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素晴らしき哉、スマートグリッド!

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先日も取り上げたように、いま注目の分野といえば何といっても「環境」でしょう。カーボンフットプリントや再生可能エネルギー、HV/PEHVなど様々なコンセプトが登場していますが、中でも最大のキーワードの1つが「スマートグリッド」です。既にご存知の方も多いと思いますが、初耳だよという方のために、解説を引用しておきましょう:

スマートグリッド (「今」を読み解くキーワード:日立総合計画研究所)

スマートグリッドは、IT・制御技術を強化することにより、電力需要と電力供給をリアルタイムに一致させる先進的な電力網(電力系統(grid))を指します。具体的には、消費者の電力使用量と電力会社の発電量を監視し、消費者と供給者との間でリアルタイムに双方向通信を行うことにより、電力会社が電力需要量に見合った電力を効率的に供給できるようにします。一方、消費者側も電力需要の削減や電力料金の低下などのメリットを受けることができます。現在の電力網は、大規模発電所で発電した電力を消費者に対して送るという一方向の流れですが、スマートグリッドの実現により消費者側からの需要情報が発電量に影響を与えることになり、現在の電力網は大幅に変革されることになります。また、このところ注目を浴びているプラグインハイブリッド車や電気自動車は電力網から充電を行うため、これからの電力網にとっての大きな負荷変動要因となります。このため米国では、地球温暖化対策の一環としてスマートグリッド構築が一つの大きな課題と位置づけられています。

ちょっと長い引用になってしまいましたが、要は送電網に通信網を組み合わせ、現在は難しい高度な管理を行えるようにしようという発想です。それによって電力供給の効率化(=CO2削減)・再生可能エネルギーの活用・電気自動車/プラグインハイブリッド車への対応といった様々なメリットが実現されるわけですね。もちろん消費者にとっても、電力消費の「見える化」による省エネ行動の実現、電気料金の削減といった価値が生まれることが期待されています。

このスマートグリッド構想、オバマ大統領のいわゆる「グリーン・ニューディール政策」で取り上げられたことにより、一躍世間からの注目を浴びることとなりました。既に米国では各地で実証実験が行われていて、実用一歩手前という段階まで来ています。また電力会社はもとより、GEやシスコなどのハードメーカー、Google などのIT企業、アクセンチュアなどのコンサルティング会社も積極的に参加してきており、経済効果という点でも期待が集まっている――というより、むしろこちらの方が本筋と捉える方が多いかもしれません。

そんな素晴らしいコンセプト、ぜひ我が国でも推進しようではないか――そう考えるのは当然で、実際日本においても、官民一体となったスマートグリッド研究が始まっています(ちなみに日立製作所も2010年の実証実験に参加する予定)。しかしその一方で、実は「日本にはスマートグリッドは必要ない」という意見が出ていることをご存知でしょうか:

「日本にスマートグリッドは不要」と言われる理由 (日経エレクトロニクス雑誌ブログ)

「日本にスマートグリッドは不要」と言われる理由の一つは,日本の電力網が,既に高度な通信機能を備えており,補修や機能増強なども継続的に行なわれてきたという点にあります。米国の電力網では,センサやネットワーク制御機能などが未整備な部分が多く,それが停電などの障害時における復旧時間を長くさせる要因になっています。 この点が,日本と米国では大きく異なっているという指摘です。「日本は,とっくにスマートグリッド。何を今さら言っているのかと思う」(国内のある電力事業関係者)という声も聞かれます。

「スマート・グリッド」って凄そう!? (連載コラム エコ 環境問題【環境戦略の新時代】)

電力ネットワークは瞬時瞬時の需給の一致が要求される精密なものであるが、反面十分な余裕、適切な電源バランス、日本に既に行なわれているIT装備があれば、相当量までショック(雷や台風)や質の悪い電源(太陽光など)を吸収することが可能だ。つまり、強いネットワークがあれば家庭内で電気の自給自足を目指したり、電池に溜め込んだりすることは必ずしも効率的ではないのである。 

