【書評】『Think Simple―アップルを生みだす熱狂的哲学』
NHK出版さまより、新刊の『Think Simple―アップルを生みだす熱狂的哲学』を頂戴しました。ありがとうございます。というわけで、いつものように簡単にご紹介と感想を。
Think Simple―アップルを生みだす熱狂的哲学 ケン・シーガル 林 信行 NHK出版 2012-05-23 売り上げランキング : 8824 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
副題に「アップルを生み出す熱狂的哲学」とあるように、本書はアップルをお手本にビジネスのヒントを学ぼうという一冊です。と書くと最近雨後の竹の子のように出版された「ジョブズ本」「アップル本」のn番煎じのように聞こえるかもしれませんが、著者のケン・シーガル氏は広告会社で長年にわたって故スティーブ・ジョブズ氏と共に働き、あの「Think Different」キャンペーンの企画にも携わった人物。またインテルやデルとも仕事をした経験があり、アップルのユニークさについて他の大企業との比較を交えながら説明してくれます。様々な商品やキャンペーンがどのように生まれてきたのか、当事者の視点からの解説を読めるというだけでも貴重な一冊でしょう。
シーガル氏の主張を一言で言い表しているのが、タイトルにもなっている「Think Simple」(シンプルに考えよ)という言葉。シンプルに考えよう、あるいは常識的に考えようというアドバイスが、様々な形で繰り返し登場します。そして「シンプル」がいかにアップルの、あるいはジョブズ氏の行動を規定する教義となっていて、そこからどれだけの価値が生み出されたのかが解説されるのですが、それだけであれば本書は「よくあるアップル本」の一冊で終わっていたことでしょう。
「シンプルに考える」という行動指針は文字通りシンプルで、その効果を疑う余地はありません。実際に本書でも、多くの企業がアップルの行動を真似て、同じような成功を収めたいと考えていることが述べられています。しかしそれを組織の内部に持ち込もうとしたとき、様々な拒否反応が起こり、「シンプルに考えさせない」無数の要因が浮上してくることについても本書は指摘してくれます。その罠にスティーブ・ジョブズ氏すらも囚われる場合があったことも。
そんな罠をアップルやジョブズ氏はどうやって乗り越えてきたのか。彼らの活動をごく近くで目にし、また別の企業も見てきたシーガル氏だからこそ書ける話が、本書には数多く盛り込まれています。もちろん彼らの行動がベストアンサーとは限らないですし、本書がカバーしきれていない状況も存在することでしょう。しかし「シンプルに考える」という哲学を、仮に一時期だけでも実現し成功できた組織の話が聞けるというのは、私たち自身が同じ哲学を実現する上で多くのヒントを与えてくれるのではないでしょうか。その意味で、本書はまったく新しい経営理論や戦略を明らかにする本というよりも、簡単に思えるアドバイスから、実際に結果を出すことまでをサポートしてくれる実践書であると感じました。
余談ですが、本書は所々で「Think Different」キャンペーンを行った際のシーガル氏の思い出(?)が言及されていて興味深いです。スティーブ・ジョブズ氏のナレーションがどうやって収録されたのか、彼のナレーションがなぜ採用されなかったのか、そのあたりの話についてはぜひ本書をお読み下さい。
【○年前の今日の記事】
■ 安全を人任せにしない、ということ (2009年5月20日)
■ 「若者が辞めていくのは、自己実現できないから」はどこまで本当なの? (2008年5月20日)
■ たまには、ゆっくり歩こう (2007年5月20日)