「解りやすく教える」ことと「学ぶ気持ち」
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ずっと以前に同じことを書いた記憶がありますが、大学時代のゼミの先生の言葉で印象に残っているものとして「どんなに高度な内容でも、子供にも解るように説明することはできる」というお話が記憶に残っています。実は、民法の中でも理論法学に近い「不法行為」のゼミで、その中でもはたまた理論的な「故意・過失と違法性」を2年かけて学習していましたが、先生のお話は、難解な理論を具体例などを使いながらとても解りやすく教えていただきました。
そのお話の続きとして、言葉や漢字の問題さえ取り払えば「小学生でも司法試験に合格することもできる」というお話をされていました。内容としては比喩的であり、多少誇張した表現ではありますが、お話されていた内容は「学ぶ意思さえあれば、わかりやすく教えることで、理解できないことは無い」ということが本来伝えたかった内容だと思います。
学ぶ側から、社会経験を経て、ビジネスの世界で教えることが多くなって、「解りやすく簡単に説明できているか」と自問自答すると、まだまだ行き届かないことのほうが多いと思います。その一方で、どんなに教えても「学ぶ気持ちがない」場合には、努力も無意味になるということも痛感しています。
「学ぶ気持ち」は「答えを教えてもらう」という考えでなく、教えられたことを吸収し、自分なりに理解し、習得するということだと考えますが、「楽をしよう」という気持ちで臨んでいるときには、どんなに懇切丁寧に教えられても理解されないことが多いと感じます。
「わかりやすく教える」側の問題も残りますが、「学ぶ気持ち」と一緒になって、初めて両者の成長が達成されるのだと、最近改めて感じています。
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