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「だれが登ってくれと言った山じゃない。高いところへ登れば酸素は薄くなるし、天候も荒れる。」

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僕は30歳までにF1レーサーになりたいと思ったし、35歳で辞めるってことを決めたし、45歳でF1チームをやるって、本当に苦しい部分はあったと思うけど、そんなのは、全然関係ない。自分が絶対にやるんだって思って決めたことができる人生を与えてくれた神様に感謝している。だれが登ってくれと言った山じゃない。高いところへ登れば酸素は薄くなるし、天候も荒れる。苦しいのは分かっていて登っているのだから、それをやって良かった、悪かったなんて……

久々にグッときました。スーパーアグリF1撤退発表会見の場で、鈴木亜久里代表が「今、『F1をやって良かった』、『F1をやらなければ良かった』、どっちですか?」と聞かれて答えたのが上の言葉です。詳しくは以下の記事でどうぞ:

鈴木亜久里代表「レースのできないF1には戻らない」スーパーアグリF1撤退発表会見 (スポーツナビ)

今回、撤退という決断までには本当にいろいろな事があったのだと思います。代表としてもうちょっとできることがあったのでは?計画が甘かったのでは?などと指摘することはできるでしょう。しかし、それは鈴木亜久里さんご本人が一番身に染みて分かっているのではないでしょうか。とにかくまずは「お疲れさまでした」と言いたいと思います。

これも勝手な推測ですが、こういう結末もあり得ること、鈴木亜久里さんも予測していたのではないかと思います。大企業がひしめく現在のF1界で、プライベーターとして存在を確保するだけでなく、「勝負できるチーム」を育てていくのは当然簡単ではないと分かっていたのでしょう。もちろん、だからと言って「撤退しちゃってもいっか」というような軽い気持ちではなかったことは、会見の端々からもうかがえます。その中で出来る限りのことはやった、という思いが冒頭で引用した言葉になったのではないでしょうか。

誰かに言われたから、ではなく、自分の意志で高い山に挑む。それだけで善し悪しを超えた「何か」を手にすることができるのでしょうね。もちろん亜久里さんも指摘されているように、そんなチャレンジが出来ること自体が非常に恵まれたことなのですが、僕もそんなチャレンジを忘れずにいなければと感じさせられた次第です。

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