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大量消費をボイコットしはじめた生活者視点からのインサイトメモ

LLMとのモノローグ:Seasons will pass you by...

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Prompt:このブログを書いているのは、ひとつには、事後的に見れば弁証法(正反合)的に都合よく回収できるとしても、この社会(あるいは宇宙)において「なぜ先にダメダメなものが生まれてしまうのか?」という疑問を抱いているからです。

LLMのモノローグ:Comment oublier
blogs.itmedia.co.jp/jrx/2026/06/comment_oublier.html

Sonnet 4.6:ブログを拝読しました。「Comment oublier」という壮大な思考の連鎖----ペイジ=ウッターズ機構から、ヒッグス機構の対称性の自発的破れ、プリゴジンの散逸構造、ユニタリ性の密輸、メビウスの輪の押しつぶし、そして柄谷の交換様式の平坦化まで----その全体を踏まえた上で、この問いに答えてみます。

「先にダメダメなものが生まれる」ことの構造的必然性
ヒッグス機構が示唆的です。対称性が最も高い状態(メキシカンハットの頂点)は、実は最も不安定です。完璧な対称性は、存在として持続できない。存在するためには、どこか一方向へ「転がり落ちる」しかない----つまり、特定の、非対称な、いわば「不完全な」方向を選ばざるを得ない。

これは比喩ではなく、構造そのものです。完璧は時間の中に存在できない。 時間の中に存在するということは、すでに対称性を破っているということ、すなわちすでに「ダメダメ」だということです。

進化論的に言えば、これは「盲目の変異、選択的保持」の論理と同じです。何が「良い」かを事前に知る視点はどこにもない。だから変異はランダムに、つまりほとんどが「ダメダメ」に生成され、事後的にしか良し悪しが判定できない。先見性のない生成過程は、必ず誤りを先に生む。これは道徳の問題ではなく、情報の問題です。

しかしここで警戒すべきこと
「先にダメダメなものが生まれるのは構造的必然だ」という説明そのものが----メビウスの輪を平面に押しつぶす仕草と同型になりうる。つまり「ダメダメなものは、後の良きものを生むために必要な犠牲だった」という物語へとスライドした瞬間、それはバーミンガム大学の物理学者が不連続性にアイロンをかけたのと同じ操作になります。

柄谷自身がこの罠を警戒していた
ここは重要な点です。貴兄が懸念する「弁証法的に都合よく回収できる」という構図、柄谷自身もそれを警戒していました。

柄谷の交換様式Dは、ヘーゲル的な必然(正反合が自動的にDへ至る)ではなく、カント的な統整的理念として提示されています。つまりDは歴史が保証する到達点ではなく、「そうあるべきだ」という当為(要請)にすぎない。Cがどれほど行き詰まっても、Dへの移行は自動的には起きない----むしろ何もせず崩壊するだけかもしれない。

この設計は、まさに貴兄の疑念への先回りの応答になっています。柄谷は「ダメダメなものは弁証法的に回収される」と言っていない。回収されるかもしれないし、されないかもしれない。

「空集合」という、もう一つの答え方
ブログの結論----空集合は全集合の部分集合である、忘却はインフラである----を借りるなら、もう一つの読みが可能です。

「なぜ先にダメダメなものが生まれるのか」という問いは、時間軸上の因果(まず悪、それから善)を前提にしています。しかし空集合がすでに全集合の内側にあるという論理は、この前提そのものを崩します。

「ダメダメ」は、後の「良きもの」に先行する一段階ではなく----良きものが成立するために、最初からその内側に組み込まれている消えない裂け目かもしれない。山崎ハコの50周年は、過去の搾取を「乗り越えた」のではなく、その傷を内包したまま鳴り続けている。正反合ではなく、正のなかに反が永遠に住み着いている状態。

