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ビジネスパーソンの出版戦略:ライフネット生命社長・出口治明さんインタビュー(その1) 「『書きたいから、書く』のが一番です」

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3月末に当ブログで書きましたように、「ビジネスパーソンの出版戦略」という本を構想中です。

現時点で、出版社数社とお話ししてみたものの、現時点に至るまで正式な企画として編集会議は通っていません。

「現時点の企画では類書との差別化が十分でない」との意見も頂きました。

電子書籍等の最新動向や実際の経験も、取り入れる必要がありそうです。

 

一方、既に出版なさったビジネスパーソンの方々に、3月にインタビューを行いました。私自身もとても勉強になる内容でした。

このインタビュー内容を、当ブログでご紹介したいと思います。

 

シリーズ第1回目は、ライフネット生命保険・代表取締役社長の出口治明さん。

ご多忙な出口さんが、1時間半も時間を割いてお話しして下さった中身の濃いインタビューを、これから3回に分けてご紹介します。お楽しみに。

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出口治明さんは、日本生命保険に勤務され、日本興業銀行(出向)、生命保険協会財務企画専門委員会委員長(初代)、ロンドン事務所長、国際業務部長等を歴任、2005年に日本生命保険を退職されました。

2004年には、初めての著書となる「生命保険入門」(岩波書店)から出版。

その後、東京大学総長室アドバイザー、早稲田大学大学院講師等を経て、2008年に、ライフネット生命保険を創業。現在、代表取締役社長です。

ライフネット生命保険を設立する経緯は、2009年に出版した著書「直球勝負の会社」(ダイヤモンド社)に詳しく描かれています。

2010年6月には、「『思考軸』をつくれ-あの人が『瞬時の判断』を誤らない理由」(英治出版)を出版されました。

(インタビュー実施日:2010年3月8日)

■最初の本は遺書として書き上げた

永井(以下、N) 「出口さんが初めてのご著書『生命保険入門』を出版された経緯は、『直球勝負の会社』に詳しく書かれていますね。改めてお聞かせいただけますでしょうか?」

出口さん(以下、D) 「私は55歳で日本生命保険から子会社に出向を命じられました。企画部から、財務企画部に転じた後、大蔵省(MOF)担当、生命保険協会の仕事、ロンドン事務所の責任者等と、日本生命の中でも、一貫して経営企画部門を歩ませていただきました。そのおかげで内外の業界全体を広く見渡すことができ、生命保険についても深く、研さんを積むことが出来ました。ただ、それは私の能力ではなく、たまたま、勉強になるいいコースを歩まされて、いい先輩や仲間にも恵まれて、見聞を広げさせていただいたおかげです。役職定年で関係会社に出向が決まった時、恐らく、もう生命保険の仕事に戻ることはないだろう、と考えました。でも、自分が蓄積した知識は、誰か若い人に残したいな、と漠然と考えていました。若い世代が生命保険のことを勉強する際にも、(生命保険の)森全体を1冊で見渡せるしっかりした体系書があった方がいいと思いました。だから、『直球勝負の会社』にも書いたとおり、生命保険業界の若い世代に宛てた遺書のつもりでこの本を書いたんです」

N 「どの位の期間で書き上げられたのでしょうか?」

D 「自分の頭の中にあるものをすべて書き出したのですが、集中したので、約3ヶ月でしたね」

N 「あれだけの内容で3ヶ月とは、短期間ですね」

D 「ただ書き上げてみたものの、『これは単なる自己満足ではないか』と考えたのです。普段、私は即断即決なんですが、この時は珍しく悩みましたね。MOF担をしていた関係で、メディアにも友人がいて、東洋経済や日経の知り合いの編集者の顔が浮かんだんです。彼らに『遺書を書いた』と言って出版の相談をしたら、『出口さんが遺書を書いたのなら』と、ひょっとしたら二つ返事で出版をOKしてくれるかも知れない、でも、それは、多分に、義理・人情の要素が混在しているので、この本が本当に価値あるものなのかどうかが分らない。世の中で価値のないものを出版しても、恥をかくだけだと考えたんですよね」

N 「出版する価値があるか、客観的な判断を求められたということですね」

D 「そこで、たまたま飲んでいた友人である学者の塩原さんに相談したところ、『僕が原稿を預かるよ』と言ってくれて、私のことを全く知らない岩波書店と講談社の編集者の方に原稿を持ち込んでくれました。幸運にも両社ともOKのご返事をいただきました。ただ最初から、先にご返事をいただいた方に決めようと考えていて、岩波書店の返事が1日早かったので、岩波書店から出版させていただきました。私は、『この本が生命保険を改革するために世の中で役に立って欲しい』と思って書きましたが、『自分のキャリアに役立てよう』などとは露ほどにも思わなかったですね。何しろ、もう、生保の世界に戻ることは金輪際ないだろうと思って、遺書を書いたわけですから」

