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【2026年米中間選挙】私たちは本当に、若者の未来を応援しているのか――2026年米中間選挙から考えたこと

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投票箱に一票を投じる様子。私たちが選ぶ未来を象徴する画像
投票は、勝者を選ぶだけの行為なのでしょうか。 私たちがどんな未来を望み、次の世代にどんな社会を手渡したいのか。その問いを考えるきっかけにもなるはずです。
※写真は投票を象徴するイメージです。

2026年11月3日の米国中間選挙を見ながら、私の心に浮かんだのは、もう一つの問いでした。

私たちは本当に、若者の未来を応援しているのだろうか。

「頑張ってほしい」「地域を担ってほしい」。そんな期待には、故郷を愛し、次の世代に希望を託したいという大人たちの温かい思いがあります。しかし、その期待と、若者自身が望む未来を応援することは、本当に同じなのでしょうか。

私たちは、若者に未来を託す前に、若者が自分の未来を描ける社会をつくっているでしょうか。

そんなことを考えるきっかけになったのが、政治的には異なる立場にいる二人のアメリカ人の人生でした。

クローゼットの中に置かれた、小さなベビーベッド。名門大学に入ったものの、食事会のテーブルマナーがわからず、恋人に助けを求めた青年。

一見、関係のなさそうな二つのエピソードです。しかし、そこには、人の可能性を開く愛情と学びについて、大切な共通点がありました。

一人は、テキサス州の連邦上院選挙で勝利した民主党のジェームズ・タラリコ氏。もう一人は共和党のJ.D.ヴァンス副大統領です。まずは二人の物語から始めたいと思います。


1.クローゼットに置かれた、小さなベビーベッド

2026年11月3日、テキサス州では民主党のジェームズ・タラリコ氏(37歳)が共和党のケン・パクストン氏に勝利しました。民主党候補が同州の連邦上院選挙に勝つのは1988年以来、38年ぶりです。生活費への不満、候補者の評価、党内事情など、多くの要因が重なった結果であり、単純に「共感の政治が勝った」と断定することはできません。

それでも、私が強く心を動かされたのは、タラリコ氏が勝利演説で語った母親の話でした。

母親は若くして故郷を離れ、アルコールの問題を抱え、暴力を振るうこともあった夫から、幼い息子を連れて離れました。荷物を小さなフォード・エスコートに積み、自分が働いていたホテルへ向かい、支配人に一時的に泊めてほしいと頼んだそうです。

やがて見つけた小さなアパートには、赤ちゃんのための部屋がありません。母親はクローゼットにベビーベッドを置き、写真やおもちゃで飾りました。そして、その小さな空間を子ども部屋として誇りに思っていたといいます。

立派な部屋を用意できなくても、少しでも安心して眠れる場所をつくりたい。私は、そこに母親の深い愛情を感じました。同時に、彼女の願いを聞いたホテルの支配人も忘れられません。人生を支えるものは、家庭の中の愛情だけではないのです。

タラリコ氏はその後、公立中学校の教師として、教育機会の格差に直面する子どもたちと向き合います。誰もが同じ条件で努力できるわけではない――その現場での経験は、彼の教育政策への関心にもつながっています。

努力する力がないことと、努力できる環境がないことは、同じではありません。

本人の声を聞く|タラリコ氏の勝利演説

CNN:タラリコ氏の勝利演説をYouTubeで見る
CNN:タラリコ氏の勝利演説
母親とクローゼットのエピソードは、演説の前半で語られています。

演説全文(英語・Rev) / 母親への思いを記した本人の文章

2.イェール大学で、テーブルマナーも知らなかった青年

もう一人、J.D.ヴァンス氏の生い立ちにも目を向けてみたいと思います。オハイオ州の工業都市ミドルタウンで育った彼は、母親の依存症、家庭の不安定さ、地域経済の衰退を経験しました。その生活を支えたのが、愛情深く、ときに厳しい祖母「マモー」でした。

