レトロを保ったままおしゃれブランドに進化させたホッピービバレッジ
私が初めて東京で働くようになった20年以上前、ホッピーはオヤジの飲み物だった。当時、渋谷で毎晩飲んでいたが、まずは、ビールが当たり前の時代で、ホッピーを扱っている店は、どちらかと言えば、安く飲める大衆的な店が多かった。そうした店の客層は、まさに、中年以上が中心だったと思う。ところがここ数年、私のようなオヤジどころか若い女性まで飲んでいる。まさに、ガラリとイメージが変わってしまった。業績もV字回復で、今も右肩上がりだ。
(石渡社長 講演配布資料)
その秘密は、まさに、ミ~ナこと、ホッピービバレッジの石渡美奈社長が様々な改革に取り組んだことによるところが大きい。石渡社長からお話をお伺いし、その後、ホッピーを飲みながら本音トークもお伺いしたので、ご紹介する。
ホッピービバレッジの前身である秀水舎が設立されたのは、明治43年というから、今から100年前である。ラムネ・サイダーでスタートした後、昭和23年ホッピーが開発されることになる。ちなみにホッピーは、創業者の石渡秀が「本物のを使った本物のノンビア」との意味をこめてホッビーと名付けようとしたが、発音しづらい為、ホッピーとなったという。その後、過去の歴史の中で、様々な取り組みをしたが、結果として徐々に業績は下降線を辿っていった。
そうした時期に、現石渡美奈社長が入社することになる。石渡社長は、長年続く企業の一人娘として生まれ、小さい頃から後を継ぐことを意識していたという。大学卒業後、日清製粉、広告会社を経てから、実家の企業に入った。
「中小企業の問題の多くは、実は社内にあることも多い」(石渡社長)数十名の企業ではあるが、社内の争いもあり大変だったそうだ。そうした中で、新しい試みをすると次々と反対が出て中々進まない。中小企業の業績は、外的要因もあるが内的要因が大きく、社内争いが起きると業績所ではないと実感された。
取組み1.新卒採用の継続 と “共育”
そうした経験から、新卒採用を行い、毎年、必ず切らさず採用するようにしたそうだ。その一つの理由としては、先輩が育つからだという。更に、新入社員が入ると、その社員の両親に、石渡社長自ら挨拶に行く。中には、鹿児島といった遠方の社員もいるそうだが、どんなに遠くても足を運ぶ。両親から大切なお子さんを預かったと社長自身が自覚する意味もある。
採用した社員の教育には本当に熱心である。“共”育を信条とし、社員は、石渡社長と同じ先生、教科書で勉強する。なぜなら、共通の言語(言葉)を共有することが重要であると考えているからである。現在、石渡社長は、早稲田大学ビジネススクールのMOTコースにも通っているが、学校へ社員を連れて行って一緒に勉強させる徹底ぶりだ。
取組み2.会社の価値観のマネジメント
「価値観が違うことと考え方が違うことは別だと思う。価値観は同じ方向性をもっているが、その方向性に向かうときの方法論はいろいろあっていい。しかし、根本が違うとうまくいかない」と考えているからだ。事あるごとに、社員と本気・本音で話し合う過程を通して、社内の価値観のマネジメントを行っていく。
取組み3.メディア活用による情報発信
1999年公式オンラインショップのネットマーケティングがスタートさせている。今でこそ、ソーシャルメディアを活用したマーケティングは定着化されてきているが、当時としては、早かったのではないか?と思う。健康にいいことが選ばれる時代になるといった信念からの情報発信だ。石渡社長も自ら広告塔の役割を演じて、積極的にメディアで出るようになる。ブログ、メルマガだけでなく、ラジオ、テレビ、書籍の発売と大忙しだ。
取組み4.レトロの中に新しさとおしゃれを感じさせるブランディング
冒頭に書いたように、私が感じていたようなイメージを払拭するために、新商品開発にも取り組んでいる。特に、消費を牽引すると言われている女性をターゲットにした焼酎をホッピーで割り、ロゴも一新した新商品「HOPPY-HI(ホッピーハイ)」を発売するが、思い通りには売れなかったとのことだ。あまりにも、イメージが変わりすぎると、まがい物のように思われることがわかり、レトロの中にも新しさやおしゃれな感じがするラベルデザインにも挑戦することになる。
上記以外にも、株式会社武蔵野 小山昇氏(師匠)の教えによる様々な取組みや、社内の反発から工場部門全員からの辞表の提出など、改革を進める中で起きたことと、そこからの学びについて、詳しく教えていただいた。
まさに、石渡美奈社長の本の題名と同様、「社長が変われば社員が変わる!」を実感しました。
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