【書評】The Internet of Elsewhere – The Emergent Effects of a Wired World
米国で行われる拡張現実のイベント"ARE2011"に参加するため、サンノゼまでやってきました。移動時間用にと思って持ってきた"The Internet of Elsewhere: The Emergent Effects of a Wired World"が予想以上に面白く、一気に読んでしまったので少しご紹介を。
本書のタイトルを直訳すれば、「どこか別の場所にあるインターネット」ということになるでしょうか。何とも変わったタイトルですが、内容を読めば本書に最適なものであることが分かるでしょう。実は本書が取り上げているのは、韓国・セネガル・エストニア・イランという、あまり馴染みのない国々(日本人の読者からすれば韓国は例外かもしれませんが)におけるインターネット事情。それを通じて、インターネットというものがいかに国々よって異なる発展を見せているかが描かれます。
例えばエストニア。どこにあるのか場所すら分からないという人(含む自分)が多いと思いますが、ちょうどフィンランドの真下に位置し、東側でロシア共和国と国境を接しています。1918年に独立を宣言したものの、第2次世界大戦中ドイツに占領され、その後ソビエト連邦に併合、1991年に再独立を果たすという歴史を辿った国です。首都はタリンというのですが、最近話題のスカイプが生まれた町と言われれば親近感が増すのではないでしょうか。
実はこのエストニア、スカイプ発祥の地ということからも分かるように、小さいながらも技術力を持つ国で、ネットについては有線接続だけでなく無線LAN環境も非常に普及しています。銀行関連のトランザクションのうち97パーセントがオンラインで実行されており、税金もオンライン支払いが可能。デジタルのIDカードが全国民に配布され、電子投票が実現されているばかりか、閣議もオンラインで実行されている等々、とても20年前にソ連から独立した国とは思えません。もちろんこれには国を挙げた取り組みが行われたという背景があるのですが、それでは技術さえ持ち込めばエストニア型の発展を世界中どこででも起こすことが可能なのでしょうか?
この問いには様々な答えが可能だと思いますが、「いや、話はそんなに簡単ではない」というのが本書の主張。単に技術面からインターネットの普及過程を追うだけではなく、各国が「インターネットが入ってくる以前に」歩んできた歴史や、様々な社会的要因、そしてキーパーソンの行動も取り上げ、インターネットがもたらすものは国によって大きく異なるのだということを描いています。インターネットという種を蒔いたとき、そこから何が育つのかは種の中身だけではなく、それが蒔かれた土壌にも左右されるということ。そしてより良い結果を収穫するためには、技術以外の側面に目を向ける必要があるということ。本書は4つの国々の物語を通じて、この意外に忘れられがちな2つのポイントを強く認識させてくれます。
例えば今年初め(もうずっと昔のことのように思えますが)、北アフリカ・中東諸国で独裁政権に対する反対運動が起きたとき、ネットの力が大きく貢献したという議論がありました。もちろんこれらの運動で様々なウェブサービスが活用されたことは事実なのですが、それでは単にネットさえあれば独裁政権を崩壊に追い込めるのかと言えば、当然ながら話はそう簡単ではありません。しかし残念ながら(自分にもその傾向があることは否めませんが)、ことネットの話になると、ある一国で上手く行った事例を取り上げて「これが世界中のあらゆる国々に波及するだろう」といった思考法に陥りがちです。しかし本書が指摘してくれるポイントを心に留めておくことで、そういった成功はネットだけがもたらしたものではなく、そもそもネットの活用を可能にした要因、またそれを補完した(あるいはネットの方が補完した)要因にも目を向けることの重要性を思い出すことができるのではないでしょうか。
ともあれ、個人的にはお隣り韓国の事例でも「そんな背景があったのか」と驚くような内容があり、読み物としても非常に興味深い内容でした(単に自分が勉強不足なだけという話もありますが)。英語もクセのない文章で読みやすく感じましたので、ご興味のある方は是非。
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