海兵隊を経て大学に進み、やがて名門イェール大学ロースクールに進学。その半生を描いた著書が『ヒルビリー・エレジー』です。

私がこの本で忘れられないのは、彼がイェール大学へ入学した時点で、自分が「知らなかったこと」を率直に書き並べた場面です。

『ヒルビリー・エレジー』より――彼が「知らなかったこと」

  • 仕事の面接に行くときには、スーツを着る必要がある。
  • ただし、そのスーツは、大人のゴリラが着られるほど大きなものであってはならない。
  • テーブルの上のバターナイフは、たんなる飾りではない(とはいえ、バターナイフを使うより、スプーンや人さし指を使ったほうが、万事うまくいく)。
  • 合成皮革と本革は、ちがう素材である。
  • 靴とベルトは、色と素材を合わせる必要がある。
  • 一部の都市や州では、よい仕事が見つかりやすい。
  • よい大学に進学することには、「自慢ができる」以外にもメリットがある。
  • 金融とは、実際に人が働く業界でもある。

出典:J.D.ヴァンス『ヒルビリー・エレジー』関根光宏・山田文訳、光文社(ご提供の邦訳資料より引用)。

いま、世界の超大国の副大統領を務める人物が、若き日の戸惑いをこれほど素直に記している。その率直さに、私は親しみと敬意を覚えます。ここで笑いたいのではありません。「当たり前」の知識が、誰にとっても当たり前ではないことに気づかされるのです。

実際、法律事務所の採用担当者との食事会で、並んだ食器の使い方がわからず、彼は席を外して、後に妻となるウーシャさんに電話で助けを求めました。知らないことを「知らない」と言える。困ったときに誰かに尋ねられる。そして、その問いに応えてくれる人がいる。そこには学びを支える関係がありました。

ヴァンス氏の人生は、本人の努力の物語であると同時に、祖母や教師、友人、メンターとの関係を通じて、世界が広がっていく物語でもあります。

書籍『ヒルビリー・エレジー』邦訳版の書誌情報

本人の声を聞く|副大統領になる前のヴァンス氏

TED公式:America's Forgotten Working Class(2016年)をYouTubeで見る
TED公式:America's Forgotten Working Class(2016年)
貧しい地域に生まれた子どもたちの将来や、希望をどう支えるかを語っています。

政治的な賛否とはいったん切り離して、一人の青年が何を経験し、何を学んできたのか。その声を聞くと、違った景色が見えるかもしれません。

3.人生を左右する「見えない資本」

二人の困難は同じではありませんし、その後の政治的な信条や政策も異なります。それでも、母親、祖母、そして周囲の人々の存在を考えると、共通する問いが浮かんできます。誰かが自分を信じてくれることは、人生をどれほど変えるのだろうか。

ヴァンス氏が著書で取り上げたソーシャルキャピタル(社会関係資本)は、人と人とのつながりや信頼、そこから得られる情報や機会などを指します。また、服装やテーブルマナー、大学や職業の価値についての知識は、社会学でいう「文化資本」にも関係します。

2022年、科学誌『Nature』に掲載されたラジ・チェティ氏らの研究では、経済階層の異なる人々とのつながりが多い地域ほど、所得の上昇移動が大きい傾向が示されました。ただし、これは関連を示す研究であり、知り合いを増やすだけで格差がなくなるという意味ではありません。

選択肢が存在することと、その選択肢を自分の未来として想像できることは、同じではない。

知らない仕事は、目指しにくい。身近に前例がなければ、自分にもできると想像しにくい。相談できる人がいなければ、勇気を出して一歩を踏み出すことも難しいでしょう。

では、教育とは何でしょうか。知識や正解を渡すことだけではなく、「そんな未来も、自分には選べるのかもしれない」と気づく機会をつくることも、教育の大切な役割ではないでしょうか。

研究原著:Chetty et al., Social capital I(Nature, 2022)

4.『Friday Night Lights』が描いた、地域の光と影

この問いを、もう一つの作品がさらに深めてくれます。H.G.ビッシンジャーのノンフィクション『Friday Night Lights: A Town, a Team, and a Dream』です。1990年に出版され、テキサス州オデッサの高校フットボールチームと地域社会を描きました。

