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記者としての取材や編集者としての仕事の中から浮かんだふとした疑問やトピックをご紹介。裁判や企業法務、雑誌・書籍を中心としたこれからのメディアを主なテーマに、一歩引いた視点から考えてみたいのですが、まあ、精密でない頭の中をそのままお見せします。

「生き残るための」文章の書き方 ⑥『カリスマ銀行員となった女子高生の最強接客スキル』

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いまは銀行員となった彼女の窓口には、わざわざ「○○さんを」と指名して足を運んでくるファンが多い。それは、他の担当者からは得られない「満足」を彼女が提供してくれるからだ。
その満足とはいったい何なのだろう?

■客が座った瞬間ニーズがわかる「先読みの魔法」
「お待たせしました」
窓口で新しい客を迎えるとき、彼女が見ているのは、お客の「目」なのだという。
呼ばれた客が目の前に座ったときには、そのとっかかりをつかむための情報を得てしまう。
どうやって?

彼女がいま、客と接するときに気にしているのは、以下のようなことだ。

・どのようにお金を口座に置いているのか。
・それについて、どのような評価をしているのか。
・何か行動を起こしたいという気持ちはあるか。

呼び出されて、ソファから立ち上がってこちらに歩いてくるまで、客が店内の何を見ているのか......それが彼女の観察ポイントだ。定期預金のポスターか、それとも為替レートの電光表示か。つまり、客の目の先を追いながら、「先読み」をしているのだ。客の用件が終わって彼女が第一声を発するとき、その質問はすでに、その客にぴったりフィットしたものになっている。多すぎる定期預金預け替えか、レートが円高に振れて元本割れしている外貨預金の金融商品への転換か。さらに深い話へと入っていくのは簡単だ。

客の運用ニーズを聞き出すと、彼女はそれを運用担当の部署につなぐ。「ニーズをよく聞いている」これが運用担当部門の評だ。彼女の上司も、「決済を仰ぐ際に、5W1Hの報告がしっかりしていて、さらにどう対処したら解決するかという自分の意見が必ずついている」と高く評価する。
つまり、「......ということが起きました。私は......という対処をしたいが」という報告をしているということだ。論理が通っているから、解決策が見える。「......ということが起きました。どうしたらいいでしょうか?」という質問は絶対にしないのだ。

■「言葉で抽象化のレベルを上げる」のが秘訣
それでは、彼女の持つスキルとは何なのか、さらに分析してみたい。彼女が「やっていること」を、以下にまとめてみた。

・客の仕草をよく観察している。
・一見ばらばらな行動を、文脈に従って結びつけて、その客の資産に関する考え方についての「仮説」を立てる。
・その仮説を、実際に客と話し合うことで検証し、本当の客のニーズをつかむ。
・他部門に、その客の本当のニーズを整理して伝えることができる。

なぜ、このような能力が発揮されるのか。
彼女の行為全体を見ると、情報の「収集、分析、表現」を一瞬のうちに行っていることがわかる。
客のしぐさを観察する。言葉を聞く。これらの情報は断片的で、その客個別のものでしかないが、それを彼女は一段高いところに上がって整理し、文脈を整理し、「こういう人」という仮説を立てる。観察からモデルを作るのだ。これを抽象化Aと呼ぶ。
ここまでを、客が自分の目の前に座るまでにやってしまうのだ。

一方で、彼女には預金や金融商品、保険など、銀行が扱う商品全体の知識と、過去、どんなニーズをもつ客がどんなオプションを選んで満足したか、過去の経験による蓄積がある。銀行のリソースから作るモデルだ。これが抽象化B

抽象化A×抽象化Bで、その客のニーズとその解決法の具体的な仮説が立てられる。
彼女の、客に対する質問はこれを踏まえたものになる。

あとはその客の「真のニーズ」を聞き取って、仮説を検証し、修正していけばいい。最適解が見つかった頃には、同時に客も納得している。

これを客の立場に立って見ると、こんな体験になる。

「この行員は、最初からまるで自分のことを知っているかのような、深い質問をしてくる」
「私が必要としていたのは、こういうことだったんだ! わかった!」

そんな体験を味あわせてくれる彼女の窓口に「行列ができる」のも、当然の話といえるだろう。

次回は「女子高生編」の最終回として、さらに彼女の能力を分析し、どうしたらそのような力を伸ばせるかについて考える。(つづく)
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