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【Book】『宇宙と時間のすべて』 - ヒストリーはミステリー!?

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時間と宇宙のすべて

時間と宇宙のすべて

  • 作者: アダム・フランク、Adam Frank、水谷 淳
  • 出版社: 早川書房
  • 発売日: 2012/4/20

かつて、「月曜夜9時は街からOLが消える」と言われる時代があった。トレンディドラマと呼ばれるものが全盛であった、つい20年ほど前のことである。

しかし、もっと時代を遡れば、街頭テレビに民衆が群がり、プロレスラーに声援を送っていた時代もあった。この時代は逆に、放映時間に家から人が消えたという時代であったことだろう。

今を起点に過去数十年を振り返るだけで、私たちが時間に感じる同時性というものが大きく変貌を遂げたということがよく分かる。その背景には、常に科学技術の進化というものが存在した。

本書で描かれているのは、さらに、そこからもう一歩奥へと踏み込んだ世界の話である。すなわち、科学技術の進化を生み出した背景に、どのような宇宙観の変化があったのかということだ。

ITが社会をどのように変えたか、その類の本を見かけることはよくあるのだが、宇宙科学ひいては宇宙観が我々の社会をどのように変えたか、そのような切り口で書かれた本は稀有なのではないかと思う。それを著者は、「時間」という補助線を巧みに使うことで見事に表現している。本書はそんな人間的時間と宇宙的時間、2つの時間をめぐる壮大な物語だ。

まず人間的時間、その歴史は「一瞬」というものが形成されるまでに、どれだけの時間を要したかということでもある。

はるか昔の原始共同体の時代、時間は共同体の内部に存在するものであった。同じ時間軸を共有し、儀式をとりおこない、共通の記憶とともに共同体の規範・伝統を継承する。それが、農耕を中心とした社会構造が作られるようになると、時間そのものが年ごとに再生されるようになっていく。

一日を明確に分割する単位がはじめて登場するのは、都市革命のころ。さらに産業革命の頃になると生産効率性を追求するために、分が時間的交換単位となり、時間は圧縮され抽象的なものになる。と同時に、かつて共同体の内側に埋め込まれていた時間は外側へと取り外され、客観的に計測可能な定規としての時間性を持つようになったのだ。

やがて地球の端から端までが電信線で結ばれるようになると、電気的に調整された新時代の時間は、1秒よりはるかに小さい区分へと変わっていく。

一方で宇宙的時間、その歴史は宇宙創造という「一瞬」をめぐる議論へと収斂されていく。

コペルニクス、ケプラー、ガリレオ。歴代の科学者たちは、先人の理論を覆しながら、一歩づつ時間を作りかえていった。決定的に大きな変化がおきるのは、ニュートンとアインシュタインの時代である。

ニュートンは絶対空間と絶対時間というものを定義することで、運動を定義するための枠組みを作ることに成功した。空間を絶対不変の箱のようなものだと考え、その中で起きる物理現象を考えたのである。それに対しアインシュタインは、空間そのものを研究対象とし、その歪みに着目することで新たな時間を生み出したのだ。

その後、アインシュタインの相対性理論から、量子力学や素粒子物理学の分野に至るまでの諸概念を総動員し、特異点としてのきわめて重要な「創造の瞬間」へと向かう。それが宇宙の始まり、創成だ。しかしその後、「創造の瞬間」という概念そのものも、揺らいでしまうことになってしまうのである。

この人間的時間と宇宙的時間という二つの時間。この両者がお互いに影響を及ぼし合う様こそが、本書の見所の一つでもある。その触媒となったのは、両者における物質的な関わりというものである。

物質的関わりとは、古くは手で粘土をこねたり、火のなかに鉄鉱石をくべたり、羊毛を木の枠に張って引き伸ばしたりすることを指している。これらは徐々に進化しながら、人々は新たな方法で物質世界と関わるようになっていく。その過程で、時間は欠かせない要素であったのだ。

その代表的なものが、機械式時計の導入である。これによりヨーロッパは1日の秩序を変え、やがて天空の新たな比喩を生んだ。労働者が、タイムレコーダーに支配された、効率的な生産のための新たな生活に入っていくにつれ、彼らの世界は、重力と運動の簡潔な法則に支配された軌道を惑星が規則的に動いていくという、新たな時計仕掛けの宇宙像を忠実に写すものとなったのだ。

それから何世紀も経ち、今度は蒸気機関が導入される。この出来事が産業革命という新たな時代の幕を開け、タイムカードに基づいた労働者の生活リズムを促した。それだけでなく、蒸気機関で駆動する機械から生まれた熱力学の科学は、エネルギー、エントロピーという概念を生み出し、宇宙論的思考を作りかえる独自の比喩や道具をも生み出したのである。

また20世紀の幕開け直前に、列車と電信線が登場したことも、長距離における同時性の新たな経験を作り出す。これらはまさに、アインシュタインの相対論の基礎となるものでもあった。

本書に流れる半分の時間、すなわち人間的時間を理解するのは多くの人にとって容易なことであるだろう。しかし残り半分の宇宙的時間の世界は、ハードルが高いと感じる方も多いかもしれない。実際に僕も、何カ所か理解のあやしいところがあった。

ただ、それでも僕がこの本をおススメしたいと思うのは、本書がその深淵なる宇宙の世界へと誘う力が非常に強いということにある。

過去5万年の文化の変化を思い返せば、デジタル技術などを通じて実現する人間的時間の変化は、宇宙的時間の変化を反映するということが予想出来る。宇宙観なるものが、戦略や戦術に落とし込まれテクノロジーへと変化するまでには時間を要するからである。この実態が宇宙的時間と人間的時間の時間軸をずらすことで、非常に良く見えてくるのだ。

例えば相対論物理学の世界。この世界において、同時性の基準はすべて座標系に依存する。ある二人が正確に同じ瞬間、同じ「現在」に生まれたという主張は、実際には、その時間の測定をおこなった人の基準座標系によって変わってくる。相対論では、同時性もまた局所的になるのだ。

これを、現在のネットのつながりが可能にした疑似同期や選択的同期という概念と照らし合わせながら考えてみると、実に良くイメージができ、なんだか分かったような気にもなる。そこに宇宙的時間と人間的時間の100年近いタイムラグが垣間見えるのだ。

もっと愚直に述べると、相対性理論という宇宙的時間が技術にまで落とし込まれたGPS、これを携帯電話に搭載することにより、超高精度の空間が超高精度の時間と織り合わされ、新たな人間的時間の構築が可能になったということである。

つまるところ、宇宙的な時間とは人間的な時間の未来を指しているとも考えられるのである。宇宙論は決して科学者たちだけのものではなく、我々の未来でもあるということだ。であるならば、はたして、ビッグバン理論以降の代替宇宙論とされる、ひも理論やブレーン宇宙論、多宇宙モデルといった新しい宇宙観は、われわれの社会にどのような形で再現されることになるのだろうか?

本書で描かれているのは、人間的時間に関する「瞬間」のヒストリー、そして宇宙的時間が投げかける未来の社会へのミステリー。読んでみたけど、よく分からなくってヒステリーっていうのだけは、ご勘弁を!

(※
HONZ 5/11用エントリー
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宇宙はなぜこんなにうまくできているのか (知のトレッキング叢書)

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  • 作者: 村山 斉
  • 出版社: 集英社インターナショナル
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時間の比較社会学 (岩波現代文庫)

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  • 出版社: 岩波書店
  • 発売日: 2003/8/20

文化や社会の形態によって異なる時間の感覚と観念。これらを比較した古典的名著。時間意識というものが、どのように形成されたかが、丹念に分析されている。

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