 

■損得を考えて出版する本は、誰も読みたくない

N 『生命保険入門』を読んで、この本には現在のライフネット生命保険で実現していることが全て書かれていると思いました」

D 「そうですね。私の知っていること、考えていることは、全て書きました」

N 「この本がライフネット生命保険を創業するきっかけになったのでしょうか?」

D 「それは全く関係ないですね。ライフネット生命保険は、私の親友である伊佐さんの紹介で、あすかアセットマネジメントの谷家さんと出会ったことがきっかけでしたし、この本に書いた生命保険会社のあるべき姿は、私自身が以前より考えていたことです」

N 「この本がなくても、ライフネット生命保険は生まれていたということですね」

D 「ただ、この本を岩波書店から出したことで、若干の信用は生まれたと思います。例えば株主を募集した時に、この本を見ただけで『出口さんという人は、保険に詳しいんだな』と思ってくれました。そういう面では、この本があってもなくてもライフネット生命保険は生まれていたと思いますが、あったことで、プラスになった面も間違いなくありましたね」

N 「この本が名刺代わりになったということでしょうか?」

D 「私は、一番大切なことは『書きたい』という気持ちがあることだと思います。自分にとってプラスになるとか、マイナスになるとかを考えて書いた本は、おそらくロクでもない本になるのではないでしょうか。書きたいコンテンツがあれば、書くべきです。それは、自分にとって何の役にも立たないかもしれない。でも、何かプラスになるかもしれない」

N 「確かに、全くおっしゃる通りです」

D 「本は『最強の名刺』になるかもしれないし、ならないかもしれない。それは、神様次第です。書かなければチャンスは起こりません。でも、『最強の名刺を作ろう』と考えて、本を書くべきではないと思います。大事になことは、『自分が書きたいことがあるかどうか』です。『最強の名刺』を作ろうと考えて書いた本など、誰も読みたくないですよね。例えば、永井さんが自費出版されたのも、永井さんご自身が書きたいことがあったからですよね」

N 「はい。私が2008年に自費出版した時は、とにかく『マーケティング戦略で学んだことを本に書きたい』と思って、試行錯誤しながら、かなり時間をかけて本を出しました」

D 「そういう気持ちが、とても大切だと思います。私が『生命保険入門』を書いた時は、『自分が30年働いて仕事で得た知識をすべて若い世代に伝えたい』と考えていました。だから、出版する価値があるかどうかという客観的な判断が必要だと思ったので、出版社に判断してもらった上で、商業出版をしようと考えました。従って、自分では、この本を自費出版で出そうという気持ちは全くありませんでした。出版社が出す価値がないと判断するのであれば、そのような本を出すのは、社会の為にならないと考えたのです」

N 「それは、自費出版というアプローチは、必ずしも正しくない、ということでしょうか?」

D 「いいえ、そういうことではありません。例えば、自分の仕事を離れて出す本は、自費出版で出してもいいと思います。実は、私には自費出版しようと思って書き上げている本があります。『小説5000年史』という仮のタイトルで、紀元前3000年から西暦2005年までの人類の歴史を、編年体で描いた本です。『生命保険入門』のおそらく5倍以上の分量があります。私は歴史オタクで、歴史のことはずっと趣味で学んできました。この本はそうやって学んだ知識を一冊にまとめたものです」

N 「素晴らしいですね。歴史全体を俯瞰した本はなかなかないと思います」

D 「既に草稿は書き上げたのですが、全て記憶に頼って書いたので、書いた内容が正しいかどうか、項目毎に事実検証が必要です。そこで大学図書館に行って、色々な学術論文と突き合わせて、書いた内容を検証していたところに、谷家さんと出会ったのです。検証作業には、2~3年くらい掛かると思ったのですが、谷家さんに出会ってライフネット生命保険を創業することになって、検証作業は中断したままになっています」

N 「ぜひ出版されることを楽しみにしています」

D 「でも、これはあくまで趣味の本なので、自費出版で出そうと思っています。会社が一段落したら、再開したいですね」

 

当掲載内容は、永井個人が、出口治明様個人にインタビューしたものです。必ずしもライフネット生命保険様の立場、戦略、意見を代表するものではありませんので、ご了承ください

 

(以下、次回の「情報は、発信すればするほど、集まってくる」に続きます)

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