飛ぶのが怖い
一時は日本-ハワイ往復ビジネス・クラスのチケットを、マイレージ・プログラムで入手できるほど頻繁に乗っていたが、実は飛行機にはなるべく乗りたくない。どうしても他に選択肢が無い場合は観念するが、東京-博多間にせよ東京-秋田間にせよ、時間が許すのであれば新幹線を使う。シンガポールに行くのだって開通さえしていれば新幹線を使いたい。空港が町から離れていると移動が面倒だし座席は狭いし、という表向き理由の他に、何と言っても気流の悪いところを飛行する際の、時にふわふわとした感覚、時に激しく上下に揺さぶられる感覚がたまらなく嫌だ。そこから逃げようにもどこにも行けない、あの鉄(実際にはジュラルミン製なのだろうが)の密封されたところに閉じ込められるのがたまらない。
飛行機好きの人間に怖くないのか聞いてみたら、いざとなったらその時はその時で、諦めがつくのだそうだ。僕はそこまで達観していない。電車は故障したら止まっているだけであるが、ジェット機は滑空する間もなく墜落するそうなので、エンジンが一発しかない機種(確かDC9がそうだったと思う)なんぞとんでもない。乗るならば、エンジンは二つ以上は欲しいところだ。そしてできることならばまだ墜落したことがない機種、例えばボーイングなら777が望ましい。
飛行機の名誉のために言っておくと、人・キロあたりの事故率という観点から見た分析では、例えば乗用車に比べると桁違いに安全な乗り物なのだそうだ。ただ一度事故が発生すると、その悲惨さは非常に強く印象付けられる。だから飛行機は怖いくせに、乗用車のハンドルを握っていても怖いと思わない。理屈に合わないことは重々承知しているのだけれど。
なんであんな金属の塊が飛ぶのか、わかる人に言わせると、飛ばないほうが不思議なのだそうだ。主翼は上向きになっていて、エンジンの推進力によって下方から風を受けて飛ぶのかと僕は長い間思っていた。実は風を受けるのではなくて、空気圧によって機体が上に持ち上げられるのだそうだ。主翼の断面は例えば直線部を下にした半月形状になっている。ここでエンジンの推進によって、主翼の上下面を空気が高速で後方へと流れてゆく。ここで主翼の上下の空気の総量は同じなのだけれど、上面は弧になっているので、直線的な下面よりも空気が流れる距離が長い。分子のレベルで考えると、上面の空気の分子間距離の方が長いわけだから、すなわち空気圧がより小さいことになる。必然的に主翼が上方に持ち上げられる、というわけだ。
理屈はともかく揺れの恐怖を忘れるのは、キャビン・アテンダントの若さと美しさである。どんなに飛行機が揺れても、余裕の表情で機内を歩き回ってくれていれば、一瞬こちらまで落ち着いてくるような気がする。でも、怖いものは怖いのだ。そんな笑顔に騙されないぞ。