オルタナティブ・ブログ > 栗原潔のテクノロジー時評Ver2 >

知財、ユビキタス、企業コンピューティング関連ニュースに言いたい放題

「槙原vs松本事件」について

»

ちょっと前のネタですが、銀河鉄道999のセリフ盗用の件で、松本零士が槙原敬之に抗議していた件が法廷に持ち込まれてしまいましたね。はたから見ている分にはおもしろいたいへん困ったことではありますが、簡単に解説します。著作権法をちょっとでも勉強していればご存じの入門編的な話です。

一般に著作権侵害が成立するためには大きく以下の3つの要件が必要です。

1.対象物が著作物(思想・感情を創作的に表現したもの)である
2.両著作物が類似している
3.元の著作物にアクセスして真似たという事実がある(依拠性)

他にも、著作権切れしてないとか、ライセンス許諾が存在しないとか、いろいろ要件がありますが、あたり前のお話なので省略します。

1.については、今回は議論の余地はないと思いますが、「サウンドロゴは著作物か?」のエントリーでも書いたようにこれが争点となることもあります。たとえば、本や新聞記事のタイトル、データそのもの、機能本位のプログラムの画面設計などは一般に著作物ではないとされています(ただし、著作物ではないからと言って勝手にコピーしてよいとは限りません。この点についてはまた後日)。

2.については、今回はかたや「夢は時間を裏切らない 時間も夢を決して裏切らない」(槙原)、かたや「時間は夢を裏切らない 夢も時間を裏切ってはならない」(松本)なので客観的には類似していると言わざるを得ないと思います。

問題は3.で、槙原側は銀河鉄道999なんて読んだこともないし、そんなセリフは知らないと言っているので、松本側として取り得る策としては、

a.槙原敬之が銀河鉄道999の当該セリフ部分を知っていたことを主張
b.当該セリフがものすごく有名であり、槙原が知らないはずはないということを主張
c.類似部分が偶然の一致ではあり得ないほど多量であることを主張

a.については、槙原が999の大ファンですと公言していた雑紙記事でもあれば別ですが、本人が読んだことないと言っているのに、いや読んだことはあると証明するのは難しいでしょう。b.については、松本氏は講演テーマで何度も使ってるので槙原が知らないはずはないと主張しているわけですが、私も今回初めて知りましたし、日本人なら誰でも知っているほど有名とまでは言えないでしょう。

問題はc.です。偶然の一致かどうかは微妙なところだと思います。ただ、私見ですが、夢、時間、裏切るという言葉は歌詞の中で一般的に出てくるものですし、「AはB、BはA」みたいな対語表現も一般的なテクニックなので、槙原側に偶然の一致だと主張されてしまうと、松本側はちょっと苦しいのではと思います。

ただ、立証可能かどうかは別として、往々にして創作活動をしていると無意識下で模倣してしまうということはあるのは確かでしょう。私も昔、作曲とかをしていた時に、いいメロディが浮かんだと思って、翌朝冷静になってもう一回聞いてみると、「ありゃ、あの曲と同じじゃん」というパターンはよくありました(これ結構凹みます)。

そういう意味でいうと、無意識下で模倣したのか偶然の一致なのかは別として、既存の有名なセリフとかメロディに似ているのであれば、スタッフが指摘してあげるべきなんでしょうね。とは言え、槙原敬之くらいの大物になると、スタッフも「槙原さん、この歌詞はxxxにあったのと同じです」とは言い出せないのでしょうけど。

Comment(17)

コメント

nanashi

槙原は槇原なので直すべし。せっかくの著作権の話も漢字が間違ってると説得力がなくなる

n

最後がおかしいですよ。
b.については、松本氏は講演テーマで何度も使ってるので槙原が知らないはずはないと主張しているわけですが、私も今回初めて知りましたし、日本人なら誰でも知っているほど有名とまでは言えないでしょう。
んだから、
「既存の有名なセリフとかメロディに似ているのであれば、スタッフが指摘してあげる」ことはできないでしょ。

