リスキリング支援を「行っていない」企業は6割 ― 業績が良い企業ほど、人に投資している
▫️はじめに
『日本の人事部』が、「人事白書2026」の調査結果の一つとして、従業員のリスキリングに対する支援の状況を公表しました。
生成AIやAIエージェントの導入が進み、仕事の中身も、求められるスキルも変わりつつあります。その変化に対応するために、企業は従業員の学びをどこまで支えているのか。結果は、決して楽観できるものではありませんでした。
本稿では、調査結果を整理したうえで、厚生労働省の労働経済白書などのデータも参照しながら、人事の視点から私の考えを述べます。事実の整理と私の考えは、分けて書きます。
▫️調査の概要
・調査主体:『日本の人事部』(株式会社HRビジョン)「日本の人事部 人事白書2026」
・対象:『日本の人事部』の正会員
・期間:2026年3月3日〜3月31日
・方法:Webサイトでの回答
・回答:5,103社、のべ5,274人
・質問数:165問(人事部門の実態、戦略人事、採用、育成、制度・評価・賃金、働きやすさ・働きがい、組織文化・風土、注目の人事課題)
▫️結果1:支援を行っていない企業は6割
「従業員のリスキリングに対する支援を行っていますか」という問いへの回答は、次のとおりでした。
・積極的に行っている:7.6%
・どちらかといえば行っている:32.3%
・どちらかといえば行っていない:35.3%
・全く行っていない:24.9%
支援を行っている企業は39.9%、行っていない企業は60.2%です。「積極的に行っている」企業は、1割にも届いていません。
▫️結果2:業績によって、20ポイントの差
市況と比べた業績別に見ると、支援を「積極的に行っている」と「どちらかといえば行っている」の合計は、次のように分かれました。
・業績が市況より良い企業:47.9%
・業績が市況より悪い企業:27.9%
業績が市況より悪い企業では、支援を行っている割合が3割に届いていません。
▫️私の考え1:投資と業績は、循環している
ここからは、調査そのものではなく、私の考えです。
この20ポイントの差は、二通りに読めます。「業績が良いから、人に投資する余裕がある」という読み方と、「人に投資しているから、業績が良い」という読み方です。この調査だけでは、どちらが先かは分かりません。
ただ、私は、両方が回っていると考えています。人への投資が、変化に対応する力と成果を生み、成果がまた次の投資の余力を生む。逆に、業績が厳しい企業ほど、人への投資を真っ先に削り、変化に対応する力を失い、さらに業績が厳しくなる。
これまでなら、この差はゆっくりと広がるものでした。けれど、AIによって仕事の中身が数年単位で変わる時代には、この循環の差が、短期間で大きな差になっていくのではないでしょうか。
▫️私の考え2:国全体でも、人への投資は細っている
この問題は、個々の企業だけのものではありません。
厚生労働省の「令和8年版 労働経済の分析」(労働経済白書)は、次のようなデータを示しています。
・日本の人的資本投資は、1995年を100とすると、2021年には58.3に減少。同じ期間に、経常利益は319.5、利益剰余金は346.7に増加
・25〜65歳の学び直しの割合は、日本0.6%、米国3.5%、英国4.3%
・日本で学び直しをしない最大の理由は、「仕事や家族の都合で時間がない」(59.8%)
・AIを使う人のうち、企業からAI関連の訓練を受けた人の割合は、金融・保険業で日本26.9%、米国60.5%
・企業と労働者の両方が学ぶ環境では、そうでない場合より、「仕事のパフォーマンスが改善した」と答える人が37.0ポイント高い(OECDのデータ)
企業の利益は大きく増えた一方で、人への投資は減ってきた。そして、働く人は学ぶ時間を持てていない。今回の人事白書の「6割が支援していない」という結果は、この大きな流れの延長線上にあるように見えます。
白書は、IT導入期(1995〜2004年)を振り返り、同じIT投資でも、人的資本投資の多い国のほうが高い成長を実現していた可能性も示しています(因果関係までは特定できないと注記されています)。AIで、同じことを繰り返してはならないと思います。
▫️私の考え3:学びを、個人の努力に任せない
リスキリングは、とかく個人の意欲の問題として語られがちです。けれど、学び直しをしない最大の理由が「時間がない」であるなら、問われているのは、個人の意欲より、組織の設計です。
私は、企業が取り組むべきことを、次の3つに整理しています。
1. 学ぶ時間を、業務として確保する
目標は据え置いたまま、学びは「空いた時間で」。これでは、真面目な人ほど目の前の仕事を優先します。学習や実験の時間を、業務時間として明確に確保することが出発点です。
2. 学びと、役割や処遇をつなぐ
何を学べば、どんな役割に就けるのか。どう処遇に反映されるのか。それが見えなければ、学びは続きません。労働経済白書でも、リ・スキリングが昇進・昇格・昇給に効果があったと答えた人は、2割前後にとどまっていました。
3. 業績が厳しいときこそ、投資を止めない
業績が悪いときに真っ先に削られるのが、教育や研修の予算です。けれど、変化の時代に投資を止めることは、次の成長の芽を摘むことでもあります。少額でも、対象を絞ってでも、投資を続ける判断が問われます。
▫️留意点
・回答者は『日本の人事部』の正会員で、人事に関心の高い企業や担当者が多い可能性があります。
・業績は、市況と比べた回答者の自己評価です。また、支援と業績の関係は相関であり、因果関係を示すものではありません。
・「リスキリング支援」の内容や規模は、企業によって大きく異なると考えられます。
・記事で確認できたのは、全体と業績別の結果までです。企業規模別などの内訳は、本稿では扱っていません。
▫️自社で点検したい問い
1. 自社のリスキリング支援は、「積極的に行っている」と言える水準か。
2. 従業員は、業務時間内に学ぶ時間を持てているか。
3. 何を学べば、どんな役割や処遇につながるのかを示しているか。
4. 業績が厳しいとき、人への投資をどう判断しているか。
5. AIの導入計画と、人のスキルの変化を、セットで考えているか。
▫️おわりに
リスキリング支援を行っている企業は、4割にとどまります。そして、業績の良い企業と悪い企業の間には、20ポイントの差があります。
リスキリング支援は、福利厚生ではなく、経営の投資です。AI活用の本質が人と組織の変革にあるのと同じく、変化に強い組織をつくる土台もまた、人への投資にあると考えています。
▫️出典
『日本の人事部』「従業員のリスキリングに対する支援の状況【人事白書2026 調査結果】」(2026年10月29日)
厚生労働省「『令和8年版 労働経済の分析』を公表します」(2026年9月29日)
厚生労働省「令和8年版 労働経済の分析」本文