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ある時はコンピュータの製品企画担当者、またある時は?

高速料金を支払えなかった話

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アメリカの高速道路利用料金は無料というのが一般常識だと思うが、実際には通行料を支払わなければならないところもある。僕が経験した範囲で言うと、例えばゴールデンゲート・ブリッジをサンフランシスコ市街に向かって渡ろうとすると金がかかる。逆にサンフランシスコから出る場合は無料である。橋を渡らなくても、例えばニューヨークとかシカゴに向かう高速道路にも料金所があったりする。混雑した市街にわざわざ入って行こうとするんだから、税金だと思って料金を支払え、ということなのだろう。

かつてシカゴに向かって高速道路を走っていた時には、料金がかかるかもしれないなどとは想像もしていなかった。ミネソタ州ロチェスターから、Route90と呼ばれる道路を通って、シカゴの日本領事館に用事があって出かけようとしていた時の事である。料金所は機械化されていて、通行料として小銭をバケツみたいな受け口に放り込むとゲートが自動的に空く仕組みになっている。そしてコスト削減の精神が徹底されるあまり、人件費を浮かすためか有人のゲートが一つも設置されていなかった。

ところが中途半端な機械化を実現してくれたお陰で、紙幣への対応がなおざりにされたままだったのである。もしかしたら現在でもそのままかもしれない。不幸にもその時は小銭の持ち合わせがなく、50セントを支払うことができないという事態に陥ってしまった。道路公団(?)の人もいないし、ゲートのどこを見ても非常時連絡先が見当たらない。かと言って強行突破を図れば、後で手痛いしっぺ返しに会うのは明白である。そんな意図を砕くためか、いかめしい警告文だけは、しっかりと目立つところに掲示されていた。

仕方なく一旦後退して車を脇に寄せ、1ドル紙幣を握り締めて外に出て、ゲートで一旦停止しようと後からやってくる車に向かって両替してくれと交渉するはめになった。得体の知れない東洋人がわめいているのを見て、関わらない方が得策だとばかりに何台かの車は無視して通り過ぎた。もう少し情け深い運転手だと、余分な小銭はないよと手を振ってやっぱり通り過ぎて行く。日本円にしてたかだか50~60円のために情けないと思いつつ、あきらめるわけにはいかないので10分近くも車をやり過ごしながら粘っていたら、乞食と思われたためか何故か25セント玉2枚を恵んでくれた車があった。1ドル払うよと言ったけれども、要らないよと言うや否や、あっという間に走り去って行ったのである。公序良俗を維持するためには、小銭でも与えてさっさとおとなしくさせようと思ったのかもしれない。

その点日本の道路公団では、ETCゲートしか備えていない料金所はまず知らない。例外的に社会実験と称してETC専用出口を設けていたりもするが、次の出口まで行けば大抵は有人のゲートがあるので何とかすることはできそうだ。それほど不自由しないじゃないか。だったら今のままでいいや、とばかりに僕はETCを装備するとしたら、次に車を買い換える時かなと思っている。

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