Dr.J

槇原側は銀河鉄道999なんて読んだこともないし、
そんなセリフは知らないと言っているが、
槇原側が「読んだことない」、「知らない」ことを
証明する必要はないのでしょうか?
松本側からの視点で考えれば「盗作した証拠をだせ」と
言われているのですから、
逆に「知らないことを証明しろ」と
言えばいいような気がします。

ルド

私としては、栗原さんが指摘された、2.両著作物が類似しているという点で著作権侵害がなりたたないと思います。

「裏切らない」と「裏切ってはならない」では相当印象が異なりますよ。

Dr.Jさん
知らないことの証明はいわゆる悪魔の証明ではないでしょうか、通常の裁判であれば権利侵害をしたと推定しうる事実を提示して、相手がそれに対して反論するものだと思います。

栗原潔

>nanashiさん
朝日新聞(日刊スポーツ)の元記事では槙原になってるんですが、どうなんでしょうか?
>nさん
スタッフは大勢いるわけですから、その中で一人くらい999ファンがいてもおかしくないのでは?「誰もが知ってるわけではない」と「誰も知らない」のは違いますよ。
>Dr.Jさん
今回の訴訟は「著作権侵害不存在確認」訴訟なので、槇原側は依拠性がないので著作権侵害がないと主張しています。これに対して、松本側は依拠性がある(あるいは偶然の一致とは考えられない)と主張しなければならないことになります。どちらの主張が正しいかを判断するのは裁判官ということになります。なお、元記事で「証拠を出せ」と訴えたとなっていますが、これはあまり正確な言い方ではありません。
>ルドさん
類似してないと判断される可能性もないわけではないですが、言葉尻を変えただけでは創作的表現として実質同じと判断される可能性は高いかと思います。

fo

999は読んだことありますが,この台詞は記憶にありません。

エクサ

盛り上がってまいりました、ってやつでしょうかね。

>ルド様
確かに通常であればルドさんのおっしゃる論理は正しいです。

しかし、音楽著作権者側は、日常的に、音楽の利用者に対して
「楽曲を使用していないことの証明」を要求しています。
「楽曲を使用してないことの証明ができないのだから、料金を支払え」
「将来的に侵害しない保証はないのだから支払え」という
趣旨の訴訟まで起こすこともありました。

いわゆるiPod課金やHDD課金などについての議論でも、音楽著作権者側は常に
「利用者は著作権侵害者であり、無罪を証明できない限り有罪である」
という前提の論理を使ってきています。

ですから今回の件では、逆に槇原氏側が「見ていない」ことを
証明するべきですね。少なくとも「話の筋」としては。
本当に無実を証明できればよし、不可能であれば槇原氏は
「著作権侵害者=盗作者」の汚名を被らなければなりません。

それが普段「自分たち側」が主張してる論理なのですから。

エクサ

>fo様
銀河鉄道999は、大きく分けて「アンドロメダ編」と「エターナル編」に分かれます。
ゴダイゴが劇場版で主題歌を歌ったり、テレビアニメになったのが「アンドロメダ編」、
10年程前に新しいストーリーで復活したのが「エターナル編」と呼ばれています。

今回のこのセリフは、「エターナル編」のものです。
アンドロメダ編には出てきていないセリフですから、
昔の999の読者でも知らない人は多いと思います。

>栗原様、n様
話がややこしいことに、槇原氏のこの楽曲の場合、
件の1節が似ている以外に、
「以前にも知っていた可能性を感じさせる傍証」が
いくつかあったりします。b,とc.を複合させたような話ですね。

それは、「THE ALFEE」による楽曲の存在です。

件の台詞が出てくるシリーズ(エターナル編と呼ばれています)は、
1998年に劇場映画化されまして、その主題歌を「THE ALFEE」が歌いました
(曲名は「Brave Love」)
その歌詞の中に思い切り「時間は夢を決して裏切らない」という一文が
そのまま出てきます(高見沢氏が999を意識したのでしょうね)。

