尖閣問題に関連して「IPアドレス」に対する関心が高まっているようです。インターネット関係者にとっては基本的な言葉なので、多くの人が報道で行われている解説に苦笑いしていることと思いますが、、、
正直、私も「なんだかな~」と思います。ただ、それを傍観するのも何か違うなと感じますので、ここで簡単に説明をしてみます。
通信をする上で重要なのは、自分と相手というお互いを特定することです。これができなければ、多数の相手がいる中で特定の誰かを指定することができません。また、自分を特定できなければ、相手から返事をもらうこともできません。
インターネットでは、その「特定」を行うために「IPアドレス」と呼ばれるものを使用します。そして、IPアドレスには大きく「グローバルIPアドレス」と「プライベートIPアドレス」という2種類が存在します。いま、報道で話題になっているのは、このうちの「グローバルIPアドレス」と呼ばれるほうです。
「プライベートIPアドレス」というのは、たとえば家庭内とか会社内のネットワークを作るために使われるIPアドレスで、実はインターネットに直接接続することはできません。一方、「グローバルIPアドレス」は、名前から想像できるように世界的なネットワークを作るためのIPアドレスとなります。私たちがどこかのサイトに接続できるのも、このグローバルIPアドレスが何らかの形で割り当てられているからなんですね。
じゃぁ、それらはどのように割り当てられているのでしょうか。その回答を先に言ってしまうと、多くはインターネット接続事業者(ISP、インターネットサービスプーバイダー)と契約することでグローバルIPアドレスを割り当てられているのです。インターネットをするのに、回線契約をしたり、プロバイダ契約をしなくてはいけないのは、そこに理由があります。
報道では触れられていないようですが、グローバルIPアドレスは、同じアドレスが重複しないように世界的に管理されています。インターネット接続事業者は、IPアドレスの管理をしている組織からブロック単位で割り振りを受け、それをさらに下位の事業者やユーザーに割り振っていく形を取ります。そういう流れを経て、私たち一般ユーザーにもグローバルIPアドレスが割り当てられているわけですね。ですので、IPアドレスを調べるということになったときには、そのIPアドレスがどのインターネット接続事業者に割り振られているのかから調査をすることになるわけです。
さて、ここで、もうひとつの話題に入りたいと思います。現在主として使われているIPアドレスは、32ビットの長さがあります。コンピュータから見ると、単なるビットの列ですが、そのままではネットワークの設定をする人などが扱いにくいため、便宜的に8ビットずつ4つに区切って10進数表記し、ピリオド(ドット)でつなぐということをします。これを「ドット区切り10進記法」と呼ぶのですが、多くの報道ではこの表現が無茶苦茶になっています。
賢明な読者の皆さまはすでにご存知かと思いますが、8ビットずつの区切りなので、その最大数は255です(0から255の256通り)。ところが、報道の中にはこの数字が255を越えて、もっと大きな数字になっているものをよく見かけます。もちろん、イメージを伝えるためというのは分かるのですが、それにしてもちょっとひどい。そもそも256種類もの表現ができるのに、なぜそのような数字を使うのか。そこは苦笑いするしかありません。
ここで、ひとつの例をお見せしましょう。32ビットのIPアドレスを2進数で表記すると、次のようになります。
“11000000000000000000001001100100”
よく分からないというか、人間が間違わずに入力するのは困難ですよね。これを先ほど紹介したドット区切り10進記法で記述すると、次のようになります。
“192.0.2.100”
こうした数字を報道では見せているだけなんですよね。相手を特定するという意味だけなら、単に1とか2、3といった数字、もしくは10とか20、30といった数字でもいいような気がします。なぜ、ドット区切り10進記法にこだわるのかが分かりません。
これは個人的な意見ですが、IPアドレスが分かりにくいというのは表面的な部分に注目し過ぎるからで、その本質としては、
- IPアドレスとは、ネットワークへの接続を特定するために使われる番号である
- インターネットに接続可能なIPアドレスは世界的に管理されていて、その割り振りの仕方は決まっている。だからIPアドレスが分かると、インターネット接続事業者などから情報をもらうことで追いかけることができる
という2点がきちんと示せることではないかと感じています。もっとも、インターネット接続事業者にも事情がいろいろあるので簡単な話ではないのですが、、、
昨日(10月13日)の23時半過ぎごろから、Yahoo! JAPANにアクセスできないという状況が発生しました。そのことも問題ですが、途中で誤解に基づくと思われる意見が拡散したようなので、ここで、あらためてDNSとは何かということを含めて考察をしてみたいと思います。できる限り簡単になるように、正確性よりも概念としてイメージしやすいことを優先しますので、読み進めてみてください。
まず最初に知っていただきたいことは、インターネットにおいて通信を成立させるためには、双方の「IPアドレス」を知る必要があるということです。IPアドレスとは、インターネットにおける接続を示すための番号のようなもので、世界で唯一になるように管理されています。
