目指せ! お一人様、常連への道(1)
GW明けにオープンしたその店には以前から興味があった。たまに覗くと、複数人で楽しそうにランチ、あるいは、ディナー。
うーん、一人で入るには抵抗があるかな?とはいえ、自宅近所。一人で入るしかないわけで。いつかきっとここでご飯食べよう、と心に決めていた。
その日がやってきた。
1泊2日の大阪出張から戻ってきた昨夜、時は18時。うん、ディナータイムにちょうどいい。自宅に戻っても冷蔵庫には何もない。
こういう日こそ「お一人様ディナー」にふさわしいではないか。
よし!と決意し、駅から普段と逆側の出口に出て、お店に一直線。今宵こそ、あの店で一人ディナーをするのだ!
路面店。ドアの前に立つと、スタッフ3人が談笑中。客ゼロ。むむ、一瞬ひるんだが、そのうち増えてくるだろう、一番乗りでもいいや、と決意した。
カウンター席があるのに、ガラガラだったため、2人席に通される。厨房が見える側に座る(逆側に座ると道路を見ることになる)。
メニューを受け取り、スパークリングワインと前菜とパスタを注文。
前菜が出てくるまで数分待つ。
客は私一人。スタッフ3人(シェフとシェフのサポートと給仕する女性と)
シェフが前菜のフリットを揚げる音だけが店内に響く。全員が無言である。さっきまで談笑していたのに、無言過ぎて怖いくらいに無言。
私も手持ち無沙汰なので、本でも読もうか、と思ったが、間もなく料理も出てくるであろう。じっと待つ。
どこ見て待っていたらいいかわからないので、当然、厨房のシェフのほうを向いて待つ。
その脇には、他の2人のスタッフも黙って立っている。
く、く、空気が固い。
困った。
まもなく、前菜のフリットが出された。スパークリングワインとともにそれをいただく。
それでもスタッフは話さない。
どうせなら話しかけてくれないか?
「お近くにお住まいですか?」とか
「初めてですか?」とか。
あるいは、
「大きなバッグお持ちですが、どこかからのお帰りで?」などと。
こちらは、こういう質問にすべて回答を用意してきている。
「ええ、近所で、GW明けにオープンしたときからずっと気になっていたんです」とか
「出張帰りで家に帰っても食べるものがないので、今日こそチャンスだと思って来てみました」とか。
答えは事前にシミュレーションしているのに、まったく話しかけてくれない。
ただただ黙っている。
パスタの準備は、どのタイミングでするのだろう?気になり始めた。
私の食べているのを観察して、「そろそろパスタへ」とアイコンタクトで指令するに違いない。
ってことは、あまりのんびりしてても悪いし。 早く食べるか。いや、急ぐこともあるまい。なんだか緊張する食事だ。
お店は、とにかくしーんとしている。客は増えない。
前菜が終わり、パスタが出てきた。 手持ち無沙汰なんてもんじゃない、会話がない。
さらに緊張してくる。
ワインをおかわりした。妙に酔いそうだったので、水ももらった。
パスタをいただく。美味しい。美味しいのだが、とにかくアルデンテ。噛みごたえがある。
店は静かだ。客はいない。スタッフは3人、ただじっと立っている。だまって。
「私を無視して、会話してていいよ、気にしないから」とも思うが、客がいるのに、談笑するわけにもいかないのだろう。
20席くらいある店の中で、私ただ一人がアルデンテをかみしめている。もぐもぐ。もぐもぐ。
いつまでもいつまでも口の中にある。
スタッフ3人がただじっと立っている。全員が視界に入る。私はアルデンテもぐもぐ。
18時半を過ぎている。そろそろ客が増えてもいいんじゃないか?
もぐもぐ。もぐもぐ。
どうにかパスタも食べ終わった。ワインも飲み終わった。
これですぐ出ていくのも何だな。
昼の定食屋じゃないんだから、と自問自答する。
一人で食事する時、食べていない時間の過ごし方が難しい。
居酒屋みたいな場所であれば、壁にあるメニューを端から端まで読む。読むものがなくなれば、箸袋に書いてあることまで読んでみる。醤油のビンの裏側にある小さな文字も読んでみる。読めるものは、全部読む。
しかし、ここは、レストラン。壁に読める文字などなにもない。
あるとしたら、棚の上のお酒の瓶。
仕方ない。端からずーっとビンのラベルを追う。でも、端まで行ってしまう、すぐに。
往復する。
困った。まだまだお店は沈黙の中。
「あ、そうだ!大阪出張の際の移動ルートを書いておかないと、旅費精算がたいへんだ」と突如思いついたが、このタイミングで手帳をとりだしたりしたら、お店の人が「何をメモっているんだろう?」と不審に思うのではないか?とすでに自意識過剰になっている。
手帳はダメか。
あ、FacebookとかTwitterとか、覗いてみようかな?ツイートはしないけど。と思ったものの、レストランでケイタイを取り出すのもなんか品が悪そうな気がして、やめた。
することがない。
おしぼりを巻き直してみたりしたけれど、もうすることがない。
お店の人と会話したい。
何か質問してくれないか?
「お仕事帰りですか?」とか。・・・しない。しない。ただ黙って立っている。
彼らの頭の中にだって、「この女性客は何ものだろう?」が渦巻いているはずだ。
初めて行ったのだから。一人客なのだから。
訊いてほしい。答えの準備はある。
が、沈黙。
仕方ない。
「コーヒーください」とお願いする。別に好きじゃないんだが。
カフェラテをいただき、しめて3400円を支払い、店を後に。
帰る際に何か訊いてくれるかなあ、と期待する。
しかし、「ありがとうございました♪」と笑顔で言われて送り出される。
私が店を出たのは19時ちょい過ぎ。そこまでお客さんはゼロ。
あの3人のスタッフは、絶対に私のことを話題にしているはずだ。
何と言っているのだろう? 気になる。
・・・・
料理もお酒も美味しかった。
自宅近所に出来たこの店は貴重である。
こうなったら、常連になるまで通ってみよう。
いつ話しかけてもらえるだろうか?
目指せ! お一人様常連への道。
(この話題はシリーズ化される予定です。笑)