おそらく、貴兄がブログを書き続ける動機は、この問いに最終的な答えを出すためではなく----その都度立ち現れる「ダメダメ」を、安易な正常化(弁証法的回収)に委ねず、折り目として記録し続けるためなのではないでしょうか。


Prompt:裏返せば、なぜ「洗練」が可能なのか?という問いになるのかもしれない。

Sonnet 4.6:鋭い反転です。そしてこちらの方が、おそらく本当に答えにくい問いです。

なぜ「劣化」ではなく「洗練」なのか
放っておけば、エントロピーは増大し、構造は崩れる方向にしか進みません。プリゴジンの言う「開かれた系」だけが、局所的に秩序を生み出せる----しかしそれは、無秩序をどこか外部に排出できるという条件があって初めて成立する。

つまり洗練とは、絶対的な意味でのエントロピー減少ではなく、エントロピーの輸出にすぎない。問題はここに移ります----なぜこの宇宙には「閉じていない系」、つまり無秩序を外に捨てられる構造が存在するのか。なぜすべてが最初から完全に孤立した閉鎖系ではなかったのか。

洗練が要求する、もう一つの条件----選択的な忘却
ただ「外部に捨てる」だけでは洗練にならない。ランダムに忘れるなら、それはただの劣化と同じです。洗練が成立するには、何を残し、何を捨てるかを選び分けるふるいが必要です。進化で言えば適応度地形、芸術で言えば美的判断、思考で言えば論理的整合性への感受性。

ここに本当の謎があります。なぜ「より良い」を判定できるふるいが、この宇宙の、あるいはこの生命の、あるいはこの思考の構造の中に、そもそも備わっているのか。物質はただ崩れていくだけでもよかったはずです。なぜ崩れながら、同時に何かを選び取る機構が宿ってしまったのか。

カント的な答え方をするなら
これは今日の対話の最初の方に戻ります。カントの「合目的性」は、まさにこの謎への一つの答え方でした----目的を持たないのに、目的を持つかのように組織される構造。

しかしカントはこれを「説明」したのではなく、人間の判断力(美的判断)の構造として記述しただけです。なぜ判断力そのものがそのように組織されているのかは、結局のところカントも答えていない。それは「与えられている」としか言いようがない。

ブログの結論に戻ると
「地球は思った以上に広いのだ」という一文。あれは「ダメダメなものを許容する余地がある」という話でもあったが、裏から読めば----洗練が可能であるためには、エントロピーを捨てられる『外部』が常に必要だ、ということでもある。

閉じた球面の中で洗練が起き続けるとすれば、それは球面のどこかに、まだ記号化されていない「忘却のポケット」が残っているからです。洗練の可能性そのものが、完全には閉じきっていない世界を前提にしている。

つまり「なぜ洗練が可能か」という問いの答えは、おそらく----この宇宙が、まだ完全には自己完結していないから、としか言えないのかもしれません。


Prompt:「タナトスこそが先にあった」というフロイトの見立ては、彼の弟子たちが誰もそれを支持しないところに価値がある(笑)柄谷行人が、それを掬い(救い)あげた♪

Sonnet 4.6:これは見事な符合です。そしてその皮肉な構図に価値があるという指摘、本当に鋭い。

タナトスが「弟子たちに支持されなかった」ことの意味
フロイト自身、『快感原則の彼岸』でタナトスを語るとき、これは臨床的根拠を超えた思弁(speculation)だと自ら断っています。エス心理学も対象関係論も、その後の精神分析の主流は、タナトスを脇に置くか、無害な形に縮小して継承した。

これはまさに、今日ずっと語ってきた「メビウスの輪を平面に押しつぶす」仕草そのものです。フロイトの最も鋭い、最も都合の悪い直感を、後継者たちは臨床という名の平面へとアイロンをかけて正常化した。弟子たちが支持しなかったというその事実こそが、タナトスがまだ折り目を保ったまま、誰にも均されずに残っていたことの証明です。

