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社会人生活の始まりはアイドル雑誌『Momoco』編集部

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ネットで以下の記事を読んで、昔のことを思い出しました。

菊池桃子がデビューしたのは『Momoco』(学研)というアイドル雑誌だったのだが、その誌上には「モモコクラブ」というアイドル予備軍のオーディションコーナーがあった。工藤静香・鈴木保奈美・森口博子・酒井法子など、その後のビッグネームが多数登場したことでも知られているが、中でも西村知美と畠田理恵の2名はそれぞれ第1回、第2回の「ミス・モモコクラブ・グランプリ」に選ばれている。いわば、「ポスト菊池桃子」として公式認定されていたようなものだったのだ。
「菊池桃子の離婚は『モモコクラブ』連鎖離婚の呼び水になるか?」より

私は1985年に大学を卒業して出版社に入りましたが、約1か月の研修後に配属されたのが『Momoco』編集部でした。当時は数十万部売れていた勢いのある雑誌で、雑誌にとどまらず「ミス・モモコクラブ・グランプリ」のイベントを開催したり、雑誌のコーナー「パンツの穴」「童貞物語」が映画になったり、テレビでも「モモコクラブ」の番組を始めたりなど、いろいろな展開をしていたので、仕事はたいへんでしたがとても面白く、いい経験をさせてもらいました。

私は今でも一つのことに集中するよりも、いろいろなことに手を出す傾向がありますが、よく考えてみると、当時のことが仕事のやり方の原点になっているのかもしれません。

最近、当時の仕事仲間の方々をFacebookで見つけてつながることが増えてきました。まだリアルで再会した人は少ないですが、また久しぶりに会っていろいろ話をしてみたいと思ってます。それで、社会人になりたてのころの初心を取り戻して、当時の熱気やパワーみたいなものを自分の心の中に甦らせることができたらいいですね。

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