【書評】『たまたま』
久しぶりに一般書の書評を。忙しいからといって、本を読まないのはいけませんからね(なんていう考え方も、あと十年もすれば変わってしまうのかもしれませんが)。
“実際アップル社は、音楽プレーヤーiPodで最初に採用したランダム・シャッフリングの方法で、その問題にぶつかった。というのは、真のランダムネスはときどき繰り返しを生み出すが、同じ歌が同じアーティストによって繰り返し演奏されるのを聞いたiPodユーザーが、シャッフルはランダムではないと思ったからだ。そこで「もっとランダムな感じにするために少しランダムではなくした」と、アップル社の創業者スティーヴ・ジョブスは言った。”
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冗談抜きで、書店で「たまたま」手に取ったのが本書『たまたま―日常に潜む「偶然」を科学する』。ただの偶然なのに、それを必然やなんらかの意志の力によるものと勘違いしてしまう心理(あるいは冒頭の引用文のように、ランダムではないものの方がランダムに思えてしまうような心理)と、その原因について解説した本です。と書くと、こちらの本を思い出す方も多いかもしれません:
まぐれ―投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか 望月 衛 ダイヤモンド社 2008-02-01 売り上げランキング : 3383 おすすめ平均 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
『ブラック・スワン』のヒットでもお馴染みの、ナシーム・ニコラス・タレブによる『まぐれ』。装丁もそっくりで、同じダイヤモンド社からの出版ですから、意識的に「たまたま」という邦題がつけられたのでしょうね(もしかしたら本当に「たまたま」なのかもしれませんが)。
結論から言うと、『まぐれ』を既に読んでいるという方には『たまたま』は不要かもしれません。もちろん僕のように、『まぐれ』を読んでも何の行動にもつなげられなかった(相変わらず偶然の産物を必然の結果と勘違いしてしまっている)人には、本書は改めて偶然性を考え直す機会を与えてくれるでしょう。ただ正直なところ、どちらか一冊をきっちり読んで行動に反映させる、という方が良いかと思います。
ではどちらの方が良いか、という点ですが――うーん、微妙ですが僕ならば「文章としての面白さを求めるなら『まぐれ』を、数学的解説の詳しさを求めるなら『たまたま』をお勧めする」と言っておきたいと思います。もちろん両書とも両方の要素を持っているのですが、どちらが色濃く出ているかと言えばこうなるのではないでしょうか。結論から言えば両方とも「運を実力と勘違いしてはならない」というメッセージが主題に置かれているのですが。
実際、どちらの本を読んでも、私たちがいかに「結果」だけを見てしまいがちかということに気づくことでしょう。「10年連続で相場の予想に成功したアナリスト」や、「5年連続で会社の売上を伸ばしたCEO」を目にしたとき、私たちの脳はそれが有能を示すシグナルだと受け取ってしまいがちです。逆に結果の出ない人・モノ・作品は無能である、と。しかもそれは自分自身のパフォーマンスを見る場合にも当てはまり、結果が出なければ「自分には無理だ」と感じてしまいます。
しかし純粋に運だけで優れた結果を残すことも、あるいは惨憺たる結果に終わることも可能であることを、本書は示してくれます。従って良い成績を残したければ、何度もあきらめずにチャレンジすること。もしあなたが有能ならば、何度も挑戦するうちに結果はあなたの能力を示すものに平準化されるだろうし、そこそこの能力だったとしても何百回に1回は非常に優れた結果が出るはずだから――個人的には、そんな教訓を得ました。実際、あの『ハリー・ポッター』だって、最初はいくつもの出版社に出版を断られたそうですからね。
そうそう、『たまたま』では最近ネットでも話題になった「モンティ・ホール問題」が詳しく解説されていますので、ネット上の解説ではよく分からなかった、という方は本書を手に取ってみると良いかもしれません。正直なところ、僕自身も本書を読むまではちゃんと理解していなかったかも。娘にはちゃんと数学を勉強させよっと……。
【○年前の今日の記事】
■ 覚悟はあるか? (2008年10月13日)