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寿司は著作物か?: 著作権の議論における2つの重大な誤解

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いつも読んでいるナガブロさんのブログITmediaの記事への物言いがなされています。当該記事は去年5月のものであり、今更コメントするのも何なのですが、著作権に関する議論についての重要なポイントが含まれているという思いますので、ちょっと検討してみます。

ITmediaの元記事の内容をかいつまんで言うと、携帯電話のアイコンに寿司の画像を使おうと思ったデザイナーさんが寿司の写真を自分で撮ってきたが、「寿司は職人の著作物なので肖像権が発生する」ため、もう一度メーカーで寿司を作り直したというものです。

まず、ナガブロさんの記事にあるように、寿司に肖像権が発生するという記載は完全ダウトということでよいでしょう。肖像権は人格権に基づく権利なので、無生物に肖像権が発生するのはあり得ません。

寿司が著作物かどうかはちょっと微妙です。料理コンテストに出すような創作性のある盛りつけであれば美術の著作物となるかもしれませんが、当該記事にあるような通常のにぎり寿司であれば著作物とはされない(少なくとも裁判において著作権侵害が認められることはない)と思います。

では、勝手に寿司の写真を使って良いかというとそんなことはなく、職人さんの許可を得るか、あるいは、画面デザインの当事者が握って写真にするというのは正しい対応だと思います(道義的にというだけではなく、法的にも)。

上記の話を考えてみると、著作権制度の議論においてありがちな2つの誤解が浮かび上がってきます。

誤解1:苦労して作った知的財産はすべて著作物である(著作権法で保護される)
 著作権法では、著作物を「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義しています。ゆえに、どんなに苦労して作り上げた知的財産でもこの定義に合致しなければ著作物ではありません。

 寿司を例に取るとグレーゾーンがあってややこしくなるので、もっとはっきりした例を使うと、たとえば、苦労して調査活動を行った結果得られた市場シェアのデータは著作物ではありません。事実そのものはどう考えても著作物ではないからです(もちろん、そのデータを著者の見解を加えて独自に分析した文章は著作物になり得ます)。

誤解2:著作物でないものは勝手にコピーしてよい
 著作物でない(=著作権法で保護されない)からと言って常に勝手にコピーしてよいわけではありません。

 たとえば、市場シェアデータが著作物ではないからと言って、他の調査会社が調べた市場シェアデータを勝手にコピーして販売してよいわけではありません。これは、道義的にまずいというだけではなく、民事訴訟に持ち込まれれば確実に負けるでしょうということです。根拠となる法律は民法の709条(不法行為)です。

故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

 ここで、法律上保護される利益とは、法文上に明記されているものに限定されません。たとえば、肖像権は法文上特に規定がないですが、判例上認められている権利です。こういう権利があるかどうかは、裁判の場で、法文、判例、業界の慣例、常識等から判断されることになります。

 調査データ盗用の例に戻ると、調査データを作成するのは労力を要し、かつ、その調査データを買ってくれる人が多くいるということを裁判所が認定してくれれば、その調査データには財産的価値があるということになり、それを勝手に使ったことで損害を与えた人はそれを賠償する責任を負うことになるでしょう。

 訴える側としては、著作権があればその著作物が許諾なく利用されているという事実だけ証明すれば差止めできますので楽であり、一方、民709条のみで訴えようとすると、財産的価値があること、損害が発生していること、損害への因果関係があること等々を証明しなければならなくなるので大変ですが、条件がそろえば損害賠償を請求できるという点では同じです。

 寿司のケースで、寿司を携帯電話のアイコンとして使うことで、職人さんが損害を被っているかどうかは微妙ですが、きれいに寿司を握ることには財産的価値があるので、それにフリーライドするのはNGであると判断されるかもしれません。まさか、職人さんが訴えることはないでしょうが。

 ということで、「法律で決まっとるんか」(=法律で決まってないからやってもいいだろ)が通用するのは、小学生の口げんかだけということです。

 これらの点は、あまりにもファンダメンタルなお話しなので法律書等ではいちいち説明されてないので注意が必要です。たとえば、中山「著作権法」においても、著作権法の観点では侵害とならないケースを説明した箇所において「不法行為とはなり得るが、別論である。」みたいな書き方がしてあることがありますが、「直接関係ない話なのでここでは詳しく書かないけど、著作権法上はOKだが民法的にはNGのこともあるよ」という意味です。

追加: 昔書いたエントリーでも、新聞の見出しは通常は著作物とは言えないが、他社の見出しだけをコピーして集めたサービスを提供するのは不法行為であるとして損害賠償(少額ですが)が命じられた事例を紹介しています。

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