図1 インターネットでは、IPアドレスによって相手を特定する
しかし、IPアドレスの実体は、コンピュータが処理しやすいビットの並びです。そのため、それを人間が直接扱うのは難しい。そこで考え出されたのが、人間が慣れ親しんできた「名前」という仕組みを使う方法です。
相手を指定するのに名前を使う。人間にとってはこのうえなく便利ですが、そうするためには、どこかで人間が使う「名前」とコンピュータが使う「IPアドレス」の橋渡しをしてあげる必要があります。この役割を担うのが、DNS(Domain Name System)という仕組みです。
図2 DNSの役割
DNSの基本的な機能は、ドメイン名を指定すると、そのドメイン名に結び付けられたIPアドレスを調べて教えてくれるというものです。これによって、アクセスしたいサイトのサーバが使っているIPアドレスを知ることができるわけですね。
しかし、この仕組みを実現するためには、その裏で多くの人々や組織が連携しています。そして、ここからが本筋なのですが、DNSの仕組みは次の図のように動作します。
図3 DNSの動作概念図
「スタブリゾルバ」と呼ばれるものは、ユーザー側のコンピュータの内部で動作するDNSのクライアントソフトです。このスタブリゾルバが、たとえばブラウザなどからドメイン名を受け取り、そのIPアドレスなどを知るために「キャッシュDNSサーバ」に依頼をすることになります。図では「再帰検索」と書いてありますが、要は「“www.yahoo.co.jp”のIPアドレスを教えてください」というようなリクエスト(これを「名前解決要求」と呼びます)を出して、その答えを受け取るタイプの検索をするということですね。
そして、「キャッシュDNSサーバ」と呼ばれるサーバでは、スタブリゾルバから依頼された名前解決要求に答えるために「反復検索」と呼ばれる検索を行います。反復検索と呼ばれる所以は、ドメイン名をたどって、上位から下位のドメイン名を管理している「権威DNSサーバ」をたどることから来ています。図を見ていただけると、なんとなく分かると思いますが、複数のサーバ間を行ったり来たりしていますよね。
さて、その反復検索ですが、インターネットでは、その最上位に「ルートサーバ」と呼ばれる権威DNSサーバが存在します。権威DNSサーバとは、その(ドメインの)名前を実際に管理しているサーバで、自分が直接管理している情報だけを答える約束になっています。
ここでは「“www.yahoo.co.jp”のIPアドレスを教えてください」という名前解決要求が来ていますが、ルートサーバはそのドメイン名の情報を持っていないので、“jp”という最上位のドメイン名から「JP DNSに聞いて」という答えを返します。ちなみに、JP DNSとは、日本のドメイン名である“.JP”を管理している権威DNSサーバ群です。
キャッシュDNSサーバから「“www.yahoo.co.jp”のIPアドレスを教えてください」という名前解決要求を受け取ったJP DNSはそのドメイン名の情報を持っていないので、“yahoo.co.jp”というドメイン名から「Yahoo!の権威DNSサーバに聞いて」という答えを返します。
Yahoo!の権威DNSサーバは“www.yahoo.co.jp”の直接の管理者なので、「“www.yahoo.co.jp”のIPアドレスを教えてください」という名前解決要求を受け取ると、そのIPアドレスを答えることができます。このとき、名前解決要求の応答には「権威あるサーバが答えた」というフラグが立ちます。
キャッシュDNSサーバは、この権威あるサーバが答えたというフラグが立っている答えが返ってくると反復検索を終了し、その答えを最初の依頼者のスタブリゾルバに返します。
以上が、DNSにおける名前解決(ドメイン名からIPアドレスを得る)の流れです。キャッシュDNSサーバ中の「キャッシュ」に関しては、毎回同じドメイン名に対する名前解決要求で反復検索を繰り返すとインターネット全体での負荷が上がってしまうので、一度名前解決したらしばらくはその解決した際の情報を再利用するという仕組みのためのものです。
さて、ここまでは「事実」です。ここからは「推測」になりますが、twitter上のツイートを見ている限りではヤフーの管理している“gns02.net.djm.yahoo.co.jp”で異常が発生していたことが読み取れます。JPドメイン名の管理をしているJP DNS([a-g].dns.jp)ではDNSで期待される応答を返していたようなので、yahoo.co.jp以降のDNSで何らかの問題が起こったと考えるのが妥当でしょう(JPドメイン名自体は正常です)。
専門家的に見てみると、gl.yahoo.co.jpのSOAシリアル値が他のヤフーのサーバと一致しなかったという点がポイントです。なんというか、ヤフーのエンジニアの皆さんが一所懸命に対処している様子が目に浮かぶようです。
ちなみに、これは余談になりますが「co.jpのNSレコードが参照できない」というツイートが拡散しましたが、その内容は誤りです。.JPドメイン名では、2006年にゾーン構成が変わりco.jpなどはjpゾーンに統合されていますので、co.jpのNSレコードは無いのが正常です。
▼ JP DNSの構成変更について
http://jprs.jp/tech/dnsuis/info002.html
