オルタナティブ・ブログ > シロクマ日報 >

決して最先端ではない、けれど日常生活で人びとの役に立っているIT技術を探していきます。

ミシンの復権(と、それに続くかもしれないもの)

»

「オルタナティブ・ブログ」であるにもかかわらず、ITから離れた話題で恐縮なのですが、今日はミシンのお話を。

以前このブログでも書いたように、僕の祖母は新宿でお針子(戦前のアパレル業界!)として働いていました。僕が小さかった頃には家に足踏み式ミシン があり、彼女が使っていた姿をよく覚えています。足踏み式ミシンとは、文字通り足で踏むことによって動かすミシンで、ちょうど机とミシンがセットになった姿をしていま す。足元に大きなパネルがあり、これを踏むとベルトで動力がミシンに伝えられて、針が動く仕組みになっているわけです。祖母はこれを使って、いろいろな物 を作っていました。

そんな「ミシンで何かを作る」という光景は過去のものと思っていたのですが、先日の日経新聞によると、状況は少しずつ変わってきているようです:

■ 家庭用ミシン「小型で2万円」ママ熱視線(日本経済新聞 2006年3月29日第35面)

現在の一般家庭でのミシンの使い道というと、やはり「子供が学校で使うぞうきんや巾着袋を作ったり、名札を縫い付けるのに使う」という程度だそうです。事実、少子化の影響により、国内の家庭用ミシン販売台数はここ数年横ばい(年間約100万台)が続いています。ところが総務省の家計消費状況調査によると、2005年の家庭用ミシンへの支出は4.1%伸び、3年連続で増加傾向にあるそうです。ミシンの消費者物価指数は2002年7月以降マイナスが続いていたそうですが、こちらも2005年7月に約3年ぶりにプラスに転じ、以後上昇が続いているとのこと。

つまり「台数は増えていないけれど売上げ金額は増えている」という状況なのですが、詳しく見てみると、「低価格帯と高価格帯の売上が増加している」 という二極化の傾向が見えてきます。例えば手芸用品専門店のユザワヤでは、価格が40万円台の高機能ミシンが予想以上に売れているそうです。しかし販売台 数の伸び率を見ると、2万円未満の低価格商品が前年比83%増なのに対して、6万~10万円台の商品は35%程度減少したとのこと。40万円以上の商品の 販売台数は2万円以下の商品の10分の1程度だそうですが、それでも売上を押し上げる要素になっているわけです。

高価格の多機能ミシンを買うのは、趣味で室内装飾やキルトなどを作ることを楽しんでいる人々とのこと。つまり子供用品を縫うといった、必要最低限の作業をする道具としてミシンを捉えるのではなく、自分の欲しいものを作るための道具として捉え、40万円の価値を見出しているわけです。彼らはかつての僕の祖母がそうだったように、ミシンで様々なものを作り出しているのでしょう。

最近『ものづくり革命』という本を読んだのですが、そこでは「パーソナル・ファブリケーション」という概念が提唱されています。それは「自分が欲しいものを、自分で作ろう」という発想で、同書の中ではレーザーカッターなどを使って様々なものを作り出す人々(しかも学生や子供、低所得者など、およそものづくりとは遠い人々)の事例が紹介されています。ミシンはレーザーカッターとは比べ物にならないほど簡単な機械ですが、一種の「パーソナル・ファブリケーション」を実現する道具なのではないでしょうか。

デジタルの世界では既に、作り手と使い手の境界線はあいまいになりつつあります。それは「自分達も参加したい」というユーザーの意識の面も大きいのですが、Ruby on Railsといった開発環境が整備されたことも大きいでしょう。ところが現実世界では、鉄板を切るだけでも大掛かりな機材が必要になります。しかしものづくりの機械が簡易化・低価格化すれば、デジタル空間と同じような「使い手の作り手化」が起きるのではないか--というのが『ものづくり革命』の主張です(ちなみに同書でたびたび登場するプロジェクトは、立体で「HELLO WORLD」を作ろうというもの)。

今後ミシンに限らず、「作る」道具の高機能化・低価格化が進み、自分で自分の欲しいものを作ろうとする人々が増えることでしょう。そんな時代が来たときに、デジタル技術でどんなサポートができて、どんなビジネスが可能かを考えてみても面白いのではないでしょうか。

Comment(2)