石油産業の好不況に揺れる町。経済格差や将来への不安。それでも金曜日の夜になると、人々はスタジアムに集まり、若者たちへ大きな声援を送ります。地域の誇りが、若者を支える。そこには共同体の温かな力があります。

しかし、この本が描くのは美談だけではありません。有望選手ブービー・マイルズは大きな期待を背負っていましたが、膝を負傷して活躍できなくなると、周囲の関心や態度は変わっていきます。

私たちは、その人自身を応援しているのでしょうか。
それとも、自分たちの期待する結果を出してくれる、その人の姿を応援しているのでしょうか。

もう一人、クォーターバックのマイク・ウィンチェルにも考えさせられます。名門ブラウン大学から関心を寄せられても、遠い東部の大学は、彼が思い描いてきた世界からあまりにも離れた存在でした。ここにも「選択肢がある」と「自分にも選べると思える」の距離があります。

『Friday Night Lights』は2004年に映画化され、日本では『プライド 栄光への絆』として知られています。その後、舞台や登場人物を再構成したテレビドラマ版も制作されました。原作・映画・ドラマは別の作品ですが、地域の期待と若者の人生が交わる物語という点で、響き合っています。

映像で感じる|『Friday Night Lights』の世界

関連予告編①(ご提供いただいた映像)をYouTubeで見る
関連予告編①(ご提供いただいた映像)
原作・映画・ドラマの世界観を考えるための参考映像です。
関連予告編②:テレビドラマ版『Friday Night Lights』をYouTubeで見る
関連予告編②:テレビドラマ版『Friday Night Lights』
チームと地域の関係が、映像から伝わってきます。

原作『Friday Night Lights』25周年版・出版社の書籍紹介

歓声の中心にいるのは、勝敗のための「人材」ではなく、一人ひとりの人生を持つ若者です。そこに目を向けると、作品の印象も少し変わってくるように思います。

5.私たちは、若者の未来を応援しているのだろうか

ここからは、少し日本の地域社会へ目を向けてみたいと思います。人口減少、高齢化、若い世代の都市部への流出。地域の未来を思う大人たちは、よく「地域を担う人材を育てたい」と語ります。その願いには、故郷を大切にする気持ちがあるのでしょう。

でも、善意だからこそ、立ち止まって考えたいことがあります。

私たちは、若者の未来を応援しているのでしょうか。
それとも、若者に地域の未来を背負ってもらおうとしているのでしょうか。

地域に残る。外へ出る。いつか戻ってくる。遠くから関わり続ける。どれも、その人が選べる未来であってほしい。地域を愛することと、ずっと同じ場所に住むことは、必ずしも同じではありません。

若者が外へ出ていくとき、「残ってほしい」という気持ちが生まれるのは自然なことです。しかし、その人がまだ知らない世界に挑戦する姿を、心から応援できるでしょうか。自分たちの望む進路とは異なっていても、その人の選択を尊重できるでしょうか。

そして、そもそも若者には、将来の選択肢が十分に見えているのでしょうか。地域にどんな仕事や生き方があるか。地域の外にはどんな世界が広がっているか。大人との出会いが、それを知る窓になっているでしょうか。

若者が地域を好きになるために、まず自由に未来を描ける環境をつくる。 そんな順番があってもいいのではないでしょうか。

この問いは、地域づくりだけでなく、家庭にも、学校にも、企業にも通じます。子どもや学生、部下の「ためを思って」かける言葉が、いつの間にか、私たち自身の期待を押しつける言葉になっていないか。私も自分への問いとして持ち続けたいと思います。

6.主体性は、一人で頑張り抜くことではない

私が大学や企業での教育・人材育成に携わる中で、大切にしてきた考え方の一つがAgency(主体性)です。OECDの「Learning Compass 2030」では、学び手が自ら方向を見いだし、考え、選び、責任を持って行動することが重視されています。

