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記者としての取材や編集者としての仕事の中から浮かんだふとした疑問やトピックをご紹介。裁判や企業法務、雑誌・書籍を中心としたこれからのメディアを主なテーマに、一歩引いた視点から考えてみたいのですが、まあ、精密でない頭の中をそのままお見せします。

ハイブリッドカー開発世界戦争とプリウス問題

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■プリウス「回生ブレーキ」の源流は電車のブレーキ
電車に乗っていると、ブレーキがかかるときに「ひゅー」という音が聞こえてくることにお気づきだろうか。これが、電車がブレーキをかける際にモーターを発電機として利用し、その抵抗力でブレーキをかける「電気ブレーキ」だ。そのうち発電した電気を架線から他の電車や変電所に戻すものを「回生ブレーキ」といい、プリウスと同じ機構をもつ。

速度がさらに落ちて、停止寸前になると、「ひゅー」という音は聞こえなくなる。代わりに「キキー」という、ブレーキシューを車輪に押しつける空気ブレーキが働いている音とともに停車する。低速になると、モーターが発電機の役割を果たさなくなって抵抗力がなくなるため、最後は空気ブレーキに切り替えるのだ。このとき、軽いショックを感じるかもしれない。

実は、プリウスのブレーキシステムの原形は、長い歴史をもっている。
電車の「電空併用ブレーキ」は、電車技術の母国であったアメリカでは19世紀末には既に実用化されており、1920年代には高度に完成していた。日本にも紹介されているが、当時の日本の鉄道技術者の関心は低く、間もなく戦時体制になったため、技術的進歩は断絶した。
当時、切り替えには空気弁を使っていた。アメリカのウエスチングハウス社の傍系会社が特許を持っていたが、戦後間もなくの日本では、特許を避けての実用化がどうしてもできなかったという。結局、技術のライセンスを受けて、まともに実用化されたのは昭和28年の営団地下鉄丸の内線の電車が最初だった。この後、電気ブレーキは飛躍的に普及し進歩した。現在では停止までを電気ブレーキでまかなえるほどだ。

■技術的困難をクリアしたハイブリッド・カー
それでも電車は使われる線区が決まっており、勾配やカーブ、架線の電圧などの条件はある範囲に収まるから、その条件に合わせて設計すればよい。そう考えると、同じような原理でも、ハイブリッドカーでは路面の条件からカーブ、交差点での右左折、勾配、降雨、凍結など、はるかに多種多様な条件を考慮して、走行・ブレーキシステムの開発をしなければならない。それがいかに難事業であるかは、想像がつくだろう。1997年に世界に先駆けて量産車として登場したプリウスは、生産台数が累計で200万台を突破している。実際の走行データや顧客のフィードバックの膨大なデータの積み重ねは、国内外の自動車メーカーの比ではなく、抜きたくても抜けない大きなアドバンテージとなっていた。

■アメリカは国を挙げて「プリウス」技術を取り上げようとしているのか?
プリウスの電子制御システムのプログラムは、それらの蓄積のひとつの成果である。今回のリコール問題では、アメリカ運輸省道路交通安全局が制御プログラムの提出を命じた。同局の解析能力は高くないと言われているが、初回でも触れたように、クラス・アクション(集団訴訟)でも、証拠としてプログラムの提出が求められる可能性がある。その場合トヨタは、企業秘密などを理由に異議を申し立てることができるが、公開せよとの裁判所命令が出たら従わなければならない。

アメリカでの一連のトヨタバッシングの盛り上がりに、日本では一時、「ハイブリッドカー技術ほしさに、わざと事態を大きくしている」という「陰謀論」が流れた。情報を関連づけて陰謀論を組み立てることはたやすい。そして仮想敵を作って陰謀論を信用すればそれ以上考えなくてすむので、それによりかかることは弊害が大きい。しかし、アメリカ訴訟に詳しいある国際企業弁護士は、筆者の取材に対して「その可能性は否定できない。日本は官民ともに甘い。国を挙げてこの問題を認識すべきだ」と語っている。

■「他国ルール」への敏感さが求められる
では、企業はどう考え、対応したらいいのか。事件の経緯を見る限り、最初から仕組まれた「アメリカの陰謀」であるかというと、断じてそうではない。トヨタには何回も「火を消す」チャンスがあったし、シグナルも出ていた。しかしトヨタは、現在ゴールドマン・サックスが、世界金融危機の片棒を担いだとしてバッシングに遭っているように「フラウド」、詐欺的な行為は許さないとする世論が盛り上がっており、しかもそのルール化が内部統制ルールとして30年以上に及ぶ歴史があることを見逃した。

日本でも企業不祥事への対応は大きな問題として受け止められるようになった。国内向けの広報などのリスク対応はかなり充実すると評価することもできる。しかし、多くの日本企業は世界とつながっている。そのことをもっと意識すべきだ。
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