最後に、思わぬところでDNSが話題になりましたが、インターネットが社会基盤としての重要性を増すたびに、私たち技術者に対する期待と責任は大きくなってきていると痛感します。しかし、その反面、必要な勉強をする時間も与えられないとか、自転車操業的に作業に追われているという話は枚挙にいとまがありません。この話は今回のヤフーの件とはまったく関係ありませんが、願わくば、世の中のマネージメント層の方々には、そのへんに対しての配慮をしていただけることを望みたいと思います。
■ 10月14日 15:00追記
Yahoo! JAPAN のアクセス障害ですが、CNET JAPANにロードバランサーの物理障害が原因であるとの報が出ましたね。ロードバランサーがどの範囲を受け持っていたのかといった点には言及されていませんが、今後、情報が出てくると思われます。
▼ Yahoo! Japanのアクセス障害、原因はロードバランサーの物理障害
http://japan.cnet.com/news/business/story/0,3800104746,20421416,00.htm
忙しいです。でも、何か書かないといけないかなということで、ここしばらく感じていることを少し出しておきます。
もともとが広告屋で、その後にコンピュータ屋、コンピュータ関連の出版社、そしてインターネット屋と流れた関係でいろいろと多方面の方々とのお付き合いがあるわけですが、どの業界もいまは大変な時期に入っています。
特に電子出版に関しては、その利害関係なども絡んで、端から見るとけっこうドロドロしているようにも見えます。twitter でもちょっとつぶやいていますが、普通に考えても「いまの生活が脅かされるなら反対するよね」というのは当然です。ただし、電子化の流れに抵抗したとしても、全体として見た場合にはさしたる意味を持たない場合のほうがはるかに多いわけで、、、
それで、ここでは出版やメディア関係者、教育関係者に見てもらいたい映像を二つ紹介しておきます。どちらも5分未満の映像なので、ぜひご覧ください。いずれも、「Did you know ~あなたは知っていましたか?~」というものです。細かな数字に“?”な部分が無いわけではありませんが、総じて「なるほど」と思わせるものがあります。
まず最初は、「Did you know 4.0」。ここから、時代はものすごく速いスピードで変化していることを感じていただけるといいと思います。
http://www.youtube.com/watch?v=1ZrRIkk2XII
次は、教育関係者に見ていただきたいと思います。特に、最初の48秒から1分ぐらいまでの十数秒にあるフレーズ、
今私たちは学生を教えています
まだ存在しない仕事に備えて
まだ発明されていない技術を使って
まだ知らない問題を解く仕事に備えて
という部分は重要ではないでしょうか。
http://www.youtube.com/watch?v=kj9pR_b3u4E
私たちにできることは何だろう。いま、そのことを真剣に考えていかないといけないような気がします。これからの未来のために。
ちょっとドタバタしていて、久しぶりの投稿です。ただし、今回の話題は自分に対するメモのような部分があり、単なる長いつぶやきでしかないような気が……。![]()
不景気のために交通費を節約したいと考える人が多くなったのか、歩道をかなりの速度で走ったり、携帯電話を操作しながら乗っている人に遭遇することが多くなりました。そうしたことに出会うにつけ、「告知」というものの難しさを感じます。
まず最初に、自転車に関するルールを法的な面から再度確認してみましょう。個人的には、以下に示す警視庁のページが信頼性という面からも有用な参照先になると思います。
▼ 自転車の交通安全
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/kotu/roadplan/bicycle/anzen.htm
簡単に、ポイントを要約してみましょう。重要な点は、
- 自転車は、道路交通法で車両の一種(軽車両)として規定されている
- したがって、道路交通法による取り締まり対象となる
- 罰則、罰金もある
というあたりでしょうか。
また、個別には、
- 自転車は車道通行が原則
- 車道の右側は通行禁止
- 例外を除き、自転車が歩道を通行できるのは「運転者が13歳未満の子どもか、70歳以上の高齢者、もしくは身体の不自由な方」のみ
- 飲酒運転、二人乗りなどの禁止
- 夜間の灯火点灯義務
- 交差点での一時停止と安全確認義務
- 傘をさしながら、携帯電話を使用しながらの運転の禁止
といったようなルールも定められています。いずれも罰金を基本とした罰則があり、重い場合には懲役刑になるものもあります。
これを見て「面倒だなぁ」と感じる人もいることと思いますが、このようなルールが定められるのには相応の背景があることを忘れてはいけません。ルールとは、人々が円滑に社会生活できるように定められるものなので、全体としてのマナーが良ければ設定されるようなものではないからです。
現実的に、(運転者が)携帯電話を操作しながら来た自転車にぶつけられた、もしくはぶつかりそうになったという話は毎日のように聞きますし、突然飛び出して来た自転車と(自分が運転しているクルマが)ぶつかりそうになったという話も珍しいものではありません。読者の皆様にとっても、そういった経験や話は珍しくないのではないでしょうか。
個人的には、こうしたことのほとんどは運転者本人のマナーの問題だとは思いますが、ひどい状況が続くようだと問題を解決するために取り締まりもやむなしという気もします。残念なことではありますが……。
