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【書評】"Future Perfect: The Case For Progress In A Networked Age"

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感染地図』や"Where Good Ideas Come From"などの著作で知られるスティーブン・ジョンソン氏の新刊"Future Perfect: The Case For Progress In A Networked Age"が発売されました。今回のテーマは、ネットワーク型の組織・アプローチによる改革の可能性。ジョンソン氏はそれを「ピア型進歩主義(Peer Progressive)」と名づけ、「ハドソン川の奇跡」(2009年1月のUSエアウェイズ1549便不時着水事故)を皮切りに、普仏戦争における鉄道輸送や英国王立芸術協会の賞金制度、そしてクラウドファンディングサービスの代名詞とも言えるキックスターターなど、いつものように様々な事例を駆け巡りながら議論を展開してゆきます。

Future Perfect: The Case For Progress In A Networked Age Future Perfect: The Case For Progress In A Networked Age
Steven Johnson

Riverhead Hardcover 2012-09-18
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過去の成果を発展させる形で新たな偉業を達成することを、よく「巨人の肩の上に立つ」と表現しますが(もともとは12世紀フランスの学者ベルナールの言葉)、ピア型進歩主義とはさしずめ「巨人と肩を並べて」目標を達成するアプローチ、と言えるでしょうか(ピアとはご存知の通り仲間という意味ですので、巨人という表現は大げさになってしまうかもしれませんが)。「革新がたった一人のひらめきから生まれるのではなく、アイデアの積み重ねによって徐々に起きる」という点は前著"Where Good Ideas Come From"の中でも展開されていた議論ですが、本書ではそれを進め、ネットワーク内の様々な領域(特に周辺領域にあるメインストリームからは外れた世界)からもたらされる要素が結集することで優れた結果が生まれると主張されます。

Most new movements start this way: hundreds or thousands of individuals and groups, working in different fields and different locations, start thinking about change using a common language, without necessarily recognizing those shared values. You just start following your own vector, propelled along by people in your immediate vicinity. And then one day, you look up and realize that all those individual trajectories have turned into a wave.

いま新しいムーブメントの多くが、次のような流れで生まれている。異なる分野、異なる地域で活動している数多くの個人やグループが、同じ言葉を使い、変化について考え始める(同じ価値観を共有していることが認識されるとは限らない)。あなたは自分の目標を目指して動き始めるにすぎないが、次第に周囲にいる人々の行動に後押しされるようになる。そしてある時、個人個人が歩いてきた道のりが集まって、ひとつの波になっていることに気づくのだ。

このようにピア型進歩主義は、ひとりのカリスマ指導者に維新を期待するのでも、エリート集団に無謬の管理を期待するのでもなく、一人ひとりの力が集まることで変化が生まれるという新しい改革のありかたを示しています。そしてそれが効果を発揮する分野は、ビジネスや学問の世界だけでなく、都市計画や政治の世界に至るまで、様々な領域が対象になり得るのだ――というのが本書の主張。楽観的に過ぎないかと思われるかもしれませんが、個人的にジョンソン氏の著作に感じられるポジティブな空気は好きで、本書も大きな可能性を感じさせる一冊となっています。

ピア型進歩主義は、まさにインターネット時代だからこそ現れてきた発想のように感じられますが、ジョンソン氏はこんな指摘も行っています:

To be a peer progressive, then, is to believe that the key to continued progress lies in building peer networks in as many regions of modern life as possible: in education, health care, city neighborhoods, private corporations, and government agencies. When a need arises in society that goes unmet, our first impulse should be to build a peer network to solve that problem. Some of those networks will rely heavily on digital network technology, as Kickstarter does; others will be built using older tools of community and communication, including that timeless platform of humans gathering in the same room and talking to one another.

継続的な進化を実現するカギは、現代社会の様々な分野(教育、医療、地域社会、企業、政府機関などありとあらゆる領域)において、可能な限りのピア・ネットワークを構築することにあると信じる――それこそが、ピア型進歩主義を信奉するということである。社会の中で満たされないニーズが発生したとき、その問題を解決するピア・ネットワークを構築するというのが、私たちの最初の反応であるべきだ。そうしたネットワークの中には、キックスターターのようにデジタルネットワーク技術に大きくするものもあるが、従来型のコミュニティ/コミュニケーションツール(一か所に集まって面と向かって話し合うといった、いつの時代でも有効な方法を含む)を使うものもある。

技術は確かにピア型進歩主義に対して大きな貢献をしてくれるものの、大事なのはネットワークを構築し、その中で多様な意見が交わされることにある。だからこそ本書で取り上げられるインターネット以前の事例も、そこから得られる価値が時代遅れになるということはありません。むしろそうした過去の事例と、最新のネット/モバイル技術が組み合わさることによって生まれる可能性に、ジョンソン氏と同様の期待感を抱けるのではないでしょうか。

政治への失望感、社会への閉塞感が満ちている時代に、個人の力を信じるというのはなかなか難しいことかもしれません。しかし私たちには無数の「ピア」がいて、彼らとのネットワークによって社会を変える力が生まれると訴える本書は、新たな希望を示してくれる一冊になると思います。

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