ビッグデータに最も必要で、最も欠けているもの
カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)が展開する日本最大級のポイントサービス「Tポイント」。最近、佐賀県武雄市で図書館への導入が検討されて議論を呼びましたが、また問題になりそうな事態が報じられています:
■ Tポイント、医薬品の購入履歴を取得 販促活動に利用 (朝日新聞)
4千万人以上が利用する日本最大の共通ポイントサービス「Tポイント」が、ドラッグストアで会員が買った医薬品の商品名をデータとして取得し、会員に十分な説明をしないまま販促活動などに使っていることがわかった。医薬品の購買履歴には、本人が他人に明らかにしたくない情報が含まれることが多い。日本薬剤師会などは「育毛剤を買った人にかつらの広告を送ったり、関節の痛みを和らげる薬を買った人に健康食品を勧めたりしないか」と懸念。厚生労働省も問題視している。
武雄市のケースでも「図書館の貸し出し履歴」というセンシティブな情報(言うまでもなく思想や信条に密接にかかわる情報です)が流用されることについて批判が起きましたが、今回の「医薬品の購入履歴」も非常にプライバシーに近い情報です。胃腸薬をよく買う人は胃が弱いのだろう、といった比較的単純な推測だけでなく、より深い分析も可能でしょう。これも最近の話ですが、米ターゲット社がポイントカードの販売履歴を分析し、女性客の妊娠を把握・10代の女の子にまでベビー用品のクーポンを配布していたことが物議を醸しました。その際もカギの一部となったのがサプリメントの購入データだったそうですから、ドラッグストアでの買い物履歴は、いまや簡単に個人情報へと転換し得るものだと言えます(特にドラッグストアの件では、「Tカード提示時に買った商品名は医薬品に限らず、すべてCCCに送られる」とのこと)。
これは驚くような話ではなく、特にビッグデータに大きな注目が集まっている現在では、想像できて当たり前の話ではないでしょうか。にも関わらずドラッグストアや、CCCが非常に軽率な行動を取っていたことの方が驚きです。まだ彼らからのコメントは報じられていませんが、約款等々でデータ転用をうたっているので法的な問題はないという立場かもしれません。しかし法律的な問題がなくても、あるいは技術的な問題がなくても、ビッグデータの利用にはもう1つ乗り越えなければならない壁があります。それは「信頼感」の問題です。
<追記>
朝日新聞の記事が全文公開され、その中に以下のような一節がありました:
CCCは取材に「購買履歴を取得することは会員規約で示している。Tカードを提示した客に限って履歴の提供を受けており、適法だと考えている」として、問題がないとの考えを示した。
しかし、規約には、商品名など具体的にどんな情報を取得するかは明記されていない。店頭やホームページにも説明はない。会員が履歴を確認できるインターネット上のサービスでは、商品名は表示されず、店名とたまったポイント数しかわからない。
<追記終わり>
今年2月に米サンタクララで行われたビッグデータ系イベント"Strata Conference"の中で、ModClothというファッションサイトの関係者が登場するセッションがありました。彼らは顧客のファッションの好みや寄せられるコメントを分析して、将来流行りそうなデザインを把握するというシンプルなデータ分析を行っているのですが、それでも彼らが「ビッグデータ活用の成功者」として登壇したのには理由があります。それこそが、顧客との信頼関係への配慮です。
ModClothがデータ分析と並行して力を入れていたのが、コミュニティの醸成でした。ユーザーたちの声に耳を傾け、時には批判も包み隠さず受け入れる――「傾聴」という言葉すら使っていませんでしたが(英語のセッションなので当然ですね)、まさしく彼らのアプローチは「傾聴」と呼ぶにふさわしいものです。その結果、彼らは顧客からより多くの情報を引き出すことについて合意を得、より深い分析へと進むことが可能になったのでした。
先日「不信の時代」というエントリを書きましたが、そこでも述べた通り、いま多くの分野で信頼感が崩壊してしまっています。企業に対して、政府に対して、学界に対して――そのような状況で顧客に対して働きかけをしようとすれば、企業はまず信頼関係の構築から始めなければなりません。それがなければ、いくらデータを集め、高度なIT技術を用意し、ビッグデータ活用を始め、他の企業がまったく知らない秘密の知見を発見したとしても、簡単に足元をすくわれてしまうことでしょう。
その意味で、信頼とはいまデータ分析に最も必要なものでありながら、最も欠けているものであると言えると思います。「信頼感を大切にしよう」などというのはある意味で当然の話ですが、Tポイントをめぐる騒動を見ていると、その「当然のこと」すらきちんと行えていないというのが現状ではないでしょうか。
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