【書評】『野球賭博と八百長はなぜ、なくならないのか』:八百長問題の争点
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著者:
単行本 / 208ページ / 2010-09-09
/ ISBN/EAN: 9784584132630
スポーツノンフィクション作家 阿部珠樹氏による、相撲界の八百長問題をテーマにした一冊。八百長問題を事前に予想していたと言えば、シカゴ大学の教授による『ヤバイ経済学』が有名であるが、こちらの本も発売は2010年9月。野球賭博の問題は取り沙汰されていたとはいえ、ここまで八百長問題が表面化していなかったことを考えると慧眼である。
スポーツノンフィクション作家 阿部珠樹氏による、相撲界の八百長問題をテーマにした一冊。八百長問題を事前に予想していたと言えば、シカゴ大学の教授による『ヤバイ経済学』が有名であるが、こちらの本も発売は2010年9月。野球賭博の問題は取り沙汰されていたとはいえ、ここまで八百長問題が表面化していなかったことを考えると慧眼である。
◆本書の目次
序章:野球賭博と八百長はなぜ、なくならないのか弟一章:各界の黒い霧―野球賭博の闇第二章:プロ野球と黒い霧事件第三章:ブラックソックススキャンダル第四章:馬敗れて草原ありや第五章:大相撲と日本人
「賭博は八百長のゆりかご」という言葉があるそうだ。賭博で胴元に莫大な借金を作った力士に対し「今日のこの勝負で転べば、おまえの借金全額をチャラにする」と甘いを誘いをかけて八百長を促すという行為が、相撲に限らず多かったからである。この場合、勝負の当事者以外に利益を得るものが存在しているかというところに、善悪を判断するための大きな争点がある。胴元の実体である反社会勢力や、それに関連する企業をを太らせたという点において、黒い八百長と判断されることになるからである。
一方で著者のスタンスは、やみくもに「悪い膿を出し切れ」「抜本的な改革を」とだけ叫んでいるわけでもない。そこにスポーツに関するプロフェッショナルとしての視点があり、興味深い点でもある。著者がもう一つの争点としてあげているのは、「粋」という文化についてである。
有名な江戸落語に「佐野山」という演題がある。全盛時の横綱 谷風に対し、母が思い病気になり、看病のため稽古もままならなかった佐野山という力士が挑むことになる。いよいよ、顔合わせ、土俵に上がると谷風は佐野山に笑いかけ「親孝行に励めよ」と小声でささやく。佐野山は涙を流しながら谷風に逆転勝利する、という噺である。この噺はフィクションであるそうだが、どこまでが八百長で、どこまでが人情の機微と言えるのか、そう単純な話ではないのである。
実在の話としては、1963年秋場所千秋楽、大鵬と柏戸の一番があげられている。柏鵬時代などと呼ばれ好敵手であった二人は、横綱になると歩みが対照的になり、優勝を重ねる大鵬に対して、柏戸は休場になることの方が多かった。この一番、柏戸が勝つことになるのだが、場所後、石原慎太郎氏が八百長であると発言し物議をかもしたそうである。その真偽のほどは定かでないのだが、実力は大鵬、勝たせたいのは柏戸という判官びいきの空気があったことは確かであったようだ。そのため、人間的要素、それぞれの事情で勝敗を調整してきたのは、江戸の昔からの「暗黙の了解」ではないかという論調もあったと言われている。
相撲というスポーツが、スポーツ的要素も含んだパフォーマンス、広い意味での芸能であると、著者は主張する。それが事実だとすれば、それは、その中に八百長が内在するということも意味する。仮に金銭を伴った星のやり取りがあったとしても、第三者が介在しない限り被害者はいないし、ガチンコ相撲が迫力十分で面白いとも言い切れないのである。すべてをクリーンにして、現代スポーツの一つとして生まれ変わるのか、国民的スポーツとして「江戸の粋」を残すのか、見る側に委ねられているところも大きい。
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