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【書評】『すばらしい人間部品産業』:ガリレオの大罪

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講談社 / 単行本 / 450ページ / 2011-04-15
ISBN/EAN: 9784062162876

機械産業で勝利を収めた二十世紀を「物理学の時代」とするなら、二一世紀は「生物学の時代」であるそうだ。「胎児組織を実験用マウスに移植」、「代理母をめぐって違憲訴訟」、「実験室で異常動物誕生」、「エイズウィルスをマウス遺伝子に導入」、「政府が遺伝子配列に特許申請」など、さまざまな問題をはらんだ見出しが紙面を賑わす。人間部品産業とも呼ばれる昨今のこの実態。本書はその全体像を浮かび上がらせ、その是非を問うた一冊である。

そのタイトルから誤解される向きもあるかもしれないが、本書は生命の商品化を礼賛する類の本ではない。この邦題も、オルダス・ハクスリーの反ユートピア小説「すばらしい新世界」になぞらえて付けられものである。一九九二年に出版された歴史的名著に、新エピソードが追加された改訂版。二十年近くを経て改訂版を出す著者の、終わりなき思想戦である。


◆本書の目次
PartⅠ 人体と部品のあいだ
1 血は商品か
2 臓器移植ビジネス
3 胎児マーケット

PartⅡ 赤ちゃん製造工場
4 赤子産業
5 生命の種
6 卵子の値段
7 胚は人間といえるだろうか?
8 出産機械の誕生
9 パーフェクト・ベビー

PartⅢ 遺伝子ビジネス
10 遺伝子をデザインする
11 他人に差をつける薬
12 人間の遺伝子操作
13 機械化された動物
14 生命に特許を
15 人間性の独占
16 クローンウシをあなたの手に

PartⅣ 人間部品産業との闘い
17 移動機械と神の見えざる手
18 機械論的な「からだ」
19 人間モーター
20 貪欲主義
21 悪魔の工場
22 岐路に立つ
23 「からだ」についての思考改革
PartⅢまでのおどろおどろしい人間部品産業の実態の数々、血液の商品化にはじまり、世界中で行われている臓器売買、公然と横行する精子・卵子の売買、代理母契約、胎児・赤ちゃんの商品化、生体試料の販売合戦、遺伝子・細胞などの特許化など枚挙にいとまがない。そして本書の本質は、そのレポートを受けた後のPartⅣ以降にある。すなわち、人間部品産業がどのような歴史的背景を経て成立されるようになったのかという考察である。

著者はその原点にガリレオの名を挙げる。ガリレオの信念とは、自然界は、形而上学的な見方や精神論から解明できるものではなく、定量的な測定や厳密な数学的解析を通してのみ理解できるというものである。最終的には原子論へと至るガリレオの哲学は、人間の経験の全体像を、観測可能で、物質と運動のことばで説明できる、ごく限られた部分に置き換えた。こうして生命を解体し、機械論的な姿に整形し直された新しい科学のもと、デカルトによる動物の機械論的解釈、ラ・メトリーの人間機械論が結実し、人間部品産業が誕生する素地を生み出したということなのである。

また、「神の見えざる手」に代表される自由競争主義、自由市場原理も、人間部品産業のもう一つのエンジンである。つまり個人が自らの欲望を何物にも妨げられるずに追求することによって、意識するしないにかかわらず、公共の利益を生み出すとされる考え方である。この言い分に則ると、人間部品が自由に取引されることによって、より多くの臓器がより安く供給され、需要のあるところに公平に分配されるということになるのだ。

これらマイケル・サンデルの「Justice」にも出てきそうなジレンマを生み出すお題に対して、著者のスタンスは明解である。それは、商品の定義が、売買を目的として生産された部品であるということにある。人間自身を形成するものや、人間の労働は、決して売買を目的として生産されたものではないということなのだ。

生命の商品化というテーマに対して、前時代の思想史的な見地や、隣接する市場経済としての見地から分析し、人間部品産業の中に、近代文明の罪を見出す考察は実に鮮やかである。さらに最終章の「からだ」についての思考改革に関する言及も見逃せない。これからの「からだ」に対する向き合い方として、共感と無償供与というキーワードを提示している。ここに、本書が今このタイミングで改訂された、大きな理由が隠されているような気もする。ソーシャルメディアの台頭で注目されている共感型社会、Free経済がもたらす新たな価値として、関連付けながら考えてみるのも有意義なことであるだろう。


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