「ソーシャルグラフ」ってなんだろう? - その意味やビジネス価値,争奪戦まで総まとめ
最近になって,お客様とソーシャルグラフについて会話する機会が増えてきた。
ひとつはFacebookのオープングラフ発表の影響,また国内で見るとmixiの新プラットフォームや,ヤフー!モバゲーへの関心からだろう。またソーシャルゲームなどソーシャルグラフが不可欠な市場が将来急成長するとの予測も後押ししているようだ。
そもそもこの「ソーシャルグラフ」とは,技術者であるBrad Fitzpatrick氏(現Google在籍)が2007年に発表したコンセプト(英語による元情報,日本語翻訳資料)で,一言で言うと「人間関係図」のことだ。
例えば,このような「ノード(ヒト)」と「エッジ(関係)」であらわされる人間関係をさしている。
そして現実の「ソーシャルグラフ」は,家族や友人などの「信頼関係」と,サークルやコミュニティで広がる「同好関係」から成り立っていることが多い。また別の見方をすると,「リアルな人間関係」と「ネット上だけで限定的に成り立っている(以下,バーチャルと総称する)人間関係」に分類することができる。つまり次のような4種類だ。
- リアルな信頼関係
- リアルな同好関係
- バーチャルな信頼関係
- バーチャルな同好関係
当記事では,再注目されている「ソーシャルグラフ」の意味を検証するとともに,どのようなビジネス・インパクトがあり,その価値はどこから発生するのかを,順をおって説明していきたい。
■ 狭義のソーシャルグラフ,広義のソーシャルグラフ
まず,一般的なビジネストークでソーシャルグラフを語るときには,狭義のものと広義のものがあることに注意したい。
この図は,三段階の「ソーシャルグラフ」の定義をあらわしたものだ。
- 「① ヒトとヒトのつながりをあらわす人間関係」(濃い水色)が,最も狭義のソーシャルグラフ
- 「② 個人属性を含む人間係データ」(水色)が,中間の意味のソーシャルグラフ
- 「③ ヒトとヒトだけでなく,ヒトとモノ,コンテンツとのつながり」(薄い水色)まで含むものが,最も広義のソーシャルグラフ
ここで「ヒトのモノのつながり」とは,例えばAmazonのリコメンド,楽天の購買履歴などを指し,「ヒトとコンテンツのつながり」とは,例えばTwitterやFacebookで日常的に行われているサイトや動画のリコメンド,Yahooサイト内での利用者行動履歴などを指している。
また「ヒト,モノ,コンテンツの相関関係」とは,それぞれの関係性を「協調フィルタリング」などの手法で分析し,新たに見出された相関関係を指している。
このように,ビジネス的に見ると「③最も広義のソーシャルグラフ」まで対象範囲を広げることで「モノ」や「コンテンツ」の流通に結びつき,マネタイズ・イメージが明確になってくると言える。
■ ソーシャルグラフのビジネス・インパクト
ではソーシャルグラフはビジネスにどのようなインパクトを与えるか?