ただし私は、主体性を「一人で何でもできること」だとは考えていません。

「主体的に行動しなさい」と求めるだけで、主体性が育つわけではない。

自分の考えを安心して話せる。知らないことを尋ねられる。失敗しても次の挑戦につなげられる。必要なときには誰かが助けてくれる。そんな関係と環境があってこそ、人は自分の可能性を信じ、一歩を踏み出せるのではないでしょうか。

OECDは、AgencyとともにCo-agency(共同エージェンシー)も重視しています。教師、保護者、仲間、地域の人々との相互的な関係の中で、学びや行動が生まれるという考え方です。

タラリコ氏を支えた母親、ヴァンス氏を支えた祖母。彼女たちの愛情は、二人に代わって人生を選ぶことではなく、自分の道を歩めるように支える力になったのかもしれません。一方で、『Friday Night Lights』には、地域が若者に期待を寄せるあまり、選択肢を狭めてしまう姿も描かれていました。

人を支えることと、人を自分たちの期待どおりに動かそうとすることは、違います。

自分の人生のハンドルは、自分で握る。でも、一人で運転しているわけではありません。誰かに道を教わり、ときには助けを借りながら進んでいく。それが、私の考えるAgencyとCo-agencyの姿です。

ヴァンス氏のテーブルマナーの戸惑いも、学びの一つの形を示しています。知らなかったことに気づく。助けを求める。新しい世界を理解し、次の行動を変える。そこには、自分の知識や見方を問い直す「メタ認知」につながる動きがあります。

学びとは、知識を増やすだけでなく、世界の見え方が変わり、自分の選択肢が広がることでもある。 私はそう考えています。

OECD:Learning Compass 2030

7.勝ち負けの先に、私たちはどんな未来を協創するのか

2026年の米中間選挙では、生活費、関税、移民政策、AI、国際情勢など、多くの問題が議論されました。選挙を振り返れば、どんな言葉が支持を広げたのか、何が政治戦略として有効だったのかを分析できます。それは必要なことです。

しかし、「どうすれば勝てるか」だけを学ぶのか、「何のために、どんな未来をつくるか」まで考えるのか。 そこには大きな違いがあります。

AIも同じです。どの国や企業が競争で勝つのか、どの仕事が置き換わるのか、どれだけ生産性が上がるのか。重要な問いですが、さらに「それは誰のためか」と考えたいのです。

ヴァンス氏はAIによる米国の労働者の生産性向上を重視しています。一方、タラリコ氏は「New American Dream」の政策構想で、AIの経済的利益を社会と共有する「AI配当」を提案しています。政策の現実性や効果は別途検証が必要ですが、異なる立場から、技術による豊かさを誰に届けたいのかを考える手がかりになります。

競争に勝つことは、目的そのものではなく、よりよい社会へ向かうための手段でもあるはずです。優れた戦略を身につけても、どこに向かいたいのかわからなければ、進路を見失ってしまいます。

大切なのは、自分の人生のハンドルを、自分自身で握ること。
そして、異なる経験や価値観を持つ人と、目指す未来そのものを協創していくこと。

それが、これからの時代に求められる主体性と協創の力なのではないでしょうか。選挙から勝ち方を学ぶだけでなく、何のために、誰と、どんな未来をつくるのかを問い続ける。私は、そこに今回の中間選挙から受け取れる、もう一つの教訓を感じます。

タラリコ氏本人の政策資料:We need a New American Dream(2026年8月)

8.自分たちの地域から、未来を変えるために

では、私たちが暮らす地域では、何ができるでしょうか。大きな制度を動かすことだけが、未来を変える方法ではないと思います。

たとえば、子どもが「こんな仕事をしてみたい」と話したとき。「そんな仕事はこの町にはない」と言う前に、その世界で働く誰かを紹介することはできないでしょうか。地域を離れようとする若者に「戻ってきなさい」と言う前に、安心して挑戦できるよう送り出すことはできないでしょうか。

失敗した人に「もう一度やってみよう」と声をかけられるでしょうか。地域の未来を話し合う場に若者を招くとき、意見を聞くだけで終わらず、未来をともにつくる当事者として迎えられるでしょうか。

