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【書評】競争力の源泉としてのリモートワーク――『強いチームはオフィスを捨てる』

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平成25年版の厚生労働白書によれば、次の東京オリンピックが開催される2020年頃、日本の労働力人口(15~64歳)は5728万人になると予測されています。2010年の同人口が6047万人だったそうですから、10年間で約320万人、対2010年比で5%以上も減少することになります。トヨタ自動車の従業員数が、連結子会社も含めると約32万5000人(平成24年度の時点で)だそうですから、実にトヨタグループ10個分の労働力が失われることになるわけですね。

労働力は経済力に直結しますから、政府もこの事態を黙って見ているわけではありません。例えばご存知の通り、安倍政権は通称「ウーマノミクス」と呼ばれる女性の労働参加促進策を打ち出し、社会の中で休眠状態に置かれている女性の労働力を活用しようとしています。他にも高齢者や外国人、国外にいる邦人や外国人など、労働力という資源を様々な場所から「発掘」できる可能性があるでしょう。

とはいえ電力などの天然資源と違い、労働力を簡単に移動したり、都合良く「加工」したりはできません。ブラジルで良い人物を見つけたからといって、明日から東京のオフィスに通勤してもらうというのは不可能です。あるいは子育て中の親・親を介護中の子供といった立場にある人を、朝9時から午後5時までという固定的な勤務時間に縛り付けることは難しいでしょう。しかし最近のICT技術や機器を活用すれば、オフィスの外からでも仕事に参加してもらうことができ、眠っていた人々の力を引き出すことができる――それが本書『強いチームはオフィスを捨てる: 37シグナルズが考える「働き方革命」』の掲げる「リモートワーク」という働き方であり、本書はリモートワークの必要性とメリット、そしてそれを成功させるための秘訣までが網羅された一冊です。

強いチームはオフィスを捨てる: 37シグナルズが考える「働き方革命」 強いチームはオフィスを捨てる: 37シグナルズが考える「働き方革命」
ジェイソン・フリード デイヴィッド・ハイネマイヤー・ハンソン 高橋 璃子

早川書房 2014-01-24
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著者は37シグナルズの経営者であるジェイソン・フリードと、デイヴィッド・ハイネマイヤー・ハンソン。37シグナルズをご存知の方も多いと思いますが、ウェブベースのコラボレーションツールであるBasecamp、Campfireといった人気サービスを開発している企業ですね。以前『小さなチーム、大きな仕事: 37シグナルズ成功の法則』という本をご紹介したことがありましたが、同書のコンビが新たに発表したのが『強いチームはオフィスを捨てる』です。原著"Remote: Office Not Required"は昨年10月に発表され、既に米国等で大きな話題となっています。

さて、リモートワークと言えば聞こえは良いかもしれませんが、要は在宅勤務。昔から何度も話題になりながら、結局は主流になり得なかった概念ではないか、と言われてしまうかもしれません。確かにこれまでリモートワークは、様々な形で実現されつつも、あくまで例外的な働き方として位置づけられてきました。また最近では米ヤフーのCEOに就任したマリッサ・メイヤー氏が、同社の経営改革のひとつとして在宅勤務を禁止する方針を打ち出すなど、「やはり仕事は一箇所に集まってしなきゃ」という風潮も強くなっています。在宅勤務のようなフレキシブルな働き方は、通常の働き方が難しい人々に対する「福利厚生」的な措置としてしか実現できないのでしょうか。

そんなことはない、リモートワークに対する批判は誤解に基づくものがほとんどだ、と著者の2人は反論します。実際に37シグナルズでは10年前からリモートワークを導入しており、コペンハーゲンやシカゴなど、世界各地から36人のメンバーが参加する形で業務を進めているとのこと。また従業員が1万人を超えるような大企業でも、何らかの形でリモートワークの導入が進みつつあることが紹介されます。こうした経験や事例に基づき、なぜいまリモートワークなのか、何が障壁になっているのかを明らかにしていきます。

ではリモートワークに対する最大の障壁は何か。個人的には、「既存の仕組み」であると本書を読んで感じました。朝起きて通勤電車に乗り、1時間離れた場所で夜まで仕事、一杯飲んで帰る――という仕事スタイル(あるいは生活スタイル)は、いまのようなICT技術が存在しなかった何十年も前に確立されたものです。現在の技術があればリモートワークは十分に実現できる、という著者らの主張はある程度正しいのでしょう。しかしいったん根付いてしまった生活習慣や制度、社会の仕組みやインフラ、あるいは社内文化や慣習などは、急速に進化する技術に合わせて柔軟に変えていくことはできません。それこそが乗り越えるべき壁であると本書は指摘し、そのための方法(ビッグバン型で一気に変えようとするのではなく、少しずつ導入して社内の意識を変えていくなど)を考えています。

現代の航空機が機体のみで飛ぶのではなく、実際には地上の管制なども含めた「航空システム」として空の旅を実現しているように、リモートワークに関連する技術も社会全体を視野に入れて考えなければならないのでしょう。スカイプとウェブカムを導入するだけで、明日から社内でテレビ会議が回り出すということはありません。社内文化や人事制度といった周辺環境を整えて、初めてリモートワークの成功がもたらされるのだという考えてみれば当たり前の点を、本書は明確にしてくれます。

とはいうものの、やはりリモートワークは限られた職種だけのもの。主流になることはありえない、という意見もあるでしょう。確かに本書が主に想定しているのは、米国におけるクリエイティブ系の仕事であり、日本の状況には若干合わないかなと感じさせる部分もあります。しかし冒頭で述べたように、これから日本を含めた先進国では、人口が徐々に減るという時代を迎えます。過去の社会状況に最適化された仕事の仕組みでは、十分な労働力を集めることができなくなってしまうのであれば、新たな仕組みへと作り替えようという動きも出てくるに違いありません。リモートワークはその選択肢の一つになるのではないでしょうか。

またリモートワークによって新たなメリットも生まれる、と本書は主張します。例えばダイバーシティ。これからますます経済がグローバル化する中で、特定のユーザーしか考えていない商品しかつくれないというのは大きなハンデになります。しかしリモートワークによって、これまでの職場ではマイノリティの立場にあった人々や、あるいは海外に住んでいる人々がチームに参加しているような職場がつくれれば、より幅広いアイデアを生み出すことができるに違いありません。またリモートワークは働いている「人」が目の前にいないだけに、逆に仕事の「成果」が注目されるようになり、むしろ仕事の質が上がる可能性があるといった指摘もあります。確かに「がんばって残業している姿」ではなく、「共有フォルダにアップロードされるファイルの内容」だけで評価が行われるのであれば、より結果を出すことに意識が向けられるでしょう(従ってサボることよりも燃え尽きるリスクの方が本当の問題だ、というのが著者らの意見です)。

そうなると、労働力確保のためにやむを得ずという考え方から、遠隔地にいるスーパースターを社員として確保するため、あるいは仕事の質を上げるためといったポジティブな発想によって、リモートワークが推進されるようになるかもしれません。福利厚生のためのリモートワークから、競争力の源泉としてのリモートワークへ――そんな可能性を感じさせる一冊でした。ただそうなると、より日本の国内にある優秀な人材が、(今度は日本にいながらにして)海外の企業のために活用される……という嬉しくない事態も進んでしまうかもしれませんが。

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