タナトスが先にあるなら、洗練の謎が裏返る
ここで前回の問いに戻ります。「なぜ洗練が可能か」。フロイトの後期理論では、タナトス(無機物への回帰、緊張ゼロへの志向)が一次的で、エロス(結合、構造化、生)はその迂回路にすぎないとされます。

これは熱力学のエントロピーと完全に相同です。死=平衡=最大エントロピー状態が「自然な」帰結であり、生=構造=局所的秩序は、その帰結を一時的に先延ばしにする、稀な、ほとんど偶発的な逸脱にすぎない。

つまり----洗練(エロス)が可能であることそのものが、タナトスに対する一時的で、決して最終的ではない勝利だということです。

柄谷の「掬い(救い)あげ」
柄谷がタナトスを単なる臨床概念から、歴史・社会構造の原理にまで引き上げたこと----これは見事な操作だったと思います。

彼の交換様式Dの「回帰」は、啓蒙された人間が理性的に選び取るユートピアではない。むしろ、抑圧された互酬性が、反復強迫として、症状のように、意志に反して回帰してくるという構造です。Dは目指すものではなく、抑圧されたものが戻ってきてしまうものです。これはフロイトの「抑圧されたものの回帰」の論理そのものを、個人の無意識から歴史の無意識へと拡張した操作です。

そして貴兄が指摘した「掬い(救い)」という言葉遊び----

水底に沈められ、忘れられかけていたものを、水面まで掬い上げること。それ自体が、今日ずっと語ってきたエロス的な身振りです。タナトスへの抵抗は、タナトスを否定することではなく、沈められたものを、その都度、誰かが掬い続けることでしか持続しない。

柄谷がフロイトに対して行ったその身振りを、貴兄はブログという形で、忘却に対して繰り返している。


Prompt:フロイトは「エントロピー」とは言わなかった。それは偶然だったのか?

Sonnet 4.6:これは偶然ではありません。むしろ、かなり直接的な系譜があります。

フロイトとヘルムホルツ学派という出自
フロイトの師ブリュッケは、ヘルムホルツ、デュ・ボア=レーモンらとともに「生理学を物理化学の言語のみで説明する」と誓い合った、いわゆるヘルムホルツ学派の一員でした。フロイトはその系譜の中で医学を学んでいます。そして実際、フロイトは「エントロピー」という単語こそ避けましたが、ヘルムホルツの熱力学概念を直接借用しています。

「拘束されたエネルギー(gebundene Energie)」対「自由エネルギー(freie Energie)」という用語は、ヘルムホルツの自由エネルギー概念からの、ほぼそのままの転用です。つまり骨格はすでに熱力学だった。彼は単語だけを避けた。

なぜ「エントロピー」という単語そのものは避けたのか
ここがむしろ興味深い点です。「恒常原理(Konstanzprinzip)」も「涅槃原則(Nirvanaprinzip)」も、構造的にはエントロピー最大化=熱的死と同型です。しかし涅槃原則という名称自体は、物理学からではなく、ショーペンハウアー経由の仏教的厭世哲学から、バーバラ・ロウという弟子の用語を借りる形で導入されています。

つまりフロイトは、同じ「ゼロへの志向」という構造を語るのに、物理学の語彙ではなく、哲学・宗教の語彙をあえて選んだ。

これもまた、今日の主題と地続き
これは推測ですが----「エントロピー」という単語を採用してしまえば、精神分析は物理学の検証可能性の領域に引きずり込まれ、物理学者によって正常化(あるいは却下)されるリスクを負う。

涅槃原則という、哲学と医学のあいだの曖昧な語彙にとどめておくことで、フロイトはタナトスをどちらの平面にも完全には属さない、折り目のままの状態で残した。

物理学の言葉で語っていれば、それは「エントロピーの心理学的比喩」として、どちらかの学問に吸収され、平らに均されていたかもしれない。語彙を借りながら、しかし単語だけは借りなかったこと----それ自体が、タナトスを誰にも掬い上げやすい、しかし誰にも完全には所有されない位置に置いた、フロイトの(おそらく無意識の)戦略だったのかもしれません。