私は、大学で地域と学生がともに学ぶ活動に携わる中で、こうした関係を増やしたいと考えています。地域の課題を学生に一方的に「解決してもらう」のではなく、地域の人々も学生から学び、学生も地域の人々から学ぶ。

地域が若者を育て、若者との出会いが地域を変えていく。その循環が、協創の一つの姿ではないでしょうか。

しかも、これは若者だけの話ではありません。40代、50代、60代になってからでも、知らなかった世界に出会うことで新しい道が見えてくることがあります。誰かに支えられてきた私たちが、今度は誰かの可能性を広げる側になれるのです。

私たちは、若者に未来を託す前に、若者が自分の未来を描ける社会をつくっているでしょうか。

そして、その未来が私たちの期待とは違っていても、心から応援できるでしょうか。

私たちが次の世代に残したいのは、技術や富だけでなく、どんな環境からでも学び、つながり、挑戦できる社会なのかもしれません。その未来は、目の前の誰かへの一言からでも始められるはずです。

9.「Can't Lose」は、何を意味するのだろうか

最後に、あの言葉へ戻りたいと思います。

Clear Eyes, Full Hearts, Can't Lose.

澄んだ目で、心をひとつに。そうすれば負けない。

これは『Friday Night Lights』のテレビドラマ版で知られる言葉です。タラリコ氏は2026年の選挙ツアーでも使いました。興味深いことに、2012年には共和党のミット・ロムニー氏の選挙運動でも使われました。当時は作品の制作者から使用を批判する声も上がり、同じ言葉でも受け止め方は一様ではありませんでした。

それでも、異なる立場の人々が一つの物語に心を動かされるという事実は、考えさせられます。私は、この言葉を選挙の勝敗だけでなく、もう少し広い意味で受け止めたいと思います。

「負けない」とは、誰かを打ち負かすことだけなのでしょうか。 困難な状況でも未来を諦めないこと。意見が違う相手の背景を理解しようとすること。誰かが失敗したときにも、その人の価値を認め続けること。そんな意味もあるのかもしれません。

本人の声を聞く|「Clear Eyes, Full Hearts」ツアー

タラリコ氏:Clear Eyes, Full Hearts TourをYouTubeで見る
タラリコ氏:Clear Eyes, Full Hearts Tour
選挙運動のための映像ですが、地域の人々と共通の未来を語る言葉に注目できます。

タラリコ氏によるツアーの記録

タラリコ氏の母親がつくった、小さな子ども部屋。ヴァンス氏が、助けを求めながら一つずつ学んだ社会のルール。そして『Friday Night Lights』が描いた、地域の人々の声援と、そこに潜む期待の重さ。

三つの物語を読み比べて、私は考えました。

人を支えるとは、その人が自分の未来を選べるようにすること。
人の可能性を信じるとは、期待どおりの結果が出ないときにも、その人の価値を認め続けること。

選挙の勝敗は結果です。でも、そこから何を学び、どう行動するのかは、私たち自身が選べます。政治家や国家だけでなく、私たちが暮らす地域の学校、職場、家庭で、誰かにどんな言葉をかけ、どんな出会いや機会をつくるかによっても、未来は少しずつ変わっていくはずです。

誰かが勝つ社会から、誰もが挑戦できる社会へ。 誰かの成功を喜ぶだけでなく、誰かの可能性を支えることのできる地域へ。

そして、ここまで読んでくださった皆さんに、もう一度問いかけたいと思います。

私たちは、次の世代に、どんな地域と世界を手渡したいのでしょうか。
そして、そのために、今日、何ができるのでしょうか。


参考資料・映像・書籍

選挙・本人の声

書籍・映画・ドラマ

研究・教育

※本稿は2026年11月8日時点で公開された報道、本人の発言、著書、研究資料をもとにした筆者の考察です。人物の人生への共感と、政策・政治的立場への評価は区別しています。映画・ドラマの映像は各作品の引用先にリンクしています。

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