さよなら、サービス
しばらく前の話ですが、話題の映画「ソーシャル・ネットワーク」を見てきました。実はあまり期待していなかったのですが、見たらコーフン! サービスがワワワーッと広がっていくところや、多くの人々がそのスピードに飛び乗ったり振り落とされたりする様に、ワクワクしてしまいました。
特にワクワクしたシーンは2つ。
1つ目は、インターンを採用するときのプログラミング・バトル。
一定時間経過ごとに、ショットグラス1杯クイッ、コードを10行書くごとにクイッ。その様子はファイトクラブのようで、その場にいたら、絶対コーフンして声援を送っていただろうなーと思います。
2つ目は、ファイスマッシュをオープンしたとき。
社交クラブの華やかなパーティーの様子と、フェイスマッシュのリンクが次々と転送されてユーザーが刻一刻と増えていく様子を色気のない部屋でモニターごしに見つめる地味な青年たち。「おい、嘘だろ」「すげー、まじかよ」そんな声が聞こえてくるようでした。
ああ、わたし この気持ち分かるよ。
そう。実はわたしも同じような経験をしたことがあるのです。だから、彼らのあのときの胃が熱くなるような、音が遠くで聞こえるような、あの、あの感じが分かるような気がするのです。
それは、フェイスマッシュのオープンから1年経った2004年12月のことでした。アイティメディアが運営するサイトのひとつ、「@IT自分戦略研究所」の中の1コーナーとして細々と運営してきた「@ITジョブエージェント」というサービスを核に、「JOB@IT」というサービス中心サイトを立ち上げよう、というプロジェクトがありました。
わたしは同年4月にアットマークアイティ(現アイティメディア)に入社して8カ月が経ったところ。入社当時はWebサイトがどうやってできているのかが分からず、トップページのテキストを更新しようとしてレイアウトをグジャグジャにしてしまったり、「ピーブイ」「ユニークユーザー」などの基本的な用語も知らず、周りの人が外国語を話しているように聞こえていたものでした。
わたしの武器はたったの2つ。1つ目は人材ビジネスに関しては、社内の誰よりも知識と経験を持っていたこと。2つ目は、Webの知識が無いがゆえにユーザー感覚を持ち合わせていたことでした。
JOB@ITのメインサービス@ITジョブエージェントは、ITエンジニアが自分のキャリアやスキル情報を登録し、転職先を見つけたり、転職先(を手配してくれる会社)に見つけられたりするサービスです。当時は「ユーザーインタフェース」という言葉も知らなかったけれど、「どのページに居ても、自分のステイタスが確認できるようになると便利だな」と、右サイドに操作盤(「コントロールパネル」と名付けた)のようなものを付け、ページ間の異動を楽にしたり、現在の自分の状況がすぐに分かるようにしました。
システムの詳しいことはなんだかよく分からないけれど、「データベースということはAccessと一緒だな」と考え、お客様である人材紹介会社のキャリアコンサルタントの方々と話し合って、「ITエンジニア年収査定」というサービスも作ることにしました。
これは、登録ユーザーが開発言語や保有資格、マネジメント経験などを入力して「年収査定カモーン」とフラグを立てると、データベースの向こう側にいる最低1社~最大20社(当時)の人材紹介会社のキャリアコンサルタントが“人力”で年収査定してくれるというサービスです。いやなに、わたしがこのサービス欲しかったのです。当時、こんなのなかったから。
これらの発想(思いつきともいう)を、外部設計書に落とします。もちろん、そんなものを作るのは初めてです。しかもわたしはパワーポイントなどで図を作成したことさえありません。木をこすって火をおこす原始人のように、ひたすら○やら□やらを駆使して、こういう画面にしたいというもの(を、幼稚園児がクレヨンで画用紙に書いたようなもの)を書き、各ボタンの振る舞いなどを吹き出しで追加していきます。吹き出しが盛大に盛り込まれた画面図と、(折れ線の書き方を知らなかったので)直線とフリーハンドで書いた線でつながった画面遷移図の束を開発を担当してくれるプログラマーに渡したとき、彼が「ひゅっ」と息を飲んだのを忘れることはできません。
それから、鼻血を出して倒れたり、プログラマーを倒してしまったり、いろいろなことがありましたが、なんだかんだで開発は完了し、サイトオープンの日がやってきました。
「はい!」「はい!」
まずは、同僚(当時。今は役員になった)のKさんと声をかけあいながら、htmlページを本番に転送し、確認していきます。これは記事をあげるのと同じ作業。ただ、量がメタクソ多いだけです。
続いて、肝心のサービス。
技術部のTさんが「いくよ」と静かにつぶやきながら、プログラム部分を本番に転送していきます。「○○部分、表示確認しました」「ログイン動作OKです」部員総出でチェックをしたあと、静かにサイトはオープンしました。
初めてのサイトのオープンは案外静かなものでした。
テストサーバにあったものが本番に移動したというだけで、特に見た目に変化はありません。さっきまで息を詰めて作業をしていたのが嘘のようです。「メール配信しますねー」と言うマーケ担当のIさん(その後、母になりました)に「はいはいー」と半ば気が抜けた状態で応え、@ITにID登録している全読者にメールが送られたことを確認します。
「何だ、こんなものか。」安心したような残念なような気持でしばらくボンヤリしていたわたしが異変に気づいたのは、それから数分後のことでした。
!!!!!
「新規登録、ありがとうございます」「年収査定サービスご利用、ありがとうございます」続々と届くメールのタイトルの塊がリロードするたびに、どおおおおおっと私のメーラーに押し寄せてきます。新しいサービスに興味を持ってくれたITエンジニアたちがこぞってプロファイルを登録し、サービスに申し込んだ、そのメールのBccがわたしにも届いていたのです。
登録者がものすごいペースで増えていくのを唖然と眺めているうちに、「やった、成功したんだ、うおーっ、うおーっ、うーおおおおぉおぉぉ!」とこみ上げたあの気持ち、忘れることはできません。そして、マーク・ザッカーバーグたちがあの日、どんな思いでフェイスマッシュのモニターを見つめていたのか、ちょっとだけわたし分かるんです。
そのJOB@ITが、2月末で終了することになりました。
あの@ITジョブエージェントも、ITエンジニア年収査定も終了です。異動で担当を離れて3年。サイトを見る機会も減っていましたが、わたしにとっては可愛い可愛い我が子のようなサービスたち。淋しいけれど仕方がないね、ものごとには必ず終わりがあるんだもの。
さよなら、サービスたち
そして、お疲れ様でした。
ちなみにオルタナブロガーの青山青年は、「ソーシャル・ネットワーク」の「僕は広告獲得のために、寝食けずって頑張ったんだ」と訴えるエドゥアルドが、マークに「で、結果は?」と言われたシーンにグッ(というか、ウッ)と来たそうです。印象に残るシーンは人それぞれなのだなあ。