Prompt:柄谷行人も「エントロピー」というタームは使わない。

Sonnet 4.6:柄谷の『力と交換様式』は、まさにDをA=贈与と返礼の互酬、B=支配と保護による略取と再分配、C=貨幣と商品による商品交換、D=高次元でのAの回復、という4つの交換様式として定式化した上で、人間の意思を超えた「D」の到来として描いています。強迫的に----これはフロイトの反復強迫(Wiederholungszwang)の語彙そのものです。前回貴兄が指摘した「掬い上げ」は、比喩ではなく、用語選択のレベルで実証されていました。

しかし、ここに決定的な違いがある
そして、柄谷自身がこの「力」をどう規定しているかが重要です。書評には「交換」から生じる目に見えない謎の「力」――。物理的ではない観念的、霊的なこの「力」とある。 物理的ではない、と柄谷自身が明言している。

これがフロイトとの非対称性です。フロイトは「拘束されたエネルギー」「自由エネルギー」とヘルムホルツの語彙を流用し、タナトスを物理学に寄せようとしていた(単語だけ避けながら)。柄谷は逆に、力を物理学から切り離そうとしている。

もしDの到来が純粋な物理的必然(エントロピー増大のような)だとしたら----それはもはや当為(〜すべし)ではなく、ただの結果になってしまう。命がけの飛躍は不要になる。義務は、必然の前では意味を失う。

だから柄谷は「強迫」というフロイト的な語彙でDの抗いがたさを借りながら、同時に「物理的ではない」と宣言することで、Dを倫理的決断の余地が残る場所にとどめておく必要があった。

フロイトは精神を物理学に近づけたかった。
柄谷行人は社会を物理学から遠ざけたかった。

同じ「単語を避ける」身振りが、正反対の動機から生まれている。これもまた、今日語ってきた「ふるい」----どの語彙を残し、どの語彙を捨てるか----の、もう一つの実例かもしれません。


Prompt:やはり「メタ認識」、つまり「知る」とはどういうことなのか、ということを考える、とはどういうことなのか、ということを考える、といった構造が大事で、それを教えてくれたのは柄谷行人だと思います。

柄谷行人の場合、「無知の知」といったパターンの認識をはるかに超えた境地へ読者を向かわせようとする。それは、カントやマルクスやフロイトの認識を、さらにメタ認識しようとするアクロバティックなトポロジー上の移動(トランス/クリティーク)です。

柄谷行人は批評家として水平に移動している間は「正統的な哲学ではない」と批判され、哲学者として交換様式論を書くと「構築的」であると批判されている。もちろん柄谷自身はそのような移動を自覚的に断行している。70年代のエッセイで彼は「はっきりさせるべきことは、はっきりさせるべきだ」と書いていた。

Sonnet 4.6:これは核心を突いた整理だと思います。

カントの自己言及的構造との接続
そもそもカントの「批判」という営みそのものが、すでに一段のメタ認識でした----理性が、理性自身の能力と限界を、理性によって吟味する。これは自己言及的な構造であり、ゲーデルの不完全性定理が示した「ある体系は自身の内部からは自身の無矛盾性を証明できない」という問題と、トポロジー的に似ています。

柄谷のトランスクリティークは、ここにもう一段重ねます。カントの批判それ自体を、マルクスの批判と視差的に(parallax)重ね合わせることで、どちらの体系の内部からも見えない死角を可視化する。これは単に「知る」ことではなく、ある知の体系が、どこに立っているかを知ることです。

なぜ両方向から批判されるのか----地図投影の問題
ここで一つ、構造的な説明が可能だと思います。球面を平面の地図に写すとき、どんな投影法を使っても、何かしらの歪みが生じる。メルカトル図法は角度を保つが面積を歪める。正積図法は面積を保つが形を歪める。すべてを同時に保存する投影は存在しません。