最も身近な例として,コマースサイトへの適用を考えてみよう。
ソーシャルグラフ(広義)の充実度という観点で,シンプルな順番に左から並んでいる。
一番シンプルなものは「楽天モデル」。最も一般的なコマースサイトで,ヒトとモノの関係性のみ,つまり購買情報と商品レビューで商売しているものだ。
高度なコマースサイトである「Amazonモデル」では,「楽天モデル」に加えて購買履歴や利用者のサイト内行動履歴分析に基づく高度なリコメンデーション能力が商売のキモになっている。ただし人間系データは匿名でごく一部の利用者しか登録しておらず,ほぼ未活用に等しい。
それに対して,一番右の図が「理想的なソーシャルコマース・モデル」だ。「Amazonモデル」に加えて,ヒトの個人属性と人間関係を保有することで,次のような購買行動を促進することができる。ここで「友人」とは「信頼と同好で結ばれたリアルないしネット上の知り合い」を指す。
- (知る)ステップ: 友人の購入やリコメンドから,流行の商品や自分にあった商品を発見できる
- (調べる)ステップ: 友人や専門家の意見を参考に,興味を持つ商品を吟味できる
- (買う)ステップ: 友人と共同購入に参加することで,購入条件を良くできる
- (語る)ステップ: 商品レビューを友人とシェアすることで,彼らの購買行動に貢献できる
これはコマースへのソーシャルグラフ適用例だが,同様のことは「広告モデル」や「検索モデル」にもあてはめられる。個人属性や人間関係をベースに,よりパーソナライズされた「広告」や「検索」を提供できるという意味だ。
ソーシャルグラフの重要性が高まっている背景には,インターネットや携帯電話がもたらした情報大爆発がある。
- 我々は毎日,処理可能な情報量を遥かに上回る情報にさらされており,情報過多に悩まされつづけていること
- そのため,日々の生活の中で,信頼できる情報を短時間で発見するニーズが高まっていること
- 形式知をベースにした機械的なリコメンデーションは限界に近づいており,暗黙知に基づくヒューマン系のリコメンデーションニーズが高まっていること
- さらに商品のコモディティ化(均一化)により,購入意思決定におけるコンテキスト(商品購入におけるストーリー)がより大切になっていること
ある大手音楽系コマースのマーケッターいわく,専門バイヤーによる人的リコメンデーションは,機械的リコメンデーションに対して,最大5倍もの購買成果が上がったとのこと。実際に大手DVDレンタルNetflix社が開催したコンテストでは,成果ベースでリコメンド効果を10%引き上げるアルゴリズム開発のために賞金100万ドルを提供しており,機械的レコメンデーションの限界を感じさせる。
・ 賞金100万ドル。史上最大級のアルゴリズム・コンテスト「Netflix Prize」がついに決着
ソーシャルグラフによるリコメンドに求められるのは,「機械的リコメンド以上,専門家によるリコメンド未満の購買効果」だ。ただし専門家には限りがあるが,友人という資源には限りがないこと。機械と違って膨大な開発コストがかからない点が大いに魅力的なのだ。
■ ソーシャルグラフの価値
人間系データ(中間の意味のソーシャルグラフ)にはさまざまなタイプがある。例をあげてみよう。
- Gmail: リアルに交流している友人の名前とメールアドレス,交流度合い等を保持
- Twitter: 半匿名で,主としてバーチャルな緩い信頼同好関係を保持
- YahooJapan: Gmailと同様の情報を持つ他,モノやコンテンツの嗜好性や(実名を含む)購買履歴を保持
- mixi: リアルとバーチャルを含む半匿名の友人関係や同好関係を保持
- モバゲー/GREE: ゲームに特化したバーチャルな匿名の友人関係を保持
- LinkedIn: ビジネスに特化して,完全実名,専門性,信頼関係など高度な人間系情報を保持
- Facebook: 実名を基本とし,友人関係,同好関係を保持。さらに外部サイトやモノに関する行動履歴も保持しはじめている
この例を見れば,人間系データにも多様な種類があり,均質でないことがわかる。人間とはそう単純な生き物ではなく,さまざまなペルソナを持っているということだ。
これをビジネス視点で見ると,「信頼と同好の深度」がソーシャルグラフの価値を決定すると言えよう。
信頼関係で言えば,Twitter < mixi < Facebookだ。一般的に実名でリアルに近づくほど価値は高い。ただし逆にTwitterの凄みはソーシャルグラフの量的ボリュームだ。相手の承認が不要な片方向フォローという手法を編み出したため,一人あたりの人間関係数ではFacebookを大きく上回っている。これがTwitterの驚異的なクチコミバワーを生みだす結果となっているのだ。
また個別ビジネスで見ると,「同分野の同好関係」は「信頼関係」より重要になることが多い。例えばソーシャルゲームという限定分野においては,モバゲー/GREEのソーシャルグラフは実に強力だが,そのままコマースに転用できるかというと必ずしもそうとは言えないのだ。
例えば映画SNSのFlixsterでは,登録時に好きな映画に関してきめ細かいアンケートをすることで,自分との近似値計算で友人を7つのタイプに分類している。
- Soul Mates(ソウルメイト)
- Best Friends(大親友)
- Good Friends(親友)
- Friends(友人)
- Casual Buddies(軽い知り合い)
- Bad Match(悪い相性)
- Run away ,fast(すぐに逃げろ!)
