ジャック・アタリ「21世紀の歴史」...これから数十年、世界はどのように動き、そして日本はどうあるべきなのか?
ジャック・アタリ著「21世紀の歴史」を読了しました。350ページに渡ってギッシリ書かれている大著でしたが、とても読み応えがありました。
著者のジャック・アタリ氏はフランス出身。38歳でミッテラン政権の大統領補佐官に就任して10年間務め、1991年には欧州復興開発銀行の初代総裁となりました。思想家としても幅広く活躍されています。
本書の出版は2006年でもう7年前。21世紀に起こることを予見したものです。出版後に起こった、リーマンショック、北朝鮮の核武装など、様々なことが本書で既に予見されています。
本書はフランスでベストセラーになり大論争を巻き起こし、本書の提言に感銘を受けたサルコジ大統領は「アタリ政策委員会」を設置して、21世紀フランスを変革するための政策提言をアタリ氏に依頼しました。
本書の第一章と第二章では、約100ページを使って人類誕生から現代までの歴史の流れをふり返っています。この部分を読むと、人類の歴史から未来への教訓を学べることがよくわかります。いくつかピックアップしてみると、...
・いかなる時代であろうとも、人類は他のすべての価値観を差し置いて、個人の自由に最大限の価値を見出してきた (p.19)
・アジアでは、自らの欲望から自由になることを望む一方で、西洋では、欲望を実現するための自由を手に入れることを望んだのである。(p.49)
・宗教の教義は、たとえどれほど影響力があったとしても、個人の自由の歩みを遅らせることには成功しなかった。(p.53)
・ヴェネチアを含め、その後のすべての「中心都市」とは過剰と傲慢の産物である。(p.68)
・外国人エリートの受け入れは、成功の条件である。(p.74)
・新たなコミュニケーション技術の確立は、社会を中央集権化すると思われがちだが、時の権力者には、情け容赦ない障害をもたらす。(p.77)
・欠乏こそが人々に新たな富を探し求めさせる。不足とは、野心を生み出すための天の恵みである。...技術を発明したのが誰であるかはさほど重要ではなく、文化的・政治的にこれを活用できる状態にあることが重要である。(p.94)
・戦争の勝利者となる国とは、常に参戦しなかった国、または、いずれにしても自国領土で戦わなかった国である。(p.105)
・テクノロジーと性の関係は、市場の秩序の活力を構造化する。(p.111)
・多くの革新的な発明とは、公的資金によってまったく異なった研究に従事していた研究者による産物である。(p.120)
そして21世紀の世界はどうなるのか?
本書の第三章以降が本書の真骨頂です。簡単にまとめると、
2035年頃には「市場民主主義」はグローバル化してアメリカ帝国は凋落し、国家の弱体化とともに国籍を超えた「超帝国」が誕生し、人類が消滅しかねない「超紛争」の危機を迎え、2060年頃に新たな勢力となる利他主義者たちによる「超民主主義」が生まれる、としています。
これらについては、アマゾンの書評などでも詳しく書かれていますので、興味のある方は是非ご一読をお勧めします。
本書では、日本の読者へ向けたジャック・アタリ氏の言葉も掲載されています。
日本は20世紀後半に世界の中心勢力になり得るチャンスがあったのに、そうなっていないのは、次の三つが理由である、としています。(p.1-2から抜粋引用)
第一の理由: 並外れた技術的ダイナミズムがあるのに、既存産業・不動産からの超過利得、官僚の利益を過剰に保護してきた。そして将来性のある産業を犠牲にしてきた。(特に情報工学分野では、シリコンバレーにリーダーの座を譲ってしまった) 官僚の排他的な特権階級制度を粘り強く修復し、過去の栄華へのノスタルジーに浸っていた。
第二の理由: 海運業や海上軍事力など、海上での類まれな覇権力があるのに、海洋を掌握できなかった。アジアで一体感のある友好的な地域を作り出すことができなかった。港湾や金融市場の開発を怠ってきた。
第三の理由: 「クリエーター階級」(中心都市に集まる才能溢れる人々。技術者、研究者、起業家、承認、産業人、科学者、金融関係者、企業クリエーター)を育成してこなかったし、外国から呼び込むことも迎え入れることもしてこなかった。アイデア、投資、外国からの人材を幅広く受け入れることなくして「中心都市」になることはありえない。
一方で、日本はアジアとの交差点、アメリカとの交差点、オセアニアとの交差点という地理的に重要な拠点に位置しており、この三つの円をすべて融合させることができれば、日本は多大な潜在的成長力を持ちうる、としています。
その上で、21世紀の日本の課題を10個挙げています。(p.3-4から抜粋引用)
1.中国からベトナムにかけての東アジア地域に、調和を重視した環境を作り出すこと
2.日本国内に共同体意識を呼び起こすこと
3.自由な独創性を育成すること
4.巨大な港湾や金融市場を整備すること
5.日本企業の収益性を大幅に改善すること
6.労働市場の柔軟性をうながすこと
7.人口の高齢化を補うために移民を受け入れること
8.市民に対して新しい知識を公平に授けること
9.未来のテクノロジーをさらに習得していくこと
10.地政学的思考を念入りに構築し、必要となる同盟関係を構築すること
一部には議論があるかもしれませんが、大きな歴史観と世界観に基づいた、的確な指摘に改めて驚かされます。
一方で、ジャック・アタリ氏の指摘もまた、一つの意見であると考えることも必要でしょう。
たとえば、先日ご紹介した「新・資本主義宣言」でも書かれているように、アタリ氏が2060年頃の「超民主主義」で実現するとしている「利他主義」は、実は私たち日本人にとっては既に馴染みが深いものです。
様々な意見を考えた上で、自分としてどのように考えるかが、問われている時代なのだと思います。