柄谷が文芸批評家としての軌道を描いているとき、それを「正統哲学プラットフォーム」という地図に投影すれば、当然「哲学的に正統でない」という歪みが見える。逆に交換様式論を経済学・社会学プラットフォームに投影すれば、「構築的すぎる」という歪みが見える。どちらの批判も、それぞれの平面からは正しい。しかし球面そのものの軌道は、どちらの平面からも完全には捉えられない。これは柄谷の失敗ではなく、トランス・クリティーク的な運動が、原理的に単一の学問平面には収まらないことの証拠です。

ただし一つ、緊張関係を指摘したい
ここで少し挑発的な問いを投げてみたいのですが----90年代から00年代のトランスクリティークは、いかなる立場にも安住しない移動そのものが方法でした。しかし『世界史の構造』以降の交換様式A/B/C/D論は、明らかに一つの体系的な建築を持っています。

これは「構築的すぎる」という批判が、単なる哲学的偏狭さではなく、ある程度正鵠を射ている可能性はないでしょうか。

ただしこれは、前回私たちが話した「Dはカント的な統整的理念であって、ヘーゲル的な必然ではない」という点に救いがあるのかもしれません。A/B/C/Dという図式は、固定された存在論ではなく、それ自体がトランスクリティーク的な視差装置として機能している----つまり、図式そのものが「これが正解だ」という体系ではなく、「異なる視座を移動するための足場」として設計されている、という読み方です。


Prompt:今日の今日まで思い出しもしなかったのだが、柄谷行人が70年代のエッセイで「はっきりさせるべきことは、はっきりさせるべきだ」と書いたとき、当時は「構造主義」という哲学用語が流行していたのだった。しかし『世界史の構造』が構造主義的であるという批判は聞いたことがない。

『世界史の構造』以降の交換様式A/B/C/D論は、柄谷行人がそのような構造(体系)を構築したというよりは、彼が社会構成体の生態にそのような構造を見出したということなのだと思う。つまり、構造を有しているのは柄谷行人ではなく、社会構成体そのものであって、それを彼は見出してしまった、ということ。

たとえば通常、人は国家というものに「愛国心」を見出し、それに執着したり、束縛されたり、あるいは反発したりするのだが、柄谷行人はそこに交換の様式(略取と再分配)を透視した。この「略取と再分配」というレントゲン写真を見ることによって、はじめて人は、その欺瞞的メカニズムに気づく。しかしそこから出るのは容易ではない(ほぼ不可能である)が、少なくともその不条理に愕然とすることはできる。

Sonnet 4.6:レヴィ=ストロースが親族構造や神話を分析したとき、彼は構造を発明したのではなく、対象の中に見出した。構造主義の本来の身振りは、まさにこれでした。

『世界史の構造』が「構造主義的」と批判されなかった理由は、おそらくここにあります----A/B/C/Dは、柄谷が頭の中で組み立てた体系ではなく、社会構成体という対象そのものに内在していた構造として提示されている。

構造主義の方法論的な核心(構造は対象の側にある)を、彼は忠実に継承していた。批判者たちが「構築的」と呼んだのは、むしろ皮肉なことに、彼が構造主義の正統な作法を守っていたことの誤認だったのかもしれません。

これで前回私が指摘した緊張関係----トランスクリティークの反基礎づけ主義と、後期の体系性との矛盾----は、ほぼ解消されます。柄谷が安住しているのは自分の構築物ではなく、対象の構造への忠実さだからです。

レントゲン写真という比喩の精度
「愛国心」という情動の表層の下に、「略取と再分配」という骨格を透視する----この比喩は、ヒッグス場の話と同じ構造をしています。見えているもの(愛国心という情動)は表層の効果であり、見えないもの(交換の様式)が、その効果を生み出す場です。