このように,分野特化した「同好関係」は,その分野においては極めて強力なリコメンド・パワーを発揮することになる。そしてこのリコメンド・パワーと,それに伴う購入効果,集客効果(友人へのニュースフィードによるクチコミ伝播)こそがソーシャルグラフのビジネス価値を決定づける最も重要なファクターとなっている。
・ 「もうハズレの映画を見ないで済む」 5,000万人の映画ファンが集まる巨大 SNS“Flixster”
■ ソーシャルグラフ争奪ウォーズ
ソーシャルグラフは必ずしも自前で持つ必要はない。例えばFacebookはオープングラフ機能により,外部サイトのFacebookソーシャルグラフ利用を推奨している。またmixiは自ら保有するソーシャルグラフを外部サイトで利用できる新プラットフォームを8月に発表する方針だ。
なぜ,メガSNSは自らのソーシャルグラフを開放するのだろうか?これは先行するFacebookを例に取るとわかりやすい。
ポイントはFacebookのオープングラフを外部サイトで利用するためには,Facebookアプリとして登録する必要があるということ。これによりそのサイトはFacebookのアプリ利用規約に従う義務が出てくるわけだ。これはニュースサイトやコマースサイトとて例外ではない。また取得したソーシャルグラフを保存することは規約によって禁じられている。
【ループス岡村直人による関連考察記事】
・ Facebookが提供するソーシャルグラフが、未来のECサイトをどう変えるのか
・ Facebookアプリの個人情報利用規約
ZyngaとFacebookの争いとその後の和解は,近い将来,Facebookがソーシャルアプリ・デベロッパーに対して,課金システムとしてFacebook Credits(30%と課金比率が高額)を強制する可能性が高いことを示している。
そしてこれはFacebookソーシャルグラフを外部から利用する(Facebookアプリ登録をする)すべてのサイトにとって他人事ではない。仮にFacebookソーシャルグラフが世界標準になった場合,Facebookソーシャルグラフを利用するウェブサイトでの売買行為に利用料を課す(例えば料率を変動させたFacebook Creditsの進化形など)可能性があるということだ。
広告や検索も同様だ。より効率的な広告や検索を志すサービスは,Facebookソーシャルグラフを利用さぜるを得なくなる可能性が高い。その場合,広告事業者や検索事業者は,多額のライセンスフィー(例えばツイッターがGoogle/Yahoo/MSから徴収しているように)を上納せざるを得なくなるだろう。
つまりコマース,広告,検索というネット上の3大ビジネスの心臓部(ソーシャルグラフ)を独占すること。これがFacebookが狙う次世代覇権像だ。
日本におけるソーシャルグラフの争奪戦も,mixiの新プラットフォームでいよいよ本格化するだろう。現時点でのリードプレイヤーはmixi,Facebook,Twitter,ヤフーDeNA連合軍の4社だが,潜在的にソーシャルグラフを保有しているNTTグループやKDDI,ソフトバンクなどの通信事業者,楽天やAmazon,Amebaなどの参戦も予想され,今後の覇権を巡る激しい戦いが巻き起こるだろう。
■ 追記
2011年5月に、この記事の続編として、下記の記事をリリースしました。最新情報を含めていますので、ソーシャルグラフにご興味ある方は、こちらもご覧いただければ幸いです。
ソーシャルグラフの進化と新興サービスがとるべき戦略 (5/19)
記事裏話やイベント、講演スライドDL、バイラルムービー集など、Facebookファンページは こちら
【国内外SNS関連】
・ 【2010年5月最新版】直近決算発表に基づくmixi,GREE,モバゲーの業績比較 (5/19)
・ Yahooとモバゲーの強者連合,そのインパクトと背景にある競争戦略を読む(4/30)
・ Facebook ビジネスモデルを徹底分析 ~ mixi,モバゲー,GREEと比較 (1/31)
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