さて、ここであらためて考えてみたいことがあります。それは、タイトルにも書いた「周知という問題」です。
普通に考えれば、多くの人は「罰金を取られるならやらない」と思うのではないでしょうか。本来的には「人の迷惑になるからやらない」が理想ではありますが、なかなか性善説だけではうまくいきません。そこで、広報屋としては「実は、やってはいけないということと、それに対する罰則があることを知らない、もしくは忘れてしまっている人が多いのではないか」という仮説を立てて有用な方策がないかを考えてみることになります。
今回の話題である「自転車を運転するうえでのルール」は、以前、テレビなどで取り上げられ、いくつかの罰則適用事例が報道された記憶があります。その意味では、告知がされていないわけではありません。
しかし、人間には「喉元過ぎれば熱さを忘れる」というようなことわざにもあるように、時間が経てば忘れてしまうという特性があります。戦争や災害の映像を見て「怖い」と思っても、おそらく、しばらくすればそのときに感じた「怖い」という感覚は消えていくでしょう。その点を考え合わせると、十分な周知を実現するためには相応の告知が必要ということになります。
では、「相応の告知」とは何か? 個人的に、これはとても悩ましい問題です。一時的に膨大な情報を流して多くの人々の目を向けさせることは可能でしょう。しかし、その効果(周知率の向上)には永続性がありません。だからといってしつこく流しても、それらはだんだんと飽きられてきて最終的には無視される存在になってしまうと思われます。告知には(比較的大きな)コストがかかりますから、期待する効果が得られないとするとやる価値がないと判断されます。これは、広告でも同様です。
現状では、何かを周知したいときには初期に大きな告知活動を行う。それ以降は、細々とした形で続けるという形がほとんどです。ただし、この方法では興味のある人しかつなぎ止めることができません。いまだに、決定打といえるものが無いのです。商品のように「興味のある人だけを対象にできればよし」と割り切れるものであれば何らかの方法はありますが、より広い対象者にと言った時点でそのハードルはものすごく高くなってしまうのです。
今回は自転車のマナーを話題に選びましたが、こうした話は地震などの災害への備えでも同様です。何かいい方法はないか? ものすごく大きな課題ではないかと感じています。
財団法人インターネット協会(IAjapan)では、迷惑メール対策をテーマにしたカンファレンスを開催しています。今年の開催は、5月31日(月)に品川のコクヨホールとなりました。プログラムの詳細などは以下のページにてご案内しています。
▼ IAjapan 第8回 迷惑メール対策カンファレンス
http://www.iajapan.org/anti_spam/event/2010/conf0531/index.html
今年のメインテーマは、「送信ドメイン認証技術」。ぜひご参加ください。私は裏方として会場におります。
最近、マスメディアに関連した話が多くなっていたので、本来の技術屋の立場に戻ってみたいと思います。最近のフラストレーション、これが原因のひとつにもなっていますし。^ ^;
iPhone OS 4.0については、本当のマルチタスクではないとか、利用できる開発言語に対する制限で開発者側の不満が高まっているとか、いろいろな話が聞こえてきます。
そこで、私なりに調べてみたことを簡単に整理してみました。深く知るためにはアップルとのNDAが必要だったりしそうなので、あまり突っ込んだところまでは入れてません……。
▼ かなり徹底していると思われるユーザー寄りの視点
まず最初に感じたことは、とてもよく考えられているなという点です。
たとえば、マルチタスク。一部では本当のマルチタスクではないといった話がありますが、それは違います。「本当の」という言い方が微妙ですが、iPhone OS 4.0のマルチタスク機能は、ごくごくまっとうなマルチタスク機能を提供します。なぜこのような話が出てきたのかは不明ですが、少なくとも、その点については誤解であると言えそうです。
で、実はここからが重要なのですが、iPhone OS 4.0は“お行儀が悪い”アプリは強制的に排除します。場合によっては、強制終了もあるということでしょう。
なぜ、そのようなことをするのか? その疑問は、少し調べていくと「ユーザーのメリット」という視点を持つことで解消します。
ちょっとここで、ひとつの例を挙げてみましょう。あるマルチタスクOS上で、とても多くのリソース(メモリとかCPUパワーなど)を消費するアプリを動かしたとします。ユーザーは、続けて、そのアプリを動かした状態で別のアプリを起動します。
このとき、バックグラウンドにまわったアプリが多くのリソースを抱えたままになっていると、ユーザーがそのアプリを終了し忘れた場合、さまざまな不具合を生み出します。たとえば、他のアプリの実行を遅くする。バッテリーを使っている場合、その消費がどんどん進み、想像していたよりもはるかに短い時間でマシンが使えなくなる。不要な熱を持つ(熱は、装置に対する直接的なダメージになりえます)、などなど。
こうした不具合は、あまりリソースを必要としないアプリでも起こす可能性を持っています。それは程度の違いであり、本質的には変わりがありません。むしろ、“軽い”アプリのほうが終了し忘れる可能性が高い(リソースを使うもののほうが挙動に現れるので気付きやすい)ので害になりやすいとも言えます。iPhoneのように、リソースが限られていて、常時起動が前提かつリブートの機会も極めて少ない端末(マシン)ではなおのことでしょう。