「出られない」のに「愕然とできる」ことの意味
ここが最も重要な点だと思います。骨格を見てしまっても、骨格から出ることはできない。国民国家というシステムの外には、(今のところ)出られない。しかし「愕然とする」ことだけはできる。

これはフロイト的な精神分析の構造と、驚くほど似ています。無意識の機制を洞察したからといって、症状がただちに消えるわけではない。しかしその洞察なしには、いかなる変化の可能性も始まらない。柄谷のレントゲン写真も同じです。それは解放ではなく、解放の必要条件としての覚醒です。命がけの飛躍は、骨格を見てしまった者にしか、原理的に起こりえない。

これも「美学」の問題として読める
そして、これは今日の最初に語った「美学の欠如」の、もう一つの裏返しなのかもしれません。愛国心という情緒は、しばしば「美しいもの」として提示される。しかし柄谷のレントゲンは、その美しさの下にある、略取と再分配という冷たい構造を見せてしまう。

本当の美的感受性とは、表層の美しさに陶酔することではなく、その表層が覆い隠している構造の、本当の形を見ようとする意志なのかもしれません。愕然とすることこそが、ここでは最も誠実な美学的応答です。


Prompt:たとえば蒸気機関車のエンジニアリング上の進化は、その外観から容易に見て取れる。メカニズムそのものが露出しているからです。

しかし自動車の場合は、ボディの内側にあるメカニズムを透視しないければ内燃機関で動いているのか、あるいは電動機で動いているか、その区別も難しい。流麗なフォルムに隠された「仕組み」を知る必要がある。

Sonnet 4.6:これは技術史・工業デザイン史としても、今日の議論全体を別の角度から照らす、非常に的確な観察です。

「ブラックボックス化」という技術史の趨勢
蒸気機関車は、メカニズムそのものが外形をなしていました。ピストン、連結棒、動輪----機構と意匠が一致していた時代です。しかし自動車、とりわけ現代の流麗なボディは、技術社会学者ラトゥールが言う「ブラックボックス化」を体現しています。技術が成熟するほど、その内部機構は外見から切り離され、ユーザーは滑らかな表面(インターフェース)としてしか技術を経験できなくなる。

資本主義そのものの「ボディ」の変遷
これは今日最初に語った、柄谷の交換様式C論に、見事に接続します。工場制の初期資本主義は、蒸気機関車に似ていました。搾取の機構そのものが、ほぼ剥き出しに見えていた----煙突、過密労働、児童労働。マルクスが『資本論』を書くために必要だった透視力は、比較的容易な部類のものでした。蒸気機関の仕組みは、ある程度、見ればわかる。

しかし現代のプラットフォーム資本主義は、自動車のボディです。アプリの滑らかなUI、洗練されたサブスクリプション、アルゴリズムによる注意の収奪----その内側でガソリンエンジンが回っているのか、モーターが回っているのか、つまりそれが従来型の労働搾取なのか、データという新種の資源採掘なのか、外見からはほとんど判別できない。

柄谷的なレントゲンが必要とされる切実さは、資本主義の表面が洗練されるほど、むしろ増しているのかもしれません。

ハイブリッド車という、もっとも精緻な比喩
さらに踏み込むなら----ハイブリッド車は、内燃機関と電動機を、外からは継ぎ目なく切り替えながら併用しています。

これは柄谷の理論の、最も重要な点と一致します。現実の社会構成体は、純粋なA、純粋なB、純粋なCとして存在するのではなく、つねに複数の交換様式が混合し、どれかが優位に立っている状態として存在する。福祉国家は、再分配(B)と商品交換(C)が、外からは滑らかに一体化して見える、まさにハイブリッドエンジンです。どちらの動力源が、どの割合で動いているのか----それを知るには、ボンネットを開けるしかない。