ミリオンは行かなくてもそこそこヒットした曲ですから、
槇原氏が活動を謹慎していた時期とはいえ、耳にしているスタッフがいても
おかしくはないです。
マンガじゃなく、同じ業界での中ヒット曲の歌詞に気づかなかったのは
少なくともかなり迂闊だったといえますね、スタッフは。

騒ぎになった時にネット上でいろいろな意見を読みましたが、私が説得力を感じたのは両者のセリフは意味が違うというものです。両著作物が類似していても意味が違うのでは真似したといえないのではと感じたからです。言いたいことを考えてみると言葉尻を変えただけのちがいではないと思います。

栗原さんも本文で述べているように良く使われる言葉で構成されている文なので、言葉の配列が似てしまうことはあると思います。そうなると「思想・感情を創作的に表現」した部分を真似ているのかが問題になるように思います。意味が違えばその部分を真似ていなことになると思ったんですが、どうなんでしょう。

このセリフが有名かという問いはなかなか難しいですね。私は「銀河鉄道999」は好きでアニメ、映画はほとんど見ていますが、このセリフは記憶にありませんでした。確かに「銀河鉄道999」の主題の一つを象徴的に表している言葉ではありますが、歌詞のように繰り返して聞くものではないので、いくら作品をよく見ていても覚えていないというのが現実だと思います。
引用例とはどうなんでしょうか。googleで検索をかけてみたのですが、この話題のおかげで昔の引用例とか探すのは困難になっています。イメージ的な表現で意味が明確ではないこともあって、頻繁に引用されるような言葉ではないと感じます。引用例を示せないとなれば有名な言葉と立証するのは難しいと思います。

nattan

仏教の経典の中に次のように意訳することの出来る句が有ります。
「目前に展開する諸々の物事は理想を裏切らない、理想は目前に展開する諸々の物事を裏切らない。目前に展開する諸々の物事は理相に応ずるのに冷酷なまでに時をたがえない、理想は目前に展開する諸々の物事に応ずるのに冷酷なまでに時をたがえない。」
日本人の大人なら誰でも聞き覚えの有る有名なお経の句なんですが…。
二人ともファンが多いのですから、男のサゲ合い合戦は止めた方が宜しいのじゃないですかね?。

毒吐者

>槙原が知らないはずはないと主張しているわけですが、

これは、松本氏の抗議が最初に記事になった際にそのように読めるような文言になっていましたが、その後のインタビューなどから類推すると「作品だけでなく講演など色んな場所で使っている」「こんなに瓜二つのフレーズなんだから(槇原氏が)知らないということはないんじゃないか」という発言をつなげてしまったものだと思っています。

傍から見ている分には、クリエーターとしての先輩であり類似フレーズの先行者である松本氏のほうがして、槇原氏が一定の敬意を払っておくべき事案だったと思います。作品の好き嫌いはあるでしょうけど。
個人的には、訴訟ごとは無粋と思っているので、相手の不遜な態度に腹を立て、言いたいことだけ言って引き下がった松本氏のほうに好感を持っているのですが…。

reo

言葉が似ているという概念はナンセンス。言葉は造形物ではなくて、伝達手段だから。

A夢は時間を裏切らない
B時間は夢を裏切らない


SVOのSOが逆なので、全く別の意味を持つ。語感や情景が似ているでは
個々人によって感じ方が違うので駄目駄目。言葉の趣旨をみるに

A「夢」を持つことは無駄ではない。
B「時間」をかけることは夢への達成率を高める

全く違うことを言っていることがなぜわからないか非常に不思議でならない。夢ということばや時間ということばは松本の特権ではないわけで、肝心要の趣旨もまったく違うもの。

