キッズデザイン、と大人のモノづくり
デザインやモノづくりの分野の一部では、キッズデザインについて注目が集まっています。研究会が立ち上がったりする中で、集う人々それぞれに思いがあると思いますが、私はこう考えています。「子供に使いやすいデザインは、大人にも使いやすいデザイン。喜ばれるモノづくりをするため、楽しさや安全性やわかりやすさ、たぶん、創造性も、デザインの中に色濃く取り込むきっかけになれるのではないか」と。
そういう研究会が宮城にもあるのですが、その場に先日、講師として、ラボラトリー株式会社(所沢市)社長、田中英一さんが、来てくださいました。同社は、ファーストスプーン(離乳食用木製さじ)でキッズデザイン賞を受賞されている木工素材によるモノづくりをされている企業です。
ファーストスプーンは、最初に子供にご飯を食べさせる「お食い初め(おくいぞめ)」用のスプーンで、とても暖かい、有機的な形をしたスプーンです。首をもたげたネッシーのような形状をしています。
持ち手の所は肉厚でしっかりと重さがあり、スプーンの先は底面が丸く厚みがあり、スプーンとしてのくぼみはほんの少しだけです。
持ち手の部分を持ってみると、すっと手になじむ形です。持ち手の部分に重要量感と太さがあるので、重心が掌の中にはいり、とても安定した動作が行えます。握った手の親指の延長上に3センチぐらいの所にスプーンの先端がきます。下に向かってスプーンの首が下がっているので幾分手首を起こし気味にしてものをすくいあげるようになります。この有機的な形はすっと動かしやすく感じます。
重心が掌の中にあることで、子供の口に向かってスプーンを運ぶ時にもコントロールしやすく、またスプーンのくぼみが浅いことで唇の筋肉が未発達な幼児でもきちんと口の中に食べ物を残すことができるそうです。(通常のくぼみがあるスプーンでは、くぼみの中の食物はうまく取れずにスプーンに残ってしまうそうです。そういわれてみると、確かにうちの子の時に食べさせるときもそうでした。)
このネッシーの首のような形状と重心バランスは、スプーンを置いた時に、先端がテーブルに付かないという良さも有しています。通常のスプーンは裏返しておいたときに先端に近い首の部分が設置してしまい机に食べ物が付いてしまいますが、これは重心が、持ち手の太い部分にあるので持ち手だけが設置します。
何度も何度も、持ちやすさや口への運びやすさを試してこの形状が出来上がったそうです。
さらに、表面の加工にもよく考えられた素材が使われています。木をそのままに使うとすぐに悪くなるので、通常は木製食器には、樹脂系のコーティングがなされるところを、このスプーンは口に入っても安心な素材をしみこませてコーティングしているそうです。その結果、大人が使うような長い耐久性はないとしても、子供のお食い初めから、次の食器へ移行する期間はもつそうです。
私は、自分の子が歯固めをする時期に、樹脂のスプーンなどがぼろぼろになっていくのをみて、子供にとってこのスプーンはわるくないのだろうか、と思ったことがありますが、こういうスプーンであれば、ぼろぼろになっていくときに、素材的にも口の発達的にもよさそうに思いました。
また、田中さんがテーブルに面白いものを置いていました。
掌と同じぐらいのこの小判のようなもの、一体なんだろう、とおもっていました。名刺交換の際に伺ってみると、これは、
スプーンの先端の部分を模した模型だそうです。「幼児の口」と「大人の金属のスプーン」の大きさの比率を、「大人の口」と「この模型」の比率が同じだそうです。これを自分の口に近づけてみると、幼児の目には、迫ってくるスプーンがどう見えるかをすぐに理解することができます。
この工夫は、講演で人に見せるときにも、開発チームの中で体験を共有させるときにも、とても有効なものであり、私はとてもこのことも心に残りました。私たちのチームでは子供の手の平の大きさに合わせたカードを作ろうとしているのですが、子供の手のサイズと大人の手のサイズの違い、握力の違い、などを鑑みて、そのスケールで拡大したカードを用意することで、「子供にとって大きすぎる、扱いにくい道具である」かどうかを、大人にも体感できるのだろう、と思いました。
他にもさまざまなお話をしていただきました。鞄屋さんとコラボで作っている限定品のお話や、線感度スプーンという、子供が自分で使い始める時期のスプーンのお話も、講演の中でしていただきました。
セカンドスプーンは大人でも欲しいなぁと思うものでした。
普通のスプーンのようにも握ることができます。形状も優しいアールが付いていて持っているのが楽しくなるようなデザインです。
そして、側面にも絶妙な太さとアールが付いていて90度ひねって持つこともできます。
これは、簡単なようでいてとてもよく考えられている形状であることをしばらく触ってみて感じました。えを太い角柱のようにすれば、理屈としては、90度ひねってももてるスプーンになりますがそれではどちらのむきに握っても下側が大きすぎて握りにくいものです。またえを円柱のようにすれば90度ひねってももてるスプーンになりますが、それでは強い握力が必要な、持ちにくいスプーンになります。手の特性を考えると「ある程度太い」と同時に「平らな面がある」という形状が好ましく、これはその特徴を兼ね備えています。また、いたずらに裏向きに握ろうとすると、握りにくいので、使い手は自然と正しい面を上にして握ることになります。指の腹がすっとそこに吸い付くような絶妙のアールがついていて、握ることが疲れない、心地よくなるスプーンでした。
また、講演の中ではお椀も作ったというお話もされていました。三角柱のような形状のお椀で、角は丸く加工してあるそうです。この形状は実は子供にとても使いやすいそうです。大人が使う丸いお椀を、子供がしょっちゅうひっくり返していますが、お椀の足の形状は倒す力に対して不安定な形をしています。下まで寸胴な形であることで倒れにくくなるそうです。また丸いふちからおつゆを飲もうとすると、唇をそっと添えるようなしぐさが必要ですが、子供の口の発達度合いからいってそれは大変なのだそうです。三角の先端に少し丸みをつけ、哺乳瓶の乳首から吸うような感じで汁を吸うことができるようになるそうです。
この点についても、非常に、はっとさせられました。大人が当たり前に使っているものが必ずしも使いやすいものではないのだと。また、哺乳瓶から食器に移行する乳幼児期には、それまでの形状デザインを踏まえつつ移行するということも使いやすさにつながる、ということ。この点は、新製品開発の中の事例にも似た示唆があり、しばらくその本質について考えていました。その事例とはエジソンの電球がドミナントデザインを意識してガス灯の中に設置するような形状を当初とっていた、というものです。エジソンの電球は当時革命的であったのですが、既存のインフラであるガス灯を無視して性能が最高に発揮される使い方を提案するかわりに、既存のインフラの中に埋め込まれるような形で電球の初期の普及を成し遂げています。幼児が身体的に成長することと、社会が新しい技術・デザインを受容していくことでは、意味が違いますが、なにか、生き物の発展の中に存在する本質として似たものがあるような気がしました。
このほかにも田中さんには様々なことをお話していただきました。楽しい話かたと豊富な事例、そして非常に科学的なまなざしでブラッシュアップをしていく姿勢など、多くのことを教えていただきました。ありがとうございます。
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ラボラトリー株式会社
キッズデザイン賞