私の考えですが、バックグランドで動き続けなければいけないアプリはそうは多くないはずです。ネットワークやユーザーからの入力を待つといったことはOSからの割り込みで対応するわけですから、それまではバックグランドでおとなしくしていればよい。そして、“特別な待ち”のないアプリなら、それこそサスペンドしてくれたり、場合によってはユーザーに代わって誰かが終了してくれるようになってくれるとありがたいですよね(リソースがいっぱいあるマシンならそうしたことを考えなくてもいいのかもしれませんが……)。
たとえば、電子ブックを見ていて、そのまま他のことをし出したら、どのページを開いていたかを記憶して電子ブック(を読むためのアプリ)を終了してもらったほうがシステム的にはいい(余分な負荷が減る)。再度電子ブックを開くと、前回終了した時点の状態で再開されるとか。
そういうことは、たぶんOSと連携するととても便利になるんじゃないかと思います。なんといっても、アプリは自分の世界以外のことは分かりませんけど、OSはそのマシンの状態を知っているわけですから。
いろいろ調べていくと、iPhone OS 4.0は、こうした問題にOSの立場から切り込んだのかもしれないと思うようになりました。
▼ ユーザー寄りを実現するための取捨選択
私が知る限り、多くのユーザーを直接のターゲットとしたOSで、ここまでユーザーを向いたものは経験がありません。(違いを明確にするためにあえて「従来型」と呼びますが)従来型のOSは、ユーザー重視とか言いながら、その実、開発者を優先している部分がかなりあります。これは、そのOS上で動くアプリこそがユーザーにとって重要なのだから、そうしたアプリをいっぱい作ってほしいというOS提供側の目論見があるからです。実際、そのOSで利用可能なアプリが多いことはマーケティング上の大きな“売り”になりますし、私たちユーザーも、自分たちが使えるアプリの有無をものすごく気にします。
しかし、ここには落とし穴があります。たとえば、OS自体が過去との互換性を維持するために大きく肥大化したり、要求するハードウェアのレベルがどんどん高くなることはよく知られた事実でしょう。それ以外にも、長時間稼働させているとなんとなくでも「処理がどんどん重く(遅く)なる」、「バッテリーの持ちが悪くなったような気がする」ということを経験されている方も多いのではないでしょうか。もしかすると、その原因が“お行儀の悪い”アプリにあるかもしれないのです。
ここで、最初のほうで話題にした“お行儀の悪い”という言葉の意味を少し考えてみます。直感的にまず思うのは、本来は不要とも思えるほどのリソースを要求すること。元開発者として正直に言えば、自分の作るアプリこそが王様であり、他のことは気にしないというのが本音です。他のアプリのことを考えて自制しても、それが原因になって自分のアプリの評価が下がったらイヤだとか、どんな状況で使われるのかわからないので考えてもしょうがないとか、いろいろな理由があります。ただ、これによる影響はあまり大きくないのではないかと思います。
むしろ問題なのは、メモリリークを頻繁に起こすとか、アプリ自身がバックグランドの奥底に入らない(常にオンメモリーになるような)ように小手先を使うといった問題を内包している場合な気がします。実際、ガベージコレクション(GC)という、本来はアプリから開放されなければいけないメモリを回収する仕組みの価値がどんどん高まっているという事実もあります(メモリリークについては開発者の不注意だったり、開発ライブラリ側に問題があるということもあるでしょう)。
そうした様々な問題や原因を考えると、それらを防ぐためにはアプリの開発環境を限定するのもやむを得ないのかもしれないとも思えます。しかし、そのことは逆に、開発者にとっての負担となり、生まれてくるアプリの数を減らすことにもつながります。
▼ iPhone OS 4.0の今後に注目したい
私のいまの興味は、iPhone OS 4.0が世の中にどのように受け入れられていくかという点にあります。もう少し正確に言うと、iPhone OS 4.0のコンセプトがどのように評価されるのか、ということです。
現実的には、マルチタスクを含めたiPhone OS 4.0の機能をフルに使おうと思ったらiPhone OS 4.0に対応したアプリの登場を待つ必要があります。ですから、当初は、そのメリットを感じるケースは極端に少ないのではないかと思えます。普通に考えても移行にはある程度の時間がかかると思われますし、アプリをiPhone OS 4.0に移行させる際に開発環境の制約がどの程度の影響を及ぼすのかといった未知の部分もあります。そういうことを含めて、最初に飛びついたユーザーの評価、それに続くユーザーの評価、そして、開発者側の評価を注意深く見ていきたいと考えています。
# いろいろ他にも思うところはあるのですが、今回このへんで……。
インターネット上で話題になっていますが、日本経済新聞社の新しいニュースサイトにはリンクポリシーで「個別記事へのリンク」の禁止が明記されています。しかし、そのための対策をしっかりと行っているように見えません。たとえば、検索エンジンによる検索を拒否するためのrobots.txtやメタタグはちゃんと設定されていますでしょうか?