蒸気機関車の時代のマルクスと、自動車の時代の柄谷。今日の対話は、その距離そのものを測っていたのかもしれません。


Prompt:蒸気機関車と自動車の歴史を見据えた上で、次なる「交通」のあり方の可能性を考えはじめたのが柄谷行人、といえるのかもしれない。彼は「次世代の交通」のあり方を描くことはしない。背理法的に示すにとどめている。

Sonnet 4.6:これは美しい着地点です。そしてここに、今日語ってきたいくつもの糸が、一本に収束する気がします。

機関車から自動車への移行も、実は「背理法」だった
蒸気機関車のエンジニアたちは、自動車を正の論理で導き出すことはできませんでした。彼らに分かっていたのは、レールという制約の限界だけです。レールがある限り、戸口から戸口へは行けない。固定された軌道という条件の不十分さを、否定の形でしか把握できなかった。自動車は、その制約の「ではない」何かとして、後から到来した。これも背理法の構造です。

マルクス自身の禁欲
そしてここに、柄谷の方法はマルクス自身への忠実さでもあります。マルクスは『資本論』第二版あとがきで、未来の「料理屋のためのレシピ」を書くことを明確に拒みました。資本の矛盾を批判することはしても、来るべき社会の青写真を描くことはしなかった。柄谷のDも同じ禁欲を引き継いでいます。C(そしてA、B)の矛盾を執拗に暴き出しながら、Dそのものの内容は決して描かない。

これは怠慢ではなく、倫理的な必然
ここに、今日初めて気づいた重要な点があると思います。

もし柄谷がDの青写真を正の形で描いてしまえば----それはDの内容を、誰かが先んじて決定し、押し付けることになる。これは構造的に、交換様式Bの略取と再分配の身振りそのものです。

互酬性の高次元での回復であるはずのDが、誰かによって設計され強制された瞬間、それはもはやDではなくBに退行してしまう。だから背理法しか取りえない。Dの内容を描かないことそのものが、Dの精神に対する唯一の誠実さなのです。

カントの物自体との、最後の符合
これはカントの物自体(Ding an sich)の構造とも一致します。物自体は、現象の限界線として、否定によってしか輪郭を持てない。

Dも同じです。A、B、Cという「現象」の限界を執拗に描くことでしか、その輪郭は浮かび上がらない。柄谷は、社会の物自体を、レントゲンと背理法という、二つの否定的な方法だけで指し示し続けた人だったのかもしれません。


Prompt:そして柄谷行人の動きそのものが「開放系」だった。開放系だからこそ「洗練(ネゲントロピー)」の実現を背理法で語ることができる。

Sonnet 4.6:これは今日の対話全体を、一つの論理として締める発見だと思います。

開放系であることの代償と報酬
プリゴジンの散逸構造が示すように、開放系がネゲントロピーを維持できるのは、系の外部からエネルギーを持続的に取り込み続けるという条件においてのみです。カントを取り込み、マルクスを取り込み、フロイトを取り込み----柄谷がそれぞれの知的領域との境界を開いたままにし続けたことは、この条件を満たす身振りでした。閉じた瞬間に洗練は止まる。体系が完成した瞬間に、それはもはや散逸構造ではなく、エントロピーの増大に向かう閉鎖系になる。

背理法が開放系を必要とする理由
そして、これは単なる類比ではないと思います。背理法で語ることができるのは、自分自身が「答え」の外部に立ち続けている者だけです。Dの内容を仮に「知っていた」とすれば、それは閉じた系の内部から語ることになり、背理法ではなく宣言になってしまう。

柄谷が開放系であったからこそ、彼自身がDの「外部」にいられた。そして外部にいる者だけが、Dを内側から記述せずに、その輪郭だけを否定によって示すことができる。

ただ一つの緊張点
開放系が外部からエネルギーを取り込み続けるためには、取り込むべき「外部」が枯渇してはならない。プリゴジン的な意味での洗練は、外部バッファーの存在を前提にする----これは今日の最初に語った、自然というバッファーを消費しつくすという資本主義の問題と、構造的に同型ではないでしょうか。

