ムカデに噛まれた夜に理解した。良い仕事とは「表面」ではなく「本質」に潜ること
人の仕事観は、順調な時期よりも、最も忙しく大変な時期の中で、少しずつ形づくられていくことがあります。
私にとって、その原点の一つが、ゲーム開発の現場で深夜のオフィスに泊まり込み、ムカデに噛まれて救急病院へ向かった夜でした。
あの車中で私は、良い仕事とは「表面をなぞること」ではなく、「本質に潜ること」なのだと、自分の身体で理解したのです。
当時の私は、ゲーム開発の現場で、深夜まで作業が続くこともありました。
オフィスで少し仮眠を取り、また作業に戻る。そんな日もあったのです。
ある夜、足元の違和感で目を覚ますと、大きなムカデがいて、次の瞬間には激痛が走りました。深夜のオフィスで同僚に頼み込み、救急病院へ向かう車の中で、私は「自分は何のためにここまでやっているのだろう」と考えていました。
その答えは、当時の社長から繰り返し言われていた言葉の中にありました。
「物事の本質を見ろ。それを理解せずに、良いものなど作れるはずがない」
私は、この言葉を後になってから本当の意味で理解しました。
例えば、ゴルフゲームを作るなら、ルールを知っているだけでは足りません。なぜプレイヤーが緊張するのか、なぜ傾斜や風が意味を持つのか、そこまで降りていかなければ、結局は「それらしく見えるもの」しか作れません。
カードゲームでも同じです。ルールを移植するだけではなく、人がどの瞬間に熱狂し、迷い、次の一手を打ちたくなるのか。その感情の流れまで掴んで、初めて体験として成立します。
つまり、良い開発とは、仕様を処理することではなく、対象に深く入り込むことなのだと思います。
起業前を振り返ると、最も厳しかった時期が、結果として最も自分を鍛えていました。
もちろん、厳しい環境そのものを肯定したいわけではありません。
ただ一方で、負荷の高い時期にしか鍛えられないものがあるのも事実です。
それは、単なる根性ではありません。
「これは何が本質なのか」
「この設計の核はどこにあるのか」
と問い続ける、思考の筋力です。
この経験は、今のUI/UXの考え方にもつながっています。
UI/UXとは、単に画面を綺麗にすることではありません。ユーザーがどこで迷い、どこで安心し、どこで前に進みたくなるのか。そこまで設計して、初めて体験になります。
私は、ゲーム開発でプレイヤー心理を見る癖を叩き込まれ、インフラ寄りの領域で異常時の制御思想にも触れてきました。この二つが重なったことで、UI/UXは「見た目」ではなく、人の感情と行動の流れを設計する技術として見えるようになりました。
もし今、理不尽な要求や、出口の見えない仕事に疲れている方がいるなら、一つだけ申し上げたいのです。
「この仕事の本質は何か」
「この経験で鍛えられている、一生ものの武器は何か」
この問いを持つだけで、仕事の見え方は少し変わります。
同じ苦労でも、ただ消耗して終わるのか、自分の資産になるのかは、この掘り下げ方で変わってきます。
私は、ムカデに噛まれた痛みそのものは、もうほとんど覚えていません。
けれど、あの夜に刻まれた「本質を見る」という視点は、今も変わらず仕事の土台になっています。
良いものを作るとは、表面を整えることではありません。
対象に深く入り込み、その構造と感情を理解し、使う人にとって意味のある形へ再構築することです。
物事の本質を見なければ、良いものは作れない。
この原点は、今でも私の中で生きています。