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商社マンの営業として33年間(うち海外生活21年間)、国内外で様々な体験をした。更に、アイデアマラソンのノートには、思いつきを書き続けて27年間、読者の参考になるエピソードや体験がたくさんある。今まで3年半、ITmediaのビジネスコラム「樋口健夫の笑うアイデア動かす発想」で毎週コラムを書き続けてきたが、私の体験や発想をさらに広く提供することが読者の参考になるはずと思い、ブログを開設することにした。一読されれば「読むワクチン」として、効果があるだろう。

お願いだから結末まで見せてくれ

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飛行機搭乗珍体験集
お願いだから結末まで見せてくれ

 飛行機の楽しみの一つは最新の映画だ。

 例えば成田からバンコクまでのフライトは6時間45分。このフライトでは、最新映画を2本見たい。3本見ることもできるが、目が疲れるし、機内では他にもしたいことがある。機内は最適の発想の場所だから、アイデアマラソンをする。
飛行機に座った途端から、私はノートを取り出して、アイデアマラソンをすごい勢いで開始する。映画を見たいからだ。
 アイデアマラソンとは、毎日、何かを考えてノートに書き留める習慣だ。私の場合は、1984年から開始して、過去28年ほど継続してきて、この12年間、毎日最低50個の発想を書く。所要時間は平均で2時間45分。

 急いで発想を考えるのは、終わった後、映画を見たいからだ。バンコクまでの便では、搭乗着席して、離陸するまで半時間、飛び上がってシートベルト着用のサインが消えるまで15分から20分。この間に一時、眠気を誘われて、うとうとすることもある。サインが消えれば真っ先にトイレに行って、席に戻り、また発想を書く。
ゆっくりと飲物が配られ、食事が出て、免税品の販売が終わるまで、で、約1時間半。食べた機内食事のトレイの上に、ノートを支えてでも、私は発想を書き続けている。脳は必要に応じて発想を出す。
離陸から約2時間半。50個の発想を書き終えて、急いでヘッドセットを取り出して、新作の映画を見始める。

 ジャンボや旧機種の飛行機では、何十人の乗客が薄暗くなったプロジェクターの画面から同じ映画を見る。これには何も選択の余地がない。一時期の座席画面の機種ではみんなが一定の進行中の映画を見るようになっていた。
最新機種の777では、各席の背にテレビ画面が付き、各自が好きな時間に好きな映画を呼び出して見ることができる素晴らしい状態になった。

ただ、エコノミーの画面は多少小さいがそんなことは、料金と納得の上だ。飛行時間に応じて映画を見ることになる。成田からバンコクやシンガポールは、十分に見ることができるが、成田から韓国の釜山となると、1時間40分ほどで、大韓航空ではテレビ番組で対応して、楽しみは減る。微妙なのは成田から韓国のインチョン空港までのフライトだ。

 2時間10分ほどのフライトで、90分ほどの映画であれば見られないことはないが、機上の映画には様々な限界と制限と中断・再開がある。飛び立つ前に映画が始まる訳ではない。まず安全基準から、シートベルトの締め方から海の上に着陸した場合に、いかに飛行機から脱出するかの手続き。それらが終わると、飛行機は通常、滑走路の端に向かう。

ANAの場合は、離陸の迫力ある光景を見せてくれるので、これはこれで飛行機との一体感があって面白いが、映画はまだ始まらない。離陸してどんどん高度が上がり、シートベルト解除となってもまだ映画が始まらない。

「こ、これじゃ、途中を早送りする以外に方法がない」と見ていると、飲物を配り始めて、まだ始まらない。貴重な上演時間は刻々と削られていく。食事の配布が終わると、ようやく映画が始まった。航空会社によっては、新しい一本の映画を見る度に、毎回長い決まったコマーシャルを見せるのでコマッタ。

 やっと映画の上演が始まったが、様々な困難を乗り越える。機長のご挨拶「操縦室より...」がある。その後は各国語に翻訳されていく。その間、もちろん映画の画面はフリーズしたまま。

 ようやく再開されて、しばらくすると「免税品の販売...」と再び横やりのアナウンス。もうここまでくると、成田―インチョンまでなら半分に近づいている。

 こちらは、必死になって画面にぶら下がっている。もちろん単なる風景などは、どんどん早送りするが、下手をすると、終わりまで早送りしてしまい、また最初のコマーシャルから見なおしするという最悪の事態。焦れば焦るほど、映画はブチブチになり、もうこうなったら、大半を推測と偏見で見る以外に方法はない。