検索エンジンによる検索を拒否する方法や、記事への直接リンク(ディープリンク)を防止する方法はいくつも存在します。「個別記事へのリンク」を禁止するのであれば、まず最初に、こうした対策を施すべきではないでしょうか。ちなみに、朝日新聞社のニュースサイトや読売新聞社のニュースサイトではrobots.txtがちゃんと設置されています。
いまの状態を例えて言うなら、広い土地に屋外展示をしている。そして、「ここは俺の土地だ」「勝手に入るな。入るなら正門から入れ」と言いつつ、その土地に壁のような明快な境界を作らず、「正門以外から入ってきたら許さないぞ」と言っているようなものです。これは、外部から見ているととても滑稽に思えます。
利用者に混乱を与えないためにも、一日も早い対策をしていただけることを望みます。でなければ、とてもバランスが悪いです。
3月22日(月)午後10時より、NHK放送記念日特集「激震 マスメディア ~テレビ・新聞の未来~」が放映されました。それを見ていろいろ感じたところはありますが、いま言えそうなことを思いつくままに書いてみました。
▼ 変化する視聴者・読者についていけてないマスメディアの実態
今回、強く感じたのは、(テレビや新聞を代表とする)旧来「マスメディア」と呼ばれていた側の代表者が現状を正しく理解していないのではという思いです。インターネットがこれほど普及する以前では、一般の人々が広く情報を得るにはマスメディアに頼るしかない状況がありました。
しかし、現在ではインターネットによって誰もが幅広い情報を得ることができるようになっています。しかも、その中には、テレビや新聞の報道内容に異議を唱えるものも数多く存在します。かくいう私も、先日のプリウス問題では、その報道のありかたに異議を唱えた実績があります。
マスメディアにとって本当に厳しいのは、報道内容に対する異議が多くなることでマスメディアに対する信用が大きく低下していくことではないかと思います。最近の若者がテレビや新聞を見ないのも、世の中のことに関心がないわけではなく、その情報価値を相対的に低く評価しているからではないでしょうか。
このことは、視聴者・読者に情報選別能力が備わってきているということでもあります。いまのマスメディアの人々には、その現実が認識されているのでしょうか?
今後のマスメディアは、こうした“多様な”情報を持つようになった視聴者・読者とどう向き合うかが重要になるはずです。取材をした記者よりも詳しい視聴者・読者が数多く出現し、その視聴者・読者が報道内容に納得しない。そんなケースが多々生まれる可能性が出てきているわけですから。
従来のような、「自分たちが発信する情報こそ真実」というような態度を取るマスメディアは、確実に信用を失っていく。そんな気がします。
▼ 安直、恣意的な報道はマスメディア自身の首を絞める
本来、報道とは事実を積み重ねた内容であるべきです。しかし、最近では感情に訴える手法が多用されているように思えてなりません。一般に、視聴者・読者の感情に訴える手法は、特定の方向への誘導を意図している場合に使われます。誰にもわかりやすいのは、対立の構造を作ること。一方を正義に仕立てて、もう一方を悪と仕立てれば、あとは勝手に流れが作られるわけです。もちろん、マスメディア自身は正義の側で、悪者を叩く存在として振舞います。
しかし、世の中は、必ずしも正義の対極に悪があるわけではありません。いまの視聴者・読者には、ある正義の対極には別の正義があることを知っている人々が数多くいます。
マスメディアに求められているのは、その報道に対する責任意識です。いまの報道は、まず結論(前提)があって、それに合うような流れを内容に持たせることが多いようですが、それはあまりに恣意的です。良質な報道をするためには、「誰に何を伝えようとしたのか?」「事象のどの部分を、どういう理由で切り取ったのか?」「その選定(切り口)は、正しいのか?」「反対の意見はきちんと吸収しているか?」といった「なぜ?」を客観的に自問自答しながら報道内容を作成する必要があり、その姿勢は、今後ますます重要になってくると感じています。
たとえば、米国ABCのトヨタ車暴走実験の映像。この報道は、まず最初に「トヨタは悪い」という結論で作られたのではないでしょうか。そもそも回路を意図的にショートさせた時点で問題だと断定できるはずなのに、いまだにその報道に対する自己批判を行っていないように見えます。自浄作用のないマスメディアは信用できませんから、私の評価としてABCの価値は大幅に下がってしまいました。このような事例は、意外と多いものです。
▼ マスメディアの改革は、まず最初に意識を変えること
マスメディアに対して少し厳しいことを言いましたが、それは、なんだかんだ言ってもその影響力はいまだに大きいということを認めているからです。テレビや新聞で報道される内容は正しいはずだ。そう思う視聴者や読者はまだまだいっぱいいます。その傾向は、(全体に占める割合はともかくとしても)これから先も維持されるでしょう。だからこそ、変わってほしいと感じるのです。
もちろん、マスメディアの中でも苦悩はあると思います。たとえば、テレビの時間枠や新聞の紙面の制約。限られた枠の中で報道を行うためには、何かを取捨選択しなければいけません。また、ニュースなどは、幅広い視聴者や読者に合わせて“わかりやすい”表現をしなければいけないという制約もあるでしょう。これは、やってみるとかなり難しいものです。とはいえ、だからといって報道内容に正確性が欠けていいということにはなりません。
こうしたケースでの問題の根本は、報道のための時間枠や紙面に限りがあるという点です。この話題を考えるきっかけとなったNHK放送記念日特集も、最後は時間の制約で終了した印象がありました。個人的には、予想通りというか、議論がかみ合っていた印象はないことから終わることはかまわなかったのですが、もし、白熱した議論が続いたとしても放送枠の関係で終了すると考えると、そこにある種の限界を感じざるを得ません。
また、新聞では、紙面に収めるために記事本文を削ったりすることがよくあります。そのことによって、微妙なニュアンスが変わるということはないのでしょうか?