N.Shim@

私はケミストリーと999のファンなのですが、最初にラジオでこの曲を聴いたときに「あれ、オレこのフレーズ知ってる!?」とその場で思いました。
それが999の中の一文である、と合点したのは松本氏が盗作疑惑を投げかけた際なんですけど。

私はどちらも(そしてマッキーも)好きなので、「こんなこと」でお互いが声を荒らげるのはみっともないし大人げない気がして、残念です。
(著作権は守られるべきものなのは承知しているので、もう少し大人な解法があったんではないか、と思っているだけです)

ただ個人的には、仮にこれが盗作だったとしても、この事で松本氏に商業的な不利益が発生したとは思えないし、逆に999で使われていた一フレーズを適用したことでこの曲がそのフレーズを使わなかった場合より売れた(利益を創出した)とも思えないので、法廷に持ち込むようなパワーを掛ける事案なのか、私にはよく理解できないでいます。

nmaeda

この場合、意味が逆転していたり、意味や対象が変わったりしてもほとんど関係ないと思いますよ。著作権は芸術作品の類似性を問題にしているのですから。

らせらー

b.なんて『知らぬ存ぜぬ』と言い張れば通っちゃうことにならないか。
C.に関してはそれほどありふれた単語を使っていながら、ここ10年で他によく似た歌詞なりキャッチコピーなりが出てこなかったわけで。

>「裏切らない」と「裏切ってはならない」では相当印象が異なりますよ。
原作の漫画なり劇場アニメなりその主題歌のアルフィー『BRAVE LOVE』なりを聞きゃ判ると思いますが、それは単なる表現上の相違。作中では「裏切らない」です。意図しているところは同じでそこは論点にならない。

しんご

マネした人間というものは、その形跡を隠すために、いろいろ小細工をやるもんですよ。
ちょっと字句を変えたり、字句の順番をかえたりね。

その結果、もとの詩よりも、芸術的に低いものになっても、気にしない。ばれるよりはよい。

槙原氏の詩のほうが難解で、わたしにはよく意味がわかりません。氏が小細工をした結果、非常に難解なものができたのではないかと思います。どういう意味なのか、どなたか解説していただけたらと思います。こんなものがいきなり頭の中に浮かぶのは宇宙人でしょう。

松本氏の詩のほうは2007年3月30日にnattanさんが
解説するのを読んでやっとわかったんですが、
「夢は時間さえあれば必ず実現するものだ。だから実現の日まで夢を持ち続けなければならない」と解釈しました。劇の中のシチュエーションによってはわかりやすいんでしょうが。ちょっと難しすぎて良いセリフと思いません。

私には「時間は夢を裏切らない」のほうが「夢も時間をうらぎってはならない」あるいは「夢は時間を裏切らない」より、容易に理解できます。nattanさんの解釈は一部わかりません。

もし難しいほうを先にいうなら、あとでいうほうが、前半の謎解きでなければならない。「夢はじっと持ち続けなければならない」「なぜなら」「時間さえかければ夢というものはきっと実現するからだ」。この「なぜなら」があると意味がわかる。自分で考えたのなら、「なぜなら」が出てくるはずです。

nattanさんの仏典は松本氏の詩の順序と同じになっている。人間の頭の中から出てくるのはこっちではないか。

もし槙原氏が自分でこの詩を考えたのなら、自分はここからこうやってこの詩を作ったということを、一生懸命に弁明するでしょう。ひどいことをいわれてもじっと我慢するでしょう。自分で作ったことに自信があれば。でももしパクったのであれば、そしてその証拠隠滅の手口に自信があれば、告訴するでしょう。

詩は芸術なのだから、どっちが芸術的かという議論が必要と思います。

なんか

マッキーも松本もどうでもいいけど、どう考えても売名行為でしょ。どうでもいいよ勝手にやってかんじ。
松本さんは最近新しい発案が出来なくて、低迷してるからね。
夢を作る仕事の松本は夢を裏切ったわけだ。彼もかなりの年だし時間にも裏切られるかもね

コメントを投稿する