『パラダイス鎖国』から「ネット開国」へ
海部美知さんの『パラダイス鎖国 忘れられた大国・日本』をご献本いただきました。海部さんと言えば、人気ブログ"Tech Mom from Silicon Valley"でご存知の方も多いと思いますが、本書も"Tech Mom"がきっかけになって生まれた本です。
タイトルにある「パラダイス鎖国」という奇妙な言葉が、いったい何を指しているのか。本書から一部を引用したいと思います:
アメリカと日本の間の決定的な生活水準の差は、もはやなくなった。いまの若い人には、うずくような海外へのあこがれはない。逆に「アメリカは遅れている」「日本が一番進んでいる」という感覚を持つ若者も多いだろう。
一方、最近アメリカでは、以前のような日本企業の活躍や、そういった活動に対する反発のニュースをあまり聞かない。日本人旅行者の団体にも、なかなかお目にかからない。アメリカに拠点を持つ日本企業は、不況の間に規模を縮小してしまい、アメリカでの「ニッポンの存在感」は、ふと気がつくとどんどん薄くなってきている。「もう、日本人は海外に行きたくなくなったし、海外のことに興味がなくなったのかもしれない」と感じた。そして、その状態を「パラダイス鎖国」と名付けた。
つまり歴史上の鎖国と同様、日本と世界の結びつきが弱くなっているにも関わらず、中に住む人々=日本人は自国を楽園のように感じ、外に行く理由を感じなくなっている状態ということですね。そういえば最近、「若者が海外旅行に行かなくなった」や「日本映画が若者に人気」などというニュースを目にします。また「日本の~業界はまるでガラパゴス諸島のようだ」という例えもよく使われていますから、「パラダイス鎖国」状態を肌で感じる方も多いのではないでしょうか。
「いや、むしろ上の世代の方が外国かぶれだったのだ」「海外に行かなくて何が悪い」という反論もあるかもしれません。確かに無批判に海外のモノをありがたがる風潮は間違っていますが、内向きの姿勢にも問題があります。海部さんはそれを
- 海外における「ジャパン・ブランド」の衰退(と、それによってもたらされる外国企業との価格競争への突入)
- 日本社会の「恐竜化」(社会や産業の新陳代謝が遅れ、環境変化についていけなくなる)
- 「海外にも勝負していってやろう」というインセンティブの消失
の3つにまとめられているのですが、個人的に2.の「恐竜化」を危惧しています。
海部さんは「パラダイス鎖国」の先輩として、アメリカ合衆国を挙げています。確かに米国はモンロー主義の例を出すまでもなく、内向きの性格を伝統的に持つ国であり、日本と似た状況にあると言えるでしょう。しかし米国は広大な国土と多様な国民を持つ上に、トライ&エラーを許す風土があります。さらに重要なのは、海外から多くの人材を惹きつけ、新しい知識の流入を維持していること。これらの要素によって、新陳代謝が繰り返され、時代の先頭を歩むことを可能にしているわけですね。しかし国土が狭く国民も同質的、保守的で「多数決より全会一致で」という精神が根強く、海外から研究者や学生を惹きつけることも遅れている――という日本の状況では、新しいことを生み出すことがますます難しくなってしまうでしょう。それを解決する道の1つが、自ら海外に目を向け、多様なアイデアを学ぶことではないでしょうか。
ではパラダイス鎖国を抜け出す、すなわち「開国」するためには、どうすれば良いのでしょうか。本書の後半半分はその議論に費やされていますので、海部さんの主張をぜひ読んでいただきたいのですが、僕が一番心を動かされたのは以下の言葉でした:
だから、「鎖国で何が悪い」と開き直る前に、ちょっとだけ手を動かしてみて欲しい。自分が興味のあることや、好きな有名人の名前を、英語にしてネットで検索してみよう。「え?こんなことに興味持ってる外国人がいるの?」「え?この人は、こんなふうに外国では評価されてるの?」「日本では騒がれているけれど、外国ではこんな程度なの?」などと、意外なことが見つかるかもしれない。海外にいる同好の士に、コメントを書いてみようと思うかもしれない。それは、少しだけ、自分の世界が広がったということだ。外へのパイプができたということだ。より広い世界でのバランス感覚が少し分かったということだ。
かろやかに、前向きに、少しずつ、開国へと向かってゆこう。ウェブ時代だからこそ、多くの人にそれができる。
「WEB2.0」などという流行り言葉を出すのはやめておきますが、いずれにせよ海外に行かずとも、ネット上で多種多様な情報が得られる時代になりました。いきなり状況を変えることが困難でも、「ネット開国」ならいますぐ、一人一人が行っていけるのだという海部さんの意見に賛成です。特にITの分野は、言葉は違えど、技術で語り合うことができる世界。ちょっと動き出すだけで、広大な世界が広がっていることを実感できるのではないでしょうか。