・なるほど、これがまさに、アウェトゥの「起業家」のリアルな姿なのだ。
失業率40~50%といわれる中、なんとかして自分の技能を生かし身を立てようという真剣な顔。自営業の経験はないので不安でいっぱいな面もありつつ、事業が少しずつ回り始めていることを実感して輝く目が印象的だった。
一方で、コーチたちのほうも、まさに「親身」、子に接する親のようなスタンスで支援している。その時間のかけ方も驚くほどだ。
なるほど、アウェトゥ・モデルは、新しい。他に例を見ないと言われるのもよく分かる。しかし一方で、ここまで労働集約的モデルだと... 改善提案もいろいろできそうだ。ネタの仕入れもばっちり、な一日だった。