こうした制約は、インターネット(Web)にはありません。現在の新聞社のニュースサイトは新聞紙面と同じ記事を掲載していますが、これを、記者が本当に書きたかった内容で掲載しなおすということができれば、読者の目もまた変わってきそうな気がします(大人の事情として、紙による収益を捨てられないとかいう話は別に置きます)。まじめに取材している記者は、数多くの人や資料にあたっていますから、書きたいことはいっぱいあるはずなのです。
いずれにしても、マスメディアがいままでと同じ形で今後を生き延びることは難しいと考えられます。将来に順応できるように変わるためには、既得権益に固執しないこと、視聴者・読者とは対等の関係であるという認識を持つことが重要ではないでしょうか。個人的には、マスメディアとインターネットが対立するのではなく、それぞれの得手不得手を理解して、両者がお互いを上手に補完するような形で未来が訪れるようになってほしいと感じています。
財団法人インターネット協会(IAjapan)が提供している「有害情報対策ポータルサイト -迷惑メール対策編-」をリニューアルいたしました。公開アドレスは<http://salt.iajapan.org/wpmu/anti_spam/>、以前のアドレス<http://www.iajapan.org/anti_spam/portal/>は新しいアドレスにリダイレクトされます。
もともとはメール管理者向けの情報が主でしたが、少しずつユーザー向けの情報も拡充していきますのでご覧ください。初心者向けとは言えませんが、知っていると便利な「雑学・豆知識」や、迷惑メール対策をメールリーダの側で行うための「メールリーダの設定」などがあります。
最新の記事は、センドメール社の末政氏による「SPF(Sender Policy Framework)」です。SPFに関する基本的な知識だけでなく、実際の記述例やよくありがちな間違いについても解説していますので有用だと思います。ご活用ください。よろしくお願いいたします。
やっと、プリウスのブレーキ問題の具体的な事例が出てきました。いままでのはどれも感覚的なもので再現性も無かったのですが、これは「確実に再現する」ということです。ちょっと長くなりますが、できましたら最後までお付き合いください。
その内容は、自動車評論家として著名な国沢光宏氏がブログに記載しています。ときどき外しますが(笑)、割と好きな自動車評論家の一人です。その国沢氏によると、確かに空走は起こせるとのこと。でも、それを見て、
「そら見ろ。やはり問題はあったんじゃないか」
そう思った方もいらっしゃるかもしれませんが、たぶん、それは「早計」です。まずは、国沢氏のブログを見てください。
▼ 特ダネで実証試験
http://kunisawa.txt-nifty.com/kuni/2010/02/post-de33.html
ここから一部を引用すると、
35km/hで進入し、回生制動だけ掛かる程度のブレーキングをしたら、見事に抜けました。0,5秒とか1秒とかでなく、ブレーキペダルを動かさない限り、ブレーキ圧は高まらない。いつまでも空走してしまうということです。
とあります。
賢明な読者の皆様はすぐにお気付きのことと思いますが、問題は「回生制動だけ掛かる程度のブレーキングをしている」という部分。これは明らかに、クルマが本来持っているブレーキ(以降、「油圧ブレーキ」と呼びます)の介入をドライバーが拒否した運転をしているということです。
これだと、回生制動のみでブレーキングをすることをドライバーが望んでいるわけですから、一概に、減速しないのはクルマが悪いとは言えません。ブレーキを浅くしか踏んでいないため、クルマとしてはドライバーに「明確に止まる意志が無い」と判断して回生ブレーキを強く利かせないとしても当然だと思えるからです。むしろ逆に、クルマはドライバーの意図に忠実だと言うこともできますよね。さらに言うと、
ただ踏み増せば効くことも確認出来た。
ということですから、油圧ブレーキを使おうと思えば「止まれる」わけです。私などは、「なんだ。クルマは悪くないじゃん」とちょっと思ったりして……。^^;
まぁ、そのことは別として、「仮にもブレーキに足を置いているんだから減速してよ」という要求があるのも理解できます。しかし、それに対応するためには「ブレーキを踏む」という行為を拡大解釈する必要があります。極論すれば、ブレーキは加減が利くものではなく、「どんな形(たとえば少し)でもブレーキを踏んだら、それは無条件に止まれという人間のサインである」という解釈をするようにするということです。なんだか、私からしてみれば逆に使いにくくなるんじゃないかと思ったりもしますが。
「本当にそれでいいの」と思う部分はさておき、今回の騒動でそれよりも重要なことをいくつか感じました。以下、順に述べていきます。
■ この問題は、回生ブレーキを利用するクルマの全てで起こる可能性がある
この問題の本質は、「役割と利きの異なるブレーキが2系統ある」ことです。
そして、具体的な問題としては「クルマとしてはできるだけ多くのエネルギーを回収したい。だから、できるだけ回生ブレーキを使いたい。でも、回生ブレーキだけでは十分に止まれないから油圧ブレーキをどのような形で介入・作動させるのか?」という解が、人間の感覚とかブレーキの踏み方の個人差といった要素が介入するために簡単には決められないということが挙げられます。
今回のプリウスの件では、この異なる2種類のブレーキが切り替わる際に起こる“間”が空走を起こす原因になっているとして問題視されていますが、おそらく、ほとんどのドライバーはよほど注意していてもその間を感じることができないと思います(私も運転したことがあります)。でもその一方で、国沢氏の実験で分かったように、ドライバーが中途半端にブレーキを踏んだ状態では油圧ブレーキになかなか移行せず、空走感を感じる状況が生まれるといった形になるようです。
でもこれは、本当にクルマのせいなのでしょうか? 普通、教習所では「ブレーキは深く踏め」と教わるはずです。
話が脱線しそうなので戻しますと、仕組みの異なる2種類のブレーキがある場合、その使い分けをする部分はなかなかリニアにつなげることはできませんからドライバーの感覚と一致しない部分は必ず出てくるということです。
たとえばインサイト。確かにハイブリッドのシステムとしてはプリウスと異なりますが、2系統のブレーキを持つ点は一緒です。トヨタの方式と異なるのは、回生ブレーキと油圧ブレーキを別々に使うのではなく、たとえば8対2とかの割合で同時に動作させる部分です。ここが、ホンダが「自分のところは大丈夫」と言う根拠になっているようですが、回生ブレーキと油圧ブレーキの制御が変化するポイントは必ず存在します。ですので、違和感を感じるドライバーがいたとしても不思議ではありません。
伝聞ですが、インサイトの場合、油圧ブレーキを使ったりすることでどうしても劣ってしまう回生能力を補うために、回生ブレーキの作動中はエンジンブレーキによるロスを防ぐことを目的としてエンジンを停止し、バルブを全開放する(ポンピングロス対策)といったことをしているようです。複雑さは大差ありません。
さらにこの問題は、純粋な電気自動車でも2系統のブレーキを持てば同様になります。早い話、このブレーキ問題は、実際にはかなり広範囲に渡るんですね。
■ 国土交通省やメディアはそれでいいの?
