ネット実名制――マスメディアはどうするのか
時折思い出したように、浮かんでは消える「ネット実名制」論。最近はこの記事が議論を呼んでいるようです:
■ 弁護士の小倉秀夫氏に聞く ネットでの誹謗中傷問題(中) (J-CASTニュース)
ブログや掲示板、ソーシャルブックマークでのコメントなどの場で様々な反論が出ていますが、僕がこの手の議論で最も強く感じるのは「なぜマスメディアでの実名制を先に議論しないのか」という点です。
上の記事で、「なぜネット実名制を唱えるのか」という問いに対し、インタビューを受けている小倉氏はこう発言されています:
発言の責任は、現実社会の自分が取るべきと考えるからです。それには、被害者からの法的責任、こういう人間であるという社会的責任があります。例えば、ある発言を取っても、医者が言ったと分からないと、正しいか判断しにくい。読み手がそれをもとに判断するのは必要なことで、悪いことではないと思います。肩書きで判断する人がいるとしたら、そうする人が悪いんです。実名と匿名が混在する現在のネット環境では、実名で発言する人はバカだということになってしまいます。実名の人は無限のリスクを負い、匿名の人は負わないということですから。
小倉氏の念頭には、ネットで事実無根の誹謗・中傷を流布される問題や、ネットいじめの問題があると思います。確かにこれらの問題は、何らかの手段で解決されなくてはならないでしょう。しかし、その解決策が「ネット実名制」というのではあまりに副作用が大きいのではないでしょうか――小倉氏自身が述べているように、「実名の人は無限のリスクを負う」のですから。
少し目線を変えてみましょう。「情報発信」とは、何も個人が行うだけのもではなく、そもそもつい最近まではマスメディアが担うものでした。そのマスメディアがどういう状況かといえば、とても責任ある情報発信ができているとは言えません。故意か否かを問わず、誤った情報や偏見のオンパレードで、様々な問題が起きているのはご存知の通りです。また例えば署名記事のように、「誰がこの発言の責任を負うか」が明確にされた上での情報発信というのも限られた形でしか行われていません(また「関係者によれば……のように、ソースが過剰に曖昧にされることも多いですよね)。実名制を導入するなら、まずは個人とは比べものにならないほどの規模と影響力を持つ「マスメディアでの情報発信」で行われるべきではないでしょうか。
それを行う前に、ネットでの実名制が導入されたらどうなるか。ネットという術しか持たない個人と、物量に勝るマスメディア(もしくはマスメディアを利用できる立場にある個人)が対立するような事態が起きたら、圧倒的にマスメディアの方が有利になるでしょう。匿名による問題が一部のネット上で起きているからといって、全面的に実名制を導入するというのはあまりにも短絡的な話です。
「そんな問題は起きない」というのなら、ますます先にマスメディアで実験してみて欲しいものです。そこでうまく活用できないようであれば、ネット実名制なんて無理な話でしょう。「我々は時代に先駆けて実名制を導入し、具体的な効果を上げてきた。他のメディア各社や、ネットでも導入されるべきだ」などと自ら実践した上で、この議論を行おうというメディアが登場しないでしょうか?