残念ながら米国は、広い国土を貧弱なネットワークでつなぎながら電気事業が発展してきたので、日本のような質の高い送電ネットワークを持っていない。また欧州は、今でも電気の検針が年1?2回、という日本とは比較にならないお粗末な計量制度の国が少なくない。にわかに欧米で起きているスマート・グリッドのブームは、そうした各国事情を目ざとく見つけたIT系メーカーとコンサルティング会社がうまく市場を作りつつある、というのが実情ではないだろうか。

つまり日本では既に送電網の強化や「スマート化」が進められており、いまさら「スマートグリッド」などと言い出しているのは米国が遅れているからである、と。もちろん何の進化も必要ないと言っているのではなく、電力中央研究所などといった諸研究機関で次世代グリッド技術が研究されており、米国の概念を輸入するまでもないという考えもあるのでしょう。 

一方の「米国版」スマートグリッドですが、実は期待されているようなレベルに達するには時間がかかりそう……という指摘も出ています: 

Why the Smart Grid Won’t Have the Innovations of the Internet Any Time Soon (earth2tech) 

「リアルタイムで電力消費が把握されるというけれど、現時点で検討されているのは15分~1時間間隔でのデータ取得であり、電力会社はコストとの兼ね合いからリアルタイムに近づけることには及び腰」「需要に応じて電気料金を上下させるという仕組みもまだ構想の段階」など、スマートグリッドのキモとでもいうべき要素が宣伝されている程度ではない、と解説されています。そもそも「スマートグリッド」という概念自体にまだ曖昧なところがあり、人々が様々な期待を膨らませ過ぎているというのも事実でしょう(あえてそうさせているという側面もあると思いますが)。「曖昧で期待感を抱かせる」という点で、かつての WEB2.0 に似たところがあるかもしれません。 

それでは、スマートグリッドをただのバズワードとして片付けてしまって良いのか――個人的にはそうは思いません。逆説的かもしれませんが、スマートグリッドはバズワードであるからこそ、価値のある概念なのではないでしょうか。仮にオバマ大統領が「アメリカの古い送電網を一新します」と言っていたら、これほど人々の注目を集めることもなく、電力とITが一致団結して新しい市場を生み出すという流れが生まれるのは難しかったでしょう。日本から見ればいまさら感のある話であっても、大きなモメンタムを生み出すことに成功しているのは事実。中身の良し悪しは別にして、人々が楽しく「踊れる」コンセプトとして成立しているという点を無視することはできないのではないでしょうか。 

課題とすべきは、皆が乗っかれるコンセプトの中で、どうやって利益を確保するか。単に踊らされているだけではダメですし、逆に踊りの輪から身を引いてしまっては何も手にすることはできません。新しく生まれるエコシステムの中で、カギを握るのはどの部分なのか――電力分野のインテル、マクロソフトを日本から生み出すためにも、戦略的な行動が必要だと思います。 

おしまいに、『グリーン・ニューディール―環境投資は世界経済を救えるか』で紹介されている、こんなエピソードを引用しておきましょう:

これには、お手本がある。半導体での“巻き返し”だ。日本の半導体が世界を席巻していた1980年代、アメリカは国を挙げた共同開発に乗り出した。さらに、日本に対し、アメリカ製の半導体の購入を義務付ける協定を締結。その後、半導体の生産でアメリカが日本を逆転したことは、アメリカの底力を思い知らされる鮮烈な出来事だった。

また、1990年代には、クリントン政権時代のゴア副大統領が、“情報スーパーハイウェイ”構想を打ち出した。このときも、所詮、日本が先んじていた情報ハイウェイ構想の焼き直しに過ぎないと、悠長に構えている日本人が多いなかで、あっという間に時代はIT革命へと突き進んだ。

ちなみに日米のスマートグリッドに対する取り組みについては、以下の本で簡潔にまとめられていますので、ご興味のある方は手に取ってみて下さい: 

【○年前の今日の記事】

フォト・リテラシーの必要性 (2008年6月10日)

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