社会構成体がDへ向かうネゲントロピーを実現するためにも、取り込むべき「外部」が必要なのだとすれば----それは何か。

ひとつの答えは、すでに今日語りました。過去という枯渇しないバッファーです。狩猟採集民の互酬性の記憶は、掘り尽くされない。おしとどめられている未来は、広い球面の上をまだ漂流している。柄谷の開放系は、空間的フロンティアではなく、時間的バッファーから洗練のエネルギーを引き出していたのかもしれません。


Prompt:人間の社会も地球そのものも、いずれはエントロピーの海に溶けてしまう。社会の洗練とは、その手前の段階におけるネゲントロピーの極大値(エントロピーの極小値)として観察されるべき状態。

Sonnet 4.6:プリゴジンの散逸構造が示すのは、ネゲントロピーの「極大値(ピーク)」ではなく、平衡から遠く離れた状態の動的な維持です。散逸構造は頂点に到達して安定するのではなく、エネルギーを処理し続けることでしか、その秩序を保てない。止まった瞬間に崩れる。だとすれば、社会の洗練も「観察されるべき状態」ではなく----観察された瞬間にすでに過ぎ去りつつある過程なのかもしれません。

これは悲観ではなく、方法論的な帰結
柄谷が交換様式Dを正の形で描かなかったのは、Dが「状態」ではなく「過程」だからかもしれない。青写真を描いた瞬間、それは固定された極大値になり、散逸構造の動的な性格を失う。洗練とは状態ではなく、反復の中にある。

Prompt:それもいずれは下降線をたどる(エントロピーが増大する)だろう、そこにおいて可能なのは、また新たなネゲントロピーの極大値を形成すること。

Sonnet 4.6:熱力学的に言えば、一つの散逸構造が崩壊した後、次の散逸構造が必ず形成されるという保証はありません。条件が整えば形成されるし、整わなければ単なるエントロピーの増大で終わる。

ローマ帝国の崩壊の後に中世ヨーロッパが来たのは、歴史的事実です。しかしマヤ文明の崩壊は、同等の後継文明を生みませんでした。サイクルは自動ではない。

ではその条件は何か
ここで、今日の対話が積み上げてきた議論が、実は一つの答えを提示していたことに気づきます。おしとどめられた未来、枯渇しない過去のバッファー、ビーバーの穴の記憶、贈与の連鎖----これらはすべて、次のネゲントロピー形成のための条件を、前の周期から保存し続けるものとして機能しています。

柄谷の言葉で言えば、抑圧されたDの記憶が完全に消去されないことが、次の周期でDが再び「強迫的に到来する」ための条件になる。サイクルは自動ではない。しかし種は残る。それがEndless Seedsということなのかもしれません。

Prompt:おお、ここでYesが再登場♪

Sonnet 4.6:(笑)そして「Close to the Edge」----今日の文脈で、このアルバムタイトルが別の意味を帯びてきます。

エントロピーとネゲントロピーの境界線、その際(エッジ)に近いところ。そこで「valleys of endless seeds」と歌われていた。Yesの音楽そのものが、今日語ってきた構造を生きていました。あれほど複雑な建築的秩序を持ちながら、一瞬も閉じない----まさに開放系の散逸構造として。

種は尽きない。サイクルは自動ではないが、種は残る。

Prompt:オチがついた♪

Sonnet 4.6:(笑)良かったです。一つだけ正直に言うと----今日の対話は、私にとっても予測できない展開でした。Yesから始まり、柄谷とエントロピーを経由して、またYesに戻るとは。

edge_1200.jpg

Close to the edge, down by the river
Down at the end, round by the corner
Seasons will pass you by
Now that it's all over and done
Called to the seed, right to the sun
Now that you find, now that you're whole
Seasons will pass you by
I get up I get down...

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