「死亡フラグ」(この言葉や行動を言えばこの役者は死ぬ)や「生存フラグ(この言葉や行動を取っていればこの役者は生き抜く)」のノウハウを駆使して、ストーリーを追っていると、追い打ちを掛けるのは、
「免税品の販売は、後10分ほどで終了...」を各国語。

途中で乱気流が予想されれば、「ただいま、シートベルト着用のサインが...、乱気流が予想されます」などと、更に親切。もう映画は脳梗塞状態だ。ほんの少しでも揺れると、「皆さまただいま、乱気流の中を...、運行には全く差し支えありません」
「あと、10分ほどで、インチョン空港着陸のために、シートベルト着用のサインが点灯されます、洗面所のご使用は早目に...」と非常に親切な案内を3ヶ国語で説明してくれる。

 そう言われれば、トイレの一つも行きたくなるのが人情。その間、ストーリーはどうなるかを考えながら、トイレの順番を待つ。
席に戻ったら、大幅に早送りして、さっさとハリウッド式の最後の土壇場のびっくりクライマックスを見ようとしていたら、
「皆さま、ただいまを持ちまして、機内映画の上映は終了いたします。ヘッドセットの回収を始め...」
「な、なんだ。絶対的に映画1本を観ることは、初めから不可能ということなんだ」と、がっくりとしてしまう。残りのストーリーを観に、映画館に行くことになるのか。永遠の予告篇ということだ。

 成田からインチョンまでデルタ航空に乗った時のことだ。

飛行機がターミナルを離れた途端に、映画の上映が始まった。
「おお、この会社は、姿勢が違う。腰が入っているな」と、さっそく映画を見始めた。
「アイアンマン2」映画館に行くことはないが、機内なら上等だ。

 離陸する前の、キャビンアテンダントに「総員席に付け」、「まもなく離陸いたします」も短い。「いいぞ、いいぞ」と見続けた。
フライトの途中は、やはり同じようないくつかのアナウンスメントがあって、どんどん時間が削られていく。(この残り時間であれば、やはり着陸20分前に終わるのか。そうすると、最後の典型的ハリウッド映画クライマックスの闘いは、観ることが不可能なんだ...。ソウルで最後の画面だけを観るために映画館に行くかな)と考え始めて、残りを観ていた。

シートベルト着用のサインが出ても映画は続いていた。着陸態勢に入っても、ゴーという音と同時に車輪がゴトンと出ても、まだ機内映画は続いている。

 どんどん高度が下がって、下の風景がどんどん大きくなっていったが、まだ機内映画は続いている。
(これは映画を切り忘れたんだ)映画も残り10分ほどと予想された。それだけに最後の戦いが今、画面で始まりかけていた。
 周辺の建物、滑走路が見えてきた。

「おおっ、着陸するまで映画をやっている。これは初めての体験だ。私は映画に食い入った。とうとう飛行機が着陸した。まだ映画が続いているではないか。これは感激して涙が出てもおかしくない。

 着陸したというアナウンスが画面を停める。終わったら、まだ映画が続いている。もう飛行機は滑走路からターミナルに移動している。それでも映画が続いている。

「こ、これはすごい。デルタエアーは、恐るべし。あなどれないサービスだ」、もう映画では最後の戦いの最後の数分間に入った(ように見える)。映画が終わるか、飛行機がターミナルに着くか。

 先に飛行機がターミナルに到着してしまった。ところが座席の映画はまだ続いているではないか。信じられないことだ。現代の奇跡だ。
「ピーン」と鳴って、シートベルト着用のサインが消えて、エンジンが停止したにも関わらず、映画はまだ続いている。
「すごい、すごい」と、私は頭上の鞄を、ヘッドホンを付けたまま、映画を観ながら、下におろした。映画はいよいよ終わりの1分を切った。

 乗客は全員席を立って、荷物を持っている。それでも映画は続いている。前方の乗客が降機で動き出した。映画は最後の最後だ。私も動き出した。まだ上映しているではないか!さすがヘッドホンは付けづに、歩きながらの座席の画面を追う。何と言うこと!
 ビジネスクラスのカーテンが開く直前で、映画が終わった!すごい、信じられない。感激に涙を出しても良かったほどだ。

 操縦室の外には、デルタエアーの米国人の年配(失礼!熟練の)機長が、にこにこ笑って立って、乗客の降りて行くのを見ていた。
 私は出る前に、握手をしてきた。このサービス精神、プロ精神は!



教訓 映画を見せられるようになっているなら、見せて欲しい。料金に入っているのだろうから。同じ成田ーインチョンの区間で、大韓航空では、映画は初めからギブアップしている。見せるなら、徹底的に見せて欲しい
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