トヨタがプリウスを含むハイブリッドのリコールを申請したのは、傍目には、国土交通省の圧力があったように見えます(間違っていたらごめんなさい)。
しかし、今回、私が目を留めた国沢氏の記事は、業界の人間とはいえ一人のライターが調べてが書いたものです。こうした話が国土交通省やトヨタから出てこなかったのは、正直、残念に思います。
また、あくまで私見ですが、国土交通省には「日本は技術立国を目指しているのに、自分の国の先端技術を自ら叩いてどうするのでしょうか? もっと冷静に分析を重ね、協力しあって産業振興を図るのが本筋だと思うのですが、間違っていますでしょうか?」と感じ、一部のメディアの方々には「話題性を主とするのではなく、きちんとした事実を伝えてほしい」と感じたことを付け加えておきます。
■ 下手なバッシングは、利用者の利益にならない
今回強く感じたのは、物作りというものに対して技術的評価と社会的評価がきちんとされないという事実です。別に、作ったものを褒めてほしいということを言っているのではありません。何かあったときに、冷静かつ客観的に事実を探し、評価し、問題点を探るといったことがなかなか行われない。それどころか、テレビやインターネットを見れば、プリウスどころか「トヨタが危ない」といったようなことにまで言及までされていたのには、少々がっかりしました。
技術の進歩というものは、少しのひらめきと地道な積み重ねを重ねていくものです。今回の問題の件で、経営体力の無い企業が新技術に及び腰になり、本来なら生まれたものが利用者に届かなくなるといったことを想像してみてください。技術は停滞し、技術者のモチベーションも下がるでしょう。利用者は、もしかしたら得られたかもしれない新しいものを失います。それは、利用者にとって利益になるのでしょうか。
■ まとめとして
いろいろ脱線をしましたが、そろそろまとめに入りたいと思います。
最初に戻ってプリウスのブレーキですが、少なくとも圧雪路のような低ミュー路で、かつ浅くブレーキを踏んだ場合に空走が発生する可能性があるという条件が分かりました(国沢さん、グットジョブです)。
路面のミューが高い場合にはタイヤの転がり抵抗も大きくなるので減速幅も大きくなるのでしょう。低ミュー路だとタイヤの転がり抵抗も小さくなりますから減速幅が小さくなるということで空走感が強調される、といったところでしょうか。
こうした状況下でプリウスを運転する可能性がある方は、トヨタが行うという改修を受けたほうがいいような気がします。とはいえ、国沢氏の記事にもあるように、ブレーキを深く踏めば油圧ブレーキ及びABSが作動するので、空走感を感じたらブレーキを信じて深く踏むというのが基本かもしれません。
雪道のように滑りやすい路面でブレーキを深く踏むのを躊躇される方もいると思いますが、ABSのようなシステムはブレーキが強く踏まれることが作動条件のひとつとなっています。一度、広い場所で試してみることをお勧めします。
あと他に何か問題が隠れている可能性はゼロではありませんが、いままで出てきた情報を見る限り、他に、問題とされている空走感を誘発する条件は見あたりません。その意味では空走感が起こる理由をひとつ知ることができ、雲をつかむような状況から解放され少し安心しています。ただ、大事な事実を私が知らないだけかもしれないので、何か明確な条件をご存知の方がいらっしゃいましたらお教えください。
新しい技術は、その稼働実績によってその安全性が保証される根拠になります。その点では、プリウスのシステムは大きな問題を引き起こさずにすでに長い実績を持つに至りました。私たちは、その点を信じてもいいのではないでしょうか。いまは当たり前のように使われているディスクブレーキも、最初の頃は「停止直前の利きが甘い」と言われて厳しい時代があったのです。オートマチックミッションも、初期の頃はさほど信用されませんでした。でも、いまは当たり前に使っています。
いずれにしても、こういった件に関しては、私たちユーザーが冷静な目を持つことが重要だと